アートの仕事をしていると、トレンドを追いかけた短期的な戦術が当たってうまくいくことがある。
しかしながら、それはSNSで言うところの「バズる」だけで終わってしまうことのほうが実は多い。
短期的な戦術はある程度計算の中でうまくいくことがあるが、アートを仕事にするとなれば大局的な長期戦略に切り替えていかなければ成功することは難しくなるだろう。
30年後を見据えた戦略を
長期戦略が重要なことは、アーティスト、コレクター、ギャラリーといったアートに関わる人それぞれに共通することだ。
今流行のトレンドに乗っかることで短期的な利益を得ることが出来ても、それを定番という安定的な地位にまで引き上げることは非常に難しい。
アートのビジネスは長期戦に持ち込むことが特に重要であり、それが生き残るための術(すべ)であるが、人はどうしても長期的な安定を求めると保守的になりがちである。
これまでの成功体験にこだわって、うまくいったときのやり方を続けようとするとほとんどは落とし穴にはまってしまうのだ。
アートを仕事として考えた場合に「過去の延長線上に未来はない」と言ってよいだろう。
あくまでトレンドを意識した長期戦がアートには必要であり、そこには安定といった言葉は微塵もない。
30年後の姿は、「30年間成長し続ける」ことを見据えた戦略でなければならない。
それは顧客であるコレクターに対しても購入してから30年後の価値向上を意識したビジネスとなるのだ。
また、現在30歳のアーティストに対しても、その作家が60歳になっても食べていけるビジネスを考えなければならない。
例えば、昨年後半から流行し始めたNFTアートであるが、Beepleの作品がオークションで75億円で落札されて以降は一気に多くのアーティストが一攫千金を狙って始めることとなった。
しかしながら、当たり前のことであるが、それまで評価されていないアーティストが急にデジタルアートを作ったとしてもNFTで高く売れるはずもなく、トレンドに乗っかるだけでは何も始まらないのだ。
村上隆が日本の漫画やアニメといったサブカルチャーをハイアートにまで押し上げる活動を始めた2000年代当時には、若手アーティストのブース型イベント「GEISAI」にはかわいい系のマンガアートが蔓延したが、その中で実際に残った作家はほとんどいない。
いま流行っているイラストアートもおそらく10年後にはほとんどがいなくなり、早い段階で出てきた数名が生き残れるかどうかといったところだろう。
奇襲攻撃で端緒の戦いには勝てても、その後を続けることができる体力がなければ勝てないことは先の大戦での日本の敗戦からも明らかである。
NFTアートでいえば、デジタルアートを売ることだけが目的ではなく、長期的に作家のプロモーションをするための手段としてNFTを活用することを考えるとよいだろう。
これから先はデジタルでアートを作る人が増えていくトレンドは間違いないが、それは技法が絵筆からパソコンへと変化するだけではない。
将来を見据えれば、デジタル技術による大量のアート作品が増えること、キャンバスや紙に描いた作品のデジタル化が進むこと、といった長期的なトレンドが見えてくるだろう。
このように、デジタルアート一つとっても短期的な戦術に頼らずに長期的なスパンでどのようなトレンドとなっているかを予想することが重要だ。
アートの生態系を作る
長期的に勝ち続けるために30年後のトレンドを見据えなければならないが、そのときまでには日本にアートの生態系を作ることとが必要とされるだろう。
欧米にはアーティスト、ギャラリー、オークションハウス、批評家、美術館、コレクターといったプレイヤーが情報で繋がっており、それぞれが協力してマーケットを拡大する生態系が出来あがっている。
この生態系の輪の中にはユダヤ系の人たちが深く絡んでいて全体のマーケットを押し上げる力となっている。
このような生態系がないと世界で戦えるアーティストが出現することは極めて難しい。
例えば、日本は美術メディアが弱いので批評家が少なく、アーティストの評価情報が公開されていないことから、生態系がうまく回っていない。
また、オークションハウスなどのセカンダリー市場規模が海外と比べると小さいので、ギャラリー所属の作家の価格を押し上げるエンジンとなりにくいといった問題は解決されないままである。
このような生態系が欧米のように常に栄枯盛衰の中で進化し続けることが日本のマーケット拡大には必要なのである。
例えば、30年後には今のアート市場が根底からひっくり返るような別の業界のカルチャーが参入しているかもしれず、そのような萌芽はすでに出ていると思った方がよいだろう。
そのような大きな動きがある方が正常なマーケット形成であり、そのためには市場にいるプレイヤーが情報をどんどん公開することで有機的に生態系が機能することが必要とされるのである。
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