南村杞憂――この名前を聞いたことがある人は、まだ多くないかもしれない。
しかし、彼女の作品や考え方を知ると、「この人、ただものじゃない!」と思うだろう。
彼女はアーティストであり、クリエイターであり、文章も書く。しかも、どれも「今」の時代を映し出すような作品ばかりだ。
例えば、「4℃」というジュエリーブランドがネットでネタにされたことをヒントに、「只今の気温 4℃」と表示されるデジタル温度計を作品にしたりする。
この作品の面白さは、SNSで一時期話題になった「婚約指輪に4℃を選ぶのはセンスが良いのか、それとも安っぽいのか」という論争を皮肉たっぷりに揶揄した点にある。まさに彼女らしいユーモアのセンスが光る作品だ。
南村杞憂が大切にしているのは、インターネットやSNSで生まれる「ネット文化」だ。
彼女は1995年生まれで、まさにインターネットと一緒に育った世代。小さい頃からネット掲示板やSNSを見て、「ウケるのが大好き」だったという。その感覚が今の作品作りにつながっているのだ。
彼女の作品には、インターネットの「儚さ(はかなさ)」もテーマになっている。
たとえば、昔は当たり前にあったブログやネットサービスが、今は消えてしまっていることが多い。
NAVERまとめやYahoo!ブログ、Internet Explorerもそうだ。「ネットにあったものは永遠に残る」と思われがちだけど、実はどんどん消えている。そんなデジタルの刹那性を、彼女はアートで表現しているのだ。
また、彼女の作品の作り方もユニークだ。アクリル板をレーザーカッターで切ったり、UVプリンタで印刷したり、刺繍ミシンを使ったりと、デジタル技術を活用している。
彼女の手法は、デジタルとアナログが交差する不思議なバランスを持つ。しかも、ただデジタルに頼るだけでなく、「どうやって作ったのかわからない作品」にすることを意識しているという。
SNSの活用も、彼女にとっては作品作りの一部だ。X(旧Twitter)では、ウケる作品を作る文化がある。たとえば、流行のネタを使って作品を作ったり、見た人が思わず「いいね」や「リツイート(拡散)」したくなるようなものを考えたりする。
南村杞憂も、その流れの中で作品を発表し、バズを生み出してきた。
彼女がここまで独自のスタイルを確立するまでには、いくつもの試行錯誤があった。関西学院大学を卒業し、神戸大学大学院で国際文化学を学んだ。
もともとは文芸部で小説や詩を書き、大学では絵画部に所属しながらキャンバス作品や立体作品を作っていた。
そこから、ハンドメイド雑貨の制作を経て、現在のアートの文脈へと移行していったのだ。
この変遷の背景には、彼女の旺盛な好奇心と探究心がある。
デジタルファブリケーションの工房を訪れたことがきっかけで、レーザーカッターやUVプリンタを使い始めた。そこから、アクリルやプラスチック素材を用いた作品へと展開し、現在のスタイルが固まっていった。
彼女の活動はアートだけにとどまらない。映像出演やラジオMCも務め、神戸のコミュニティFM「FM MOOV」では音楽番組のパーソナリティーも担当している。さらに、講談社主催のオーディション「ミスiD2021」のファイナリストという経歴も持っている。
彼女は今後、もっと自分の作業環境を整えたいと考えている。
現在は機材をレンタルして制作しているが、いつでも使える自分の工房を持ちたいという夢がある。特に、レーザーカッターや刺繍ミシンを自由に使える環境が必要だそうだ。
南村杞憂の作品は、ただの「おもしろネタ」ではなく、インターネットと私たちの関係を深く考えさせてくれるものばかりだ。彼女がこれからどんな作品を作り、どんな影響を与えていくのか、目が離せない。
彼女が表現する「ネット土着のフォークアート」という概念は、まだアート界ではあまり認知されていないが、いずれ重要なムーブメントとして評価される日が来るかもしれない。
そのとき、南村杞憂は現代アートの新しい地平を切り開いた存在として、さらに注目されることだろう。
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南村杞憂 Namura Kiyu |
「Plastics」
2025年2月21日(金) ~ 3月11日(火)
営業時間:11:00-19:00 休廊:日月祝
※初日2月21日(金)は17:00オープンとなります。
※オープニングレセプション:2月21日(金)18:00-20:00
入場無料・予約不要
会場:tagboat 〒103-0006 東京都中央区日本橋富沢町7-1 ザ・パークレックス人形町 1F
tagboatのギャラリーにて、現代アーティスト手島領、南村杞憂、フルフォード素馨による3人展「Plastics」を開催いたします。「Plastics」では、表面的な印象や偽りの中に潜む本質を提示した3名のアーティストによる作品を展示いたします。