これまでアート業界の流通では、アーティストは作る人、ギャラリーは売る人だというふうにそれぞれの役割分担がはっきりしていた。
それが今では少しずつその関係性が変わってきている。
一昔前まではアーティストが個人で作品を販売しようとすれば、貸しギャラリーを使わざるを得ない時代があった。
そういったときに、貸しギャラリーにアーティストの友人や親せきが見に来たとしても、スカウトしてくれるギャラリストや著名なコレクターが来るわけでない。
また、貸しギャラリーの場所を借りるだけでも都内なら1週間で15万円以上コストがかかるので、かなりの作品点数を売らないとペイしない状況であった。
つまりいくら貸しギャラリーで展示を続けても、コマーシャルギャラリーと呼ばれる企画ギャラリーで展示をしてもらえなければ、アーティスト側にコストがかかるし、将来のキャリア形成にも広がりがなかったのが現実である。
そのため費用がかからずに自ら顧客に販売をしてくれるコマーシャルギャラリーに所属できるというのはアーティストにとっては名誉のことである。
しかしながら、実際にはコマーシャルギャラリーの所属となり企画展をしてもらえる確率というのは低い。
自称も含めてアーティストと呼ばれる人たちが日本に10万人いるとして、コマーシャルギャラリーが日本で300軒程度、各ギャラリーが15-20人の取り扱いをしていると考えると、所属可能なアーティスト数は5,000人。つまり全体の5%くらいだ。
しかも名前が知られているギャラリーともなればその確率はさらに低くなるだろう。
少なくとも95%はコマーシャルギャラリーに所属せずに自分たちのリスクで展覧会をしなければならないのが現実なのだ。
過去も現在もアーティストの立場は厳しい中にあり、その立場はあまり変わっていない。
それは作り手であるアーティストがマーケットの実情を知らなかったり、販売の現場を体験していないことにも問題がある。
販売をギャラリー任せにしてしまうことで、すべての責任をギャラリーに持たせている限りは立場が変わることはないだろう。
本来であれば、作品を作るアーティストとギャラリーとの立場はイコールであり、売れる作品を作ることができるアーティストはよいポジションを確保できるはずである。
しかしながら、銀座界隈の老舗画廊ではアーティストを「先生」と呼んではいるが、実際には単なる作品の仕入元としての立場でしかないことのほうが多い。
本来はアーティストとギャラリーは対等かつ、二人三脚でそのキャリアを作っていくパートナーであるべきだ。
売っている部分をギャラリーに任せきりにするのではなく、積極的にアーティストが関わっていくことで状況は変わってくるだろう。
さて、作家はギャラリー1軒に絞って販売を委託する人もいれば、何軒かのギャラリーを通して販売する人もいる。
どちらが正しいとは言えないが、国内の老舗画廊で作品の買取契約をしているところであれが、独占的に販売を任せてもよいのだが、そういうのはごく一部である。
一般的には委託販売がほとんどであるため、アーティストと独占契約となるのはアーティストにとっては不利である。
つまり、他で売る機会そのものが減るからだ。
複数の販売チャネルを使うということは、一軒だけのギャラリーでは売れない作品が違う販売ルートでは売れたりするということであり、作る側にとってはなるべく多くの顧客に買ってもらうために取り扱いギャラリーは増えたほうが得なのだ。
ギャラリーとしても所属作家の作品を独占して売りたい気持ちもわかるが、その売り上げで作家が十分に食べていけないのであれば、作家の生活を考えるとほかのギャラリーが取り扱いをすることにも目をつぶったほうがよいだろう。
ただし複数のギャラリーで取り扱ってもらうにも鉄則があり、どことやるにしても、アーティストはギャラリーとの共同関係をしっかり作らねばならない。
作家がどんなに売れっ子であっても、ギャラリーとの関係性がうまくいかなければ取り扱いは短期間で終わってしまう。
結果として両者が二人三脚で世界に売り込んでいく展開とはならないのだ。
両者の関係の中でもっとも重要なのは、誰が顧客を連れてきたのか、その顧客の情報は誰が持つのか、ということだ。
作家が取り扱いギャラリー内で知り合った顧客と直接繋がって、展覧会後にギャラリーを経由せずに作家が顧客に直接販売してしまうようなことが起きないように気を付けなければならない。
ギャラリーが連れてきた顧客と作家が直接つながることが分かると、当然ではあるが両者の関係はそこで途切れてしまう可能性がある。
そうなると再度アーティストは別のギャラリーを探すことになってしまうのだ。
作家としてはギャラリーを通さずに顧客に直接売ったほうが利益がすべて作家のもとに入るのでそのほうがよいと思うのだろう。
しかしそのような目先の利益のために多くのことを失っていることを忘れがちだ。
そのやり方ではギャラリーは作家が販売する場所でしかなくなり、一緒に作家を応援する立場ではなくなってしまう。
もちろん、ギャラリーが開拓した顧客以外で、作家自身が個別に開拓した顧客の場合は直接販売しても何も咎められることはない。
作家がセルフプロデュースするのは、この時代においては必須であろうし、ギャラリーの力だけでは足りない部分もあるかもしれない。
ギャラリーはほかの複数のアーティストも取り扱っていることから、完全に1人の作家だけを応援できないのは事実だ。
そのような状況だからこそ、ギャラリーはアーティストには真似できないマーケティングと集客力が必要であり、ギャラリーそのもののブランディングに力を入れなければならないのである。