アートは必ずしも「値段=価値」とはならない
そもそもの話をいうと、モノの値段を決めるのは「買う人」であり、高ければ買わなければよいし、買う人がいるのであれば、外野がとやかく口を挟む筋合いはない。
つまり、「その作品を買いたい人がいれば、その価格は間違っていない」ということを前提として今回のコラムを書きたいと思う。
例えば、新人作家がいたとして、その作家は東京でデビューするよりもニューヨークでデビューするほうが作品単価を高くすることができる。
ニューヨークに住んでいる人にとってはアートというものが普通に売買されるものであるし、ある程度価格が高くても買うものだという共通認識があるからだ。
しかし、そういう認識がない日本ではそうはいかないので、まずは多くの人に買ってもらうために安い価格を設定せざるを得ない。
つまり、作品の価値自体は同じであっても、売る場所によって値段が違うということだ。
ゆえに、アートの場合には、必ずしも「値段=価値」が成り立つわけではない。
アートの価値は数字で精緻化することが難しく、作家の略歴、人気度、サイズ、コンセプト、インパクトなど様々な要素が絡み合って決まっていく。
作品の価格を構成する90%以上が付加価値であり、原材料とか制作時間というものはさほど考慮されないのだ。
つまり、価値を決める基準となる数値が分かりづらい典型的な商品がアートと言ってよいだろう。
また、アートの価値というのは購入者や鑑賞者など個々人の感じ方によってそれぞれ違う。
従い、唯一無二の作品で、どうしてもほしいという価値観の二人がオークションでぶつかれば、その値段を異常なまでに押し上げることにもなるのだ。
オークションのように人気度合いによって決まるアートの値段は作品そのものの価値とは別に働くことがある。
そして、その価値と値段との間にとてつもない乖離が生じたときに、バブルが崩壊するのだ。
従い、ギャラリーの人があまりにオークションで価格が上がりすぎるのを警戒したり手放しで喜べないというのは、価値と値段との乖離に押しつぶされるのを防ぐためでもある。
オークション価格は世間に公表されるし、その値段自体が一人歩きするからだ。
オークションはあくまで変動価格であり、需要と供給によってその都度決まっていくが、実質的にその価値があるとは限らないのだ。
なぜかというと、どうしても欲しくて競った二名だけによる価値判断であった場合に、それが一般的な価値の認識と近いとは言い切れないからだ。
最近のオークションにおけるイラストアートの価格
さて、日本を代表する草間彌生、村上隆といった現代アーティストの版画と、ここ最近デビューしたばかりのイラストアートの版画のオークション落札価格がどのくらい違うかを見てみよう。
そこで、世間一般における価値と値段が必ずしも一致しないことが分かるはずだ。
以下のように10月29日に開催された最新のSBIアートオークションの落札結果から分析したいと思う。
今回は、KYNE(キネ)とBackside works.(バックサイドワークス)という2名の現代のイラストアートとの比較をしたいと思う。
◆ KYNE : 1988年生 福岡在住のイラストレーター、2017年からGallery TARGETで初個展
◆ Backside works. : 年齢不詳 福岡在住のイラストレーターで2019年11月のUNKNOWN ASIA出展でデビュー
二人とも福岡在住のイラストレーターで、本名はおろか顔出しすらしていないなど共通点が多い。
KYNEはその作風が江口寿史に似ているということで有名になったイラストレーターであり、それよりもさらにBackside works. は彼が描いた河合塾のポスターの画風があまりにも江口寿史に酷似していると評判になったイラストレーターでもある。
先に人気に火がついたのはKYNEであり、Backside works. はまさに第二のKYNEのような感じで売れたのだ。
以下の5点のオークション落札作品を見ると、同程度のサイズ、ED数、版画で比較しても、草間彌生や村上隆よりもすでにKYNEやBacksideworks の価格のほうがものによっては高くなっていることが分かるだろう。
Backside works.にいたっては、ジークレープリントというデジタルで作った版のインクジェット出力であるにも関わらず400万円を超えていて、村上隆の3倍近くだ。
つまり、まだデビューして2年のイラストレーターが世界のアートを席巻した村上隆の作品を落札額では超えている。
さて、なぜこのような値段と価値の逆転現象が起こっているのか、ほかの日本のイラストアートもこのようなブームが起きるのか、値段に見合った価値が将来的に担保できるのか、について次週のコラムの中で語っていきたいと思う。
1)草間彌生
「ほたる(250)」 サイズ: 76.3×56.8cm、 シルクスクリーン ED100
落札価格 1,782,500円
2)草間彌生
「果物かご(275)」 サイズ:60 x 68cm シルクスクリーン ED60
落札価格 4,600,000円
3)村上隆
「Eye Love superflat」 サイズ:60×60㎝ シルクスクリーン ED50
落札価格 1,552,500円
4)KYNE
「Untitled」 サイズ 90cm x 69.2cm、シルクスクリーン ED50
落札価格 4,025,000円
5)Backside works.
「Record Shop」 サイズ 53.0x 41.0㎝ 、 ジークレープリント ED15
落札価格 4,370,000円