岡村一輝のアトリエには、小さなドローイングブックが何冊も並んでいる。旅先や日常で感じたインスピレーションを、その場で記録するためのものだ。
岡村は「インスピレーションは突然やってくる」と言う。
友人の子供が生まれたとき、その小さな生命の姿を目にして「もしかして、こういう存在を描きたかったのでは」と気づいた。
そして、そこから「幼生」や「幼体」というテーマが生まれた。成体になる前の曖昧な形——まだ何者でもないが、これから何かになり得る存在。それはまさに、岡村自身の制作スタイルにも通じる。
岡村の絵は、単なるドローイングの拡大ではない。
彼は描きためたスケッチをそのまま転写するのではなく、頭の中で分解し、再構築する。
そして、漠然としたイメージを持ったまま油絵を描き始める。この過程は、まるで粘土をこねるようなものだ。絵具が滲み、掠れる。その現象を観察しながら、「これはこう見えるかもしれない」と、新たな形が浮かび上がる。
完成図は最初から決まっていない。変化の中で、作品が自らの姿を決めていくのだ。
岡村の色彩の決め方も独特だ。
「隣の色がこれなら、ここはこうなる」と、オセロのように色を選んでいくという。特に紫とピンクを多用することが多く、黄色は浮遊感を生み出す色として愛用している。
ここ数年は明るい色を好んでいたが、最近は暗い色も増えてきた。「オセロの角を取られたように、ある瞬間で色が一気に変わることがある」と語る岡村にとって、色彩はあらかじめ計画するものではなく、その時々の直感に委ねられるものなのだ。
このような制作プロセスの中で、岡村は現実の風景と幻想を融合させていく。しかし、彼自身は「融合している感覚はない」と言う。
旅先で描いたドローイングも、他人が見たら南国とは思えないかもしれない。彼にとって、ドローイングを描いた瞬間に、それはすでに現実世界から切り離されているのだ。
ある作家が「絵画とは、作者というノイズを通して現実世界が現れたもの」と語っていたように、岡村の作品もまた、最初からノイズを効かせた独自の世界を生み出している。
今回のグループ展「PLAY GROUND」は、そんな岡村の創作の延長線上にある。
幼生たちが揺らぎながら形を変え、未知の存在へと進化していくような作品群。
絵具の滲みが生む偶然の形、そこから生まれる想像の余地。岡村は「ここではないどこか遠い向こう側の景色」を目指しているが、それがどこなのか、誰も知らない。ただ、作品が並んだとき、その風景は広がりを持ち、観る者それぞれの記憶や感覚に結びついていく。
岡村一輝の作品には、夢のような質感がある。
彼は昔から夢日記をつけており、その中で見た不思議な風景が創作のヒントになることもある。
ただし、夢の中の景色をそのまま描くわけではない。岡村が興味を持っているのは、夢が持つ「質量のなさ」だ。ふと目を覚ました瞬間に消えてしまうような、どこかに存在していたはずなのに手の届かないもの。その曖昧さや軽やかさを、彼は絵の中に落とし込もうとしている。
また、岡村の作業環境も、こうした創作の在り方に影響を与えている。彼は制作スペースと居住スペースを分けない。
料理をしながら自分の絵を遠目で眺めたり、夜中に目を覚まして暗がりの中で確認したり、朝のまどろみの中で新たな発見をしたりする。
制作は仕事ではなく、生活の延長にある。だからこそ、彼の作品には流動的な時間の感覚が漂っている。
「最近ようやく、自分の描いているものが何なのか自覚できてきた気がする」と岡村は言う。
まるでパズルのピースが少しずつ埋まっていくように。しかし、そのパズルが三次元で、実は違う側面にも続きがあったら——そんな想像が、また次の作品へとつながっていく。
「PLAY GROUND」は、未完成であること、変化し続けることの魅力を伝える展覧会だ。絵の中の幼生たちは、私たち自身かもしれない。
まだ形になっていない何か、これからどんな姿になるかわからないもの。
それが、この遊び場で自由に漂っている。岡村一輝の描く「浮遊する景色」の中で、観る者それぞれが、新しい想像の旅を始めることになるだろう。
2025年3月14日(金) ~ 4月5日(土)
営業時間:11:00-19:00 休廊:日月祝
※初日3月14日(金)は17:00オープンとなります。
※オープニングレセプション:3月14日(金)18:00-20:00
※3月20日(木)は祝日のため休廊となります。
会場:tagboat 〒103-0006 東京都中央区日本橋富沢町7-1 ザ・パークレックス人形町 1F