上海の二大アートフェアのひとつ、Westbund Art & Designで出展されていたNUKAGA GALLERYの松山智一の個展は初日で完売と、勢いを感じる展示であった。
松山智一の作品は変形されたキャンバスに描いたアクリル絵画であるが、その中には北斎や若冲といった日本古来のモチーフを要素として編集したり、コンセプトを重層的に盛り込んだものとなっている。
作品の中に構造的に美術史との関わり方を入れる手法はある意味で村上隆なアプローチであり、欧米のキュレーターやコレクターを意識した戦略だ。
また先月の情熱大陸でテレビ放送されたように、キース・ヘリングやバンクシーなど、名だたるアーティストが描き続けてきたニューヨークSOHO地区の巨大な壁(Houston Bowery Wall)に松山智一が描いた作品のニュースは一気に彼をスターダムにも押し上げる要因になっている。
このような作家に関する情報は中国のコレクター層にもいち早く伝わっているのか、アートフェア開始早々に走って買いに来るコレクターもいたそうだ。
つまりこれは、アートフェアが始まる前の段階で重要な情報を事前に仕込んだことが功を奏したという例だ。
特に米国で認められたアーティストというのは海を越えた中国でも高い評価を得ることとなる。
もちろん松山智一の作品は、工房で多くのアシスタントを雇用して制作した緻密な描写による大型作品が魅力的であったことは言うまでもない。
しかしながら作品が魅力的だからといって簡単に売れないのが中国なのだ。
そこには、作品の価値を伝える情報と、歴史を超えた先進性の2つが重要なポイントとなる。
さて、今回の上海訪問ではアートフェア以外にも、ポンピドゥーセンター、K11美術館、YUZ MUSEUM、明圓美術館、Rockbund MUSEUMなど5軒の美術館を訪問したのだが、そこで展示されていた企画の大半がなんと「映像作品」であった。
映像はアートフェアにも出展がいくつかあったが、実際に販売となるとインスタレーションと同様で難しい作品である。
にもかかわらずアートフェアが開催される時期に多くの美術館が映像作品を出してきているのは、その先進性を知ってほしいとの意思があるのだろう。
またチームラボのボーダーレス・ワールドもこの時期に合わせて開催が始まっており、新しい体験型アートの存在を知ってもらう機会を作っている。
このような気風は、中国人のコレクターの平均年齢が低いことにも関連性がある。
文化大革命の影響もあり、中国の芸術文化は1950年代から1980年代までほとんど成長しておらず、ここ20年で出てきた新しいアートに文化的な背景が乏しいことから、作品の持つ新進性の部分を特に重視するのが中国のアートの特徴だ。
だからこそ中国は新しいメディアである映像に力を入れているのであり、玉石混交はあれども、その絶対数は日本とは比較にならないほどの規模になっている。
上記のような観点より、タグボートとしては作家の情報、特に米国での展示経験や評判などを分かりやすく現地の人に事前に伝える準備をしておく必要があると感じている。
また、アートフェアのような短期決戦ではなく、現地の美術館で1か月以上の長期で作品を見せることによって情報が深く浸透できるようにしてきたい。
また、美術館に出品する作品の中にインスタレーション、映像、VR(バーチャルリアリティー)など、様々な新しい展示を意欲的に行うことで、その先進性を感じてもらいたいと思っている。
来年以降はいくつかの中国の美術館での展示も始まり、これからその仕込みのための準備をしなければならない。
13億の民の注意をこちらに向けるのはたやすいことではないが、マーケットが大きい分だけそのやりがいも感じている。