パンクが生まれた英国と現在の日本
1970年代後半のイギリスのパンクブームは、当時の文化、政治、社会的状況が絡み合って生まれた現象であるが、その根底にあるスピリッツとはどのようなものであったのだろうか。
パンクのスピリッツを代表するのが「反権力」と「反体制」だ。
当時のイギリスは英国病のど真ん中の時期であり、パンクムーブメントは、既存の体制や権力に対する強い抵抗感から生まれたのだ。
政府や大企業、マスメディアなどに対する不信感が若者の中に強くあって、それを表現する手段としてパンクが用いられた。
また、パンクは一種の自由を追求する運動でもあった。
それは社会の規範や期待から解放され、自分自身の生き方を選ぶ自由、自分自身の声を出す自由であった。これが既存の音楽やファッションに対する反抗的なスタイルとして表現されたのだ。
パンクは表現をする手段となり、政治的なメッセージを音楽やアートを通じて伝えるためのプラットフォームとなったのである。
当時のイギリスが直面していた英国病の問題には、低い生産性、高いインフレ、そして経済の停滞があった。
今の日本はまさに当時の英国病と同じように、平成バブル以降の「失われた30年」から抜け出せない状況にある。
イギリスはその後、マーガレット・サッチャーによる改革を進め、痛みを伴う変化であったが、全体としては経済の効率性を高め、新しい雇用を生み出すことに成功している。
一方で、日本社会は、経済の停滞が進む中で、人の顔色ばかりを窺う異常なまでの忖度文化が形成されている。
そのうっ憤を晴らすために、SNS上で正義感を振りかざし、見たことのない敵を容赦なく叩きのめす、といったことがいたるところで見られるのが現状だ。
社会と経済の停滞期に若者を中心とした怒りをパワーにした文化がパンクであるとするならば、今の日本に必要なものはまさにパンクのような解放感のある表現なのかもしれない。
塩見真由のパンクに魅了される
このような日本社会において、塩見真由のアートはびっくりするほど「あっけらかん」としたパンクだと言えよう。
忖度やジメジメした部分が微塵もないアート作品が展開されている。
以前は、アルミホイルを使って巨大な空き缶、ジーンズ、スニーカーなどのインスタレーション作品を作っていた塩見であるが、常に根底に流れていたのはパンク・スピリッツであった。
なぜ彼女の作品がパンクかといえば、これまでの表現を通してのメッセージが、現実を壊して新たな価値観を作ることだからだ。
塩見真由は新しいカルチャーを発信する渋谷で生まれ育ったこともあり、音楽やファッションから刺激を得て、中でもパンクロックカルチャーからは大きな影響を受けてきた。
そういう中で、彼女の表現は世の中に対して明確に「NO!」と言うメッセージを含んでいる。
また、パンクのイメージばかりであまりに過激にならないよう、モチーフに熊のぬいぐるみを使っているのは、英国のテディベアを意識してのことだろう。
”PUNKUMA” という名前であり、「世界を本気で変えようとしている気合いの入ったテディベア」なのである。
PUNKUMAは「ぬいぐるみ」の彫刻であるため、まずは「ぬいぐるみ」を制作してから、熊のふさふさとした毛が生えたフェイクファーをFRPとよばれるプラスチック成型にそのまま置き換えている。
このように反骨精神をバックに持ちながら、大胆なメッセージとユーモアや可愛さをも内包させているのが彼女ならではのコンセプトだ。
塩見真由が常日頃から言ってることが、「STAY STRONG, STAY PUNK, STAY STUDIO(強くあれ、パンクであれ、愚かであれ)」である。
制作はひとつのジャンルにこだわるのではなく、逆にあらゆるジャンルを取り入れるようにしている。
大量のアルミホイルを使ったり、ぬいぐるみをそのままFRPにしたり、ぱっと見では分かりにくい表現をあえて作ってきた。
だからこそ、、作品を見たときの衝撃は強く、反骨精神にあふれ、且つバカバカしさを楽しんでいるのだ。
さて、パンク・ムーブメントは音楽のみならず、ヴィヴィアン・ウエストウッドというファッションデザイナーを生み出し、さらにはジェイミー・リード(Jamie Reid)は、セックス・ピストルズを題材としたアートワークで世界を席巻した。
70年代半ばから後半のジェイミー・リードの作品はエリザベス女王の唇に安全ピンをあしらった「ゴッド・セイブ・ザ・クイーン」のアルバムジャケットに代表されるようにパンクロック時代の象徴と言われている。
このようなパンクのグラフィック、ファッションがさまざまなデザイナーに影響を与えたのはパンクが自由の象徴であったからだ。
パンクの核心は、個人の自己表現と反骨精神を通じて社会に対するメッセージを発信することにある。
しかしながら、最近の日本の若い世代は反骨精神どころか「骨抜き」で「従順」だ。
集団主義や秩序重視の価値観を壊すことによって、これまでにない価値観が始まることが期待される。
リスクを取ることを必要以上に恐れる日本において、パンク・スピリッツが新たな文化や社会の変化をもたらすだろう。
そういうスピリッツの象徴として、塩見真由のように戦うアーティストの姿勢がリスペクトされる時代が来ているのかもしれない。
塩見 真由Mayu Shiomi |
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