厚塗りの向こうにあるもの
ハンバーガー、ホットドッグ、ピザ——。
長嶋五郎の絵を見たとき、最初に目に飛び込んでくるのは、まるでアメリカ西海岸のファストフードショップのメニューに並んでいそうなポップなモチーフだ。
しかし、よく見ると、それらはただの食べ物ではない。塗り重ねられた絵の具の層が、時間の重みを持ってそこに存在している。
絵の具はまるでカスタードクリームのように分厚く、ナイフで塗りつけられた痕跡が生々しい。
そこにあるのは単なる「食べ物の絵」ではなく、画家自身の記憶の断片だ。
彼が10代の頃に憧れたアメリカ西海岸のカルチャー。
古着屋の隅で見つけた色あせたバンドTシャツや、中古レコードのジャケットに刻まれた時間の層。そんな記憶が、厚塗りの油彩の中に閉じ込められている。
ノスタルジーと戦後日本のコンプレックス
長嶋の作品には、1980年代のアメリカ文化への憧れが色濃く映し出されている。しかし、単なるノスタルジーでは終わらない。
彼の描くハンバーガーやキャラクターの背後には、日本人が長らく抱えてきた「アメリカへのコンプレックス」が潜んでいる。
戦後の日本は、アメリカ文化を憧れとともに受け入れた。
テレビの向こうのディズニーキャラクター、ポップな広告、自由の象徴としてのカリフォルニアの青い空——それらは遠い異国の夢のようだった。
けれど、時間が経つにつれ、その夢は単なる幻想ではなくなり、私たちの生活の一部になった。
そして、ある日気づくのだ。憧れていたはずのものが、もはや「外のもの」ではなくなっていることに。
長嶋の絵には、そんな変化が見え隠れする。
彼のハンバーガーは、もはやアメリカだけのものではない。そこには、日本が積み重ねてきた時間や経験が、油絵の具の層のように絡み合っているのだ。
「厚塗り」という感情の表現
彼の制作スタイルは特徴的だ。筆をほとんど使わず、ペインティングナイフで直接絵の具を乗せていく。色が重なり、絵の具の質感が強く際立つ。
その手法は、まるで時間を閉じ込めるかのように、過去と現在をキャンバス上で共存させている。
この「厚塗り」の技法こそ、彼が過去の記憶や感情を表現する手段なのだろう。
幼少期に父親に連れられて行った暗い美術館、プロレスのフィギュアを作っていた小学生時代、イラストレーターとして広告の世界に身を置いていた20代——そうした人生の積み重ねが、分厚い絵の具の層となって、彼の作品の中に息づいている。
厚塗りの向こうには、彼自身の物語がある。
そして、それを見る私たち自身の記憶や感情とも自然に重なり合っていく。だからこそ、彼の作品を目の前にすると、不思議な懐かしさと温かさを感じるのかもしれない。
そしてふと気づくのだ。その感覚は、ただ眺めるだけではなく、手元に置いてこそ、より鮮明になるものなのかもしれない、と。
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長嶋五郎Goro Nagashima |
Schedule
Public View
4/19 (sat) 11:00 – 19:00
4/20 (sun) 11:00 – 17:00
2025年3月14日(金) ~ 4月5日(土)
営業時間:11:00-19:00 休廊:日月祝
※初日3月14日(金)は17:00オープンとなります。
※オープニングレセプション:3月14日(金)18:00-20:00
※3月20日(木)は祝日のため休廊となります。
会場:tagboat 〒103-0006 東京都中央区日本橋富沢町7-1 ザ・パークレックス人形町 1F