我々が太田剛気の作品を初めて見たのは、東京藝術大学の2018年夏の学祭であった。
絵画棟には通常のアクリル画も展示されていたが、それとは別に歴史年表や当系図が飾ってあった。
その年表や当系図とはまさに太田剛気が自分で創作した架空の国家の歴史から作られたものである。
太田剛気の作品は彼が10代の頃より続けている日本史についての研究と、そこから派生した「架空の国家の歴史づくり」という独自の趣味が由来となって出来ている。
年号とその時にあった事柄のみを綴った架空の歴史年表を作るのであれば、他にも作れる人はいるだろうし、それはまだ理解できる。
太田剛気の作品はそれだけで終わることはない。
歴史上に起こった出来事を書くだけではなく、そこには泥臭い人間にストーリーが存在することを太田は理解している。
例えば、歴史上で、ある政治家が世の中に出てくるときには、必ず選挙で当選している。
選挙には、勝った候補者、負けた落選者というように人間同士の戦いの物語が内在している。
太田剛気は架空の選挙に立候補する候補者の名前、年齢、党名などをすべてノートに書き出し、さらにはその候補ごとの得票数までを書き出している。
架空に設定されるすべての選挙をイメージしているのだ。
そこではぶっちぎりで当選した人もいれば、前の選挙で小差で負けた人が今回は逆転して勝ち抜いたりもする。
物語をイメージしてノートに書きとることによって歴史の構成要素をより具体的にするのが太田剛気の作る世界観だ。
そのような歴史の物語を構成する細かな事項をイメージし、それぞれを体系系的に記録し、相関関係に一切の疑義がはさみ込まれないよう綿密に辻褄が合うよう設計しているのだ。
ノートに文字や数値による膨大な情報を書き込み、必要に応じて表にまとめてみたりしている。
また、建物や人物像のドローイングなどを描き込むことで絵画作品の土台にしてみたりということもしている。
このような一見無駄とも思われる膨大な情報が歴史の史実の裏側にあり、それを我々は知らないままになっている。
一方で氷山の下に隠れている人間模様までをイメージすることで架空の歴史に血の通った真実味が加わるわけだ。
さて、太田剛気が最初に書いた歴史の教科書が「新選皇州史」文和出版社である。
もちろん、皇州という架空の国家は存在しないし、文和出版という会社なぞあるわけもない。
地球のどこかにあたかも皇州という国が存在し、その中で日本によく似たような人種や文化があったとしたらどんな国家ができただろう、といったことを空想しながら国家の構成を似ているようで微妙に違う形で描かれている。
国の制度や文化に至るまで事細かく架空の名前を付けて、それがあたかも存在しているかのように思えてしまうのは、それを構成する要素を詳細に体系立てて作っている事に他ならない。
みなさんがご存知の山川出版の日本史や世界史の教科書には別に補足説明する「用語集」が販売されており、辞典のように使っていた人も多いだろう。
太田剛気はこの山川出版の「用語集」の段階まで内容を具体的に落とし込んで架空の世界を作っているので、全体がぶれることがないのだ。
例えば、太田剛気は架空国家「皇州」の相撲の星取り表を創造している。
現在、50年分200場所の星取表があり、太田剛気はその10年分の内容を自分で空想して書いている。この世に存在しない力士は350人以上いて、あえて星取り表は手書きにこだわって書いているというのも面白い。
太田剛気は近年になって、絵本風の絵柄を取り入れた「なすび王の国の歴史」や「とんちき坊やとまぬけのろんシリーズ」を新たに発表している。
このシリーズでは、「難しい内容をかわいい絵柄で描く」ことをテーマにして制作している。
「なすび王の国の歴史」の中で彼が創造する「なすごん王国」では、青なす党と赤なす党の二大政党があり、それぞれの党が切磋琢磨しながら政権交代をしている様子を一覧表を通して知ることができる。
選挙の各党の議席数の推移なども彼の頭の中では生々しくイメージされているのだ。
まずは彼が作った歴史の教科書を手にとって読んでもらいたい。
客観的にありもしない歴史を認識し、あたかも後世に伝えるように作っていく彼の世界観には舌を巻くだろう。
このように一般の人からみると想像を超えた創造をするアーティストが新たな歴史を作っていくことを知ってもらいたいと思う。
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