アートの世界を見た時に、ビジネスとは関係ないところで生きている人には楽園に思えるのかもしれない。
美しく華やかな作品、静謐な展示空間、時代を超越した豊かさがそこにあるからだ。
その一方で、作品を糧に食べていこうとすれば、ヒリヒリした人生を歩むこととなる。
好きなことをしてお金を作ろうとしているのだから簡単なことではない。
しかしながら、それがうまくいったときの嬉しさはこの上ないものとなるだろう。
アートは仕事と趣味の境界線があいまいであり、好きでないとやれるものではない。
だからこそヒリヒリとした人生を生きながらもアーティストを目指す人が多くいるのだ。
アートビジネスの世界には作品を作る人と、それを世の中に見せて販売する人とに分けられる。
アートを売るという仕事においてはアーティストの作品を最初に売るプライマリー(一次市場)のギャラリーと、購入後の作品を売るセカンダリー(二次市場)業者に分けられる。
これは、作る「人」の世界観を売るのがプライマリーであり、作品を「商品」として販売するのがセカンダリーという分け方にもなる。
プライマリーでの販売利益はアーティストに支払われるが、セカンダリーでは商品として取り扱われるため、販売利益はアーティストから切り離されることとなる。
アート好きには、作品を「人」として取り扱うプライマリーのほうが圧倒的に面白いだろうが、実はビジネスとして利益を出すのが最も難しい分野でもあるのだ。
さて、最近はアート関連のオンライン業者が数多く出現している。
彼らがアートの「商品」としての情報を収集、整理して伝達するときにはオンラインは武器になりうるゆえ、特にセカンダリー市場の情報分析や競争売買には有利に働くこととなる。
Artnet.comという会社は1989年に設立され、今では世界の1700軒のオークション情報を閲覧できるサービスを持つ上場企業であり、インターネット黎明期からその事業を拡大してきた。
このように、アートの商品としての情報がデジタル化されれば、オンライン・プラットフォームは成り立つこととなる。
あくまで、デジタル化されて有用なのは情報であり、その情報は通常のネット販売と同じように、画像、サイズ、技法、作家プロフィールといった基本データであり他との差別化は難しい。
セカンダリー市場のようにアートを「商品」として取り扱えば、ネット販売のプラットフォームとして事業規模を拡大することも可能なのだ。
その一方、プライマリーのギャラリーがオンラインを利用する場合は、ネット販売だけではなく、アーティストのプロモーションやプロデュースに利用しなければ意味がない。
ギャラリーにとっての仕事はアーティストの価値を高める部分がほとんどであり、そこから販売につながるからだ。
アーティストに展示スペースを提供するだけであまりプロモーションに積極的でなければ、貸しギャラリーと何ら変わることがないだろう。
つまり、作品を展示する場の提供でしかない場合、アーティストとしてはどのギャラリーと組んでもさして変わりがないため、その機能は急速に失われることになる。
そうすると必然的にアーティストとギャラリーの関係性は希薄になり、展示さえしてくれればどこでもよい、ということになってしまうのだ。
ウェブで販売する場の提供だけではアーティストの価値を上げるようなことにつながらないので、そのような業者はプライマリーギャラリーとは言い難い。
現在、アートのスタートアップ事業が増えているのが、ほとんどがこのような類のオンライン業者や作品のレンタル販売サイトだ。
ギャラリーとして作家のプロデュースまで関わっているところはほとんどない。
そうなると、アーティストとしてはあくまで作品を見せるツールとしてオンラインを利用することとなるのだ。
その一方で、逆にプライマリーのギャラリーがオンラインでの販売を始めたり、アートフェアもネット販売をするようになってきた。
しかしながら、ここでのオンライン化はあくまで顧客にとっての販売チャネルを増やす手段のひとつであり、展示の代替になることはない。
展示や現地でのリアル・コミュニケーションと比べると、ネットで見たりチャットしたりするのは、現状のネットの技術ではリアルの10%未満の効果でしかないからだ。
まだまだオンラインだけでは満足のいくコミュニケーションにはほど遠く、あくまでオンラインは補助的な役割でしかないだろう。
アートにおけるオンラインの強みというのは、情報のスピード、拡散、蓄積の3つだ。
ネットではSNSなどで瞬時に情報を投稿・提供できること(スピード)、ネットからネットへバズる力が強ければ一気に情報が広がること(拡散)、いつでも整理された過去のアーカイブを参照できること(蓄積)だ。
この3つのメリットを活かすことがネットの真骨頂であるが、オンラインはあくまで手段なのである。
アートの新規事業者にとって、プラットフォームを構築するといったように、オンラインを目的とするのは今の日本の市場規模では得策ではない。
タグボートはオンラインを日本で最も有効活用しているギャラリーなのであり、オンライン・プラットフォームを名乗ることは微塵も考えていないことを理解していただきたいと思う。