現代アートについては多くの人はあまり語りたがらない。
なんとなく興味はあるけど、分かりにくいというのが答えのようだ。
我々のような毎日さまざまなアートに触れている人間からすると、アートについて知らなさすぎるのはもったいないと感じる。
というのは、実際にはアートを楽しむのに、コンセプトを理解する必要もなければ、美術史を知っておく必要はないからだ。
とはいうものの、美術館で鑑賞をする場合には、歴史年表を読み込み、作者の意志を理解しないと分かりづらいという意識があるのだろう。
我々は音楽を聴くときや、映画を鑑賞する場合にはわざわざそんな事前情報を入れることは考えない。
思うがままに楽しみ、つまらなければ途中でやめればよいのだ。
しかし、なぜかアートだけはやたら高尚なものに祭り上げられ、「お勉強」的な部分が日本では必要とされるのは不思議である。
アートは一部の美術好きのためだけにあるものではない。
アーティストも美大出身者以外が今後は増えるだろうし、そうすると、それを受け入れる側の購入者数も増えていかなければ、需要と供給のバランスが今よりも崩れて供給過多となることが予想される。
アートそのものはどんどん民主化していく流れはとめられず、そうすると美大や美術館を中心としたアカデミックな考え方から解放されて、誰しもがアートを楽しめる時代となっていくだろう。
ここで、あらためて、アートを楽しむ本質について考えたいと思う。
100年前のマルセル・デュシャンの登場以降、アートを作る個々の作家は「コンセプト」が最も重視されることとなった。
コンセプトの斬新さ、発想の独創性が大事であり、アーティストはアカデミックな視点から評価を受けるためにその「コンセプト」をいじり回し、よく説明してもらわないと理解できないところまで行った作品が見受けられるようになった。
そうなると、アートは「アイデア勝負」みたいな戦いになってしまい、そもそもアーティストが作りたかったものとはかけ離れたものとなってしまう。
コンセプト重視のトレンドは今後も大きく変わることはないだろうが、アートの民主化を目指そうとすれば、こねくり回したような理解が難しいアートよりも、重視されるのは、「感動」とか「共感」といった人間の心の琴線にどう触れるかという理解しやすい方向へと進むだろう。
理解がしやすいということは、多くの人に感動してもらったり、共感をしてもらうことで、決して簡単なことではない。
一部のアカデミックな美術関係者を説得するよりも、それ以外の大衆に対し感動と共感を得るにはとてつもないエネルギーが必要であり、その熱量を多くの人に示していくことがこれからのアートの民主化には必要なのだ。
ところで、先週からタグボートがホテル雅叙園東京で開催している「TAGBOAT×百段階段」がありがたいことに非常に好評だ。
「TAGBOAT × 百段階段」展 ~文化財と出会う現代アート~
80年以上にわたる文化財と現代アートとのコラボが時代を超えた価値観をつなげているとの評価を受けている。
このように、一般の方から見て面白いと思われる展覧会を開催することでアートに対する心理的な垣根を取り除いていきたいと我々は思っている。
現在の国内のアート市場は500億円程度なので、一人平均で10万円のアートを買ったとしても購入者合計は50万人しかいない。
これは日本の労働人口6,600万人の1%にも満たない。
これまでアート業界は、このわずか1%に向けたマーケティングをやってきたし、その中でシェア争いをしてきたのは事実だ。
そういった狭い世界からの脱却を狙うことで、多くの人にアートの面白さを広めていかなければならない。
アートに対する「分かりにくいもの」といったイメージから脱却するには、従来のメディアだけでは不十分だ。
タグボートは今週土曜日(9月19日)にはフジテレビ「Kinki Kidsのブンブブーン」というバラエティー番組で、取り扱いアーティストのご紹介をすることとなった。
https://www.fujitv.co.jp/bunbuboon/
売れっ子芸人の霜降り明星に対し新進気鋭の若手作家によるアートを買ってもらう企画だ。
タグボートからはセレクトした5名のアーティストの作品をバラエティー番組を観る多くの人を通じて知ってもらいたいと思っている。
今回の出品アーティストは以下の通り。
フジテレビ「Kinki Kidsのブンブブーン」9月19日(土)11:05-11:50 放送
9月19日の放送は関東のみ。その他の地域は日時が別となる。
これまでのアート業界では、アートをバラエティー化することを嫌ってきた。
以前、「美術館女子」という企画では、AKB48を全面に出してインスタ映えを狙ったものの、見事に炎上したのは主にアート関係者によるものだ。
若いアイドルがあたかも「無知な観客」であるといった固定観念や、インスタ映えは美術作品を蔑ろにしているといった考え方がまだ業界には根強いようだ。
しかしここから脱却しなければ、日本のアート市場に明日はない。
さて、今回のコロナ騒動で、テレビの地上波が世の中の情勢やマインドを作っていることを我々はまざまざと知らされることとなった。
まだ正体が明らかになっていないウィルスに対しては、テレビといった主に受け身のメディアのほうが強く、ネットを通じた情報やデータの収集は完全に後に追いやられた形となった。
コロナの件についてはテレビの圧倒的な伝播力を知らしめる形となったのだが、その是非についてはここでは議論するつもりない。
いずれにしてもアートについては、今だ認知度が低いものだからこそ、地上波のもつ力とネットをうまく利用するべきであると思う。
タグボート代表の徳光健治による著書「教養としてのアート、投資としてのアート」はこちら