
日本のアート市場に必要な、たった一つのゲームチェンジ
これまでの日本のアートの売り方には、明らかに限界が来ている。
にもかかわらず、その限界を「市場が小さいから」「日本人はアートを買わないから」といった言葉でごまかし続けてきた。
しかし、本当にそうなのだろうか。
日本のアート市場は「売れない」のではなく、売れるように設計されていないだけではないのか。
ここで必要なのは、小手先の工夫ではない。
展覧会のDMを少し凝るとか、SNS投稿を増やすといった話ではない。
求められているのは、パラダイムシフトであり、言い換えればゲームチェンジである。
現在の日本の多くのギャラリーは、毎月のように展覧会を行い、その都度PRをし、会期中に売れたか売れなかったかで一喜一憂している。
売れれば「成功」、売れなければ「残念」という評価が下され、その結果として次の展示の機会が遠のく作家も少なくない。
しかし、このサイクルの中で、本当に作家は育つのだろうか。
答えは明らかである。育たない。
なぜなら、展覧会が短期的な売上を回収するための場としてしか機能していないからだ。
本来、展覧会は売りの場であると同時に、PRの場であり、作家の価値を社会に伝える場でもある。
これはアートフェアも同じである。
ところが日本では、いまだにアートフェアを「江戸時代の行商」のように捉えているギャラリーが存在する。
自分たちの売り場を持たない、あるいは持っていても分かりにくく狭い場所にしか構えていないため、日常的な集客ができない。
その結果、人が集まる場所に“売りに出かける”しかなくなる。
この行商型ビジネスは、すでに終焉を迎えつつある。
なぜなら、それは安定した顧客基盤を生まず、売上が常にイベント依存になるからだ。
来るべき時代に求められているのは、レーベル型の売り方である。
レーベルとは何か。
それは、単発のイベントを回す存在ではなく、作家を長い時間軸で育て、社会に送り出し続ける運営体である。
音楽業界で言えば、ライブを一回成功させることが目的なのではなく、アーティストの世界観を育て、ファンを増やし、長く活動できる基盤をつくる存在だ。
ギャラリーも、同じ役割を担うべきである。
展覧会の会期中の業績に一喜一憂する仕事とは、そろそろ決別しなければならない。
売れた、売れなかったという短期的な結果だけを見ていても、新しい市場は生まれない。
必要なのは、より長い時間軸で市場を開拓する視点である。
そして、それを実行する責任は、業者や業界そのものにある。
日本のアート市場は、売れないのではない。
売れる努力と、売れる仕組みづくりに、本気で舵を切ってこなかっただけである。
以前から語られてきた「アート投資」についても、ここで改めて整理する必要がある。
それは、一時的な価格差を狙うアービトラージではない。
将来を期待する作家に対する、長期的な投資である。
この考え方は、実は日本の他の業界ではすでに一般化している。
それが、いわゆる「推しビジネス」である。
アイドルや俳優、アスリート、クリエイター。
人々は、今はまだ成長途中の存在に時間とお金を投じ、その成長過程を共に楽しむ。
それは消費であると同時に、未来への投資でもある。
アートも同じである。
作家を“推す”という行為は、単なる応援ではなく、市場を支える重要な投資行動になり得る。
レーベル型の運営とは、こうした支持を受け止め、育て、循環させる仕組みをつくることだ。
展示はその入口であり、ゴールではない。
イベント屋として場を回し続けるのか。
それともレーベルとして作家と市場を育てるのか。
今、日本のアート業界は、その分岐点に立っている。
ゲームチェンジを選ばなければ、同じ風景がこれからも繰り返されるだけである。
市場は、自然には変わらない。
変えると決め、行動した側だけが、次の時代を手に入れる。
日本のアートが、本当に「育つ市場」になるかどうかは、この転換を受け入れられるかにかかっているのである。
2026年1月7日(水)からギャラリーにて個展「Wavelengths 2026」を開催いたします!
石川美奈子「Wavelengths 2026」
2026年1月7日(水) ~ 1月24日(土)
営業時間:11:00-19:00 休廊:日月祝
※初日の1月7日(水)は17:00オープンとなります。
※オープニングレセプション:1月7日(水)18:00-20:00
入場無料・予約不要
会場:tagboat 〒103-0006 東京都中央区日本橋富沢町7-1 ザ・パークレックス人形町 1F
石川美奈子個展「Wavelengths 2026」の展覧会情報はこちら