絵を描く部屋には、今日の光がある
小木曽ウェイツ恭子のアトリエは、息子の部屋の一角にある。窓から光が差し込むその場所は、本棚とベッドのあいだ。
肩をすぼめながら筆を動かすにはちょうどいい、秘密基地のような空間だ。
朝、子どもたちを学校へ送り出すと、急いで洗濯物を干し、台所を片づけて、ようやくその小さなスペースに座る。
けれど、いきなり描きはじめるわけではない。絵の前に立って、ただ見つめる。お茶を飲んだり、音楽を流したり、紙に落書きをしてみたり――一見なにもしていないようでいて、それはすでに「描く」の時間の中にある。
彼女の絵には、特別なできごとは描かれていない。
子どもの横顔や、椅子にかけられた布、夕方の光がすべりこむ窓辺。だけど、そこには「日常をたいせつに生きる人だけが見える景色」がある。
小さな発見や、静かな愛情や、ゆるやかな時間。それらをそっとすくいあげるように、彼女は今日も絵を描いている。
絵は“描く”より“削る”ことに近い
小木曽の描き方には、ひとつの秘密がある。それは「たくさん描いてから、削っていく」ことだ。
彼女はまず、紙に描き込む。思いつくままに線を重ね、色をのせていく。でも、そのまま完成とはならない。
いったん描いたものを、じっと見つめる。そして、いらない部分をひとつずつ削り落としていくのだ。
その作業は、まるで木の彫刻のようだ。
芯を見つけるために、まわりをそぎ落としていく。
たどり着きたいのは「うまく描けた絵」ではなく、「これはわたしの絵だ」と思える形。
それが見えるまで、何度でも描き直す。ときには絵のすべてを消して、まっさらな白からやり直すこともある。
この「引き算の絵づくり」が、小木曽の絵に独特の静けさと力を与えている。
必要な線だけが残ったとき、その絵はようやく「息をする」ようになる。観る者の目にすっと入り込んで、ことばでは言えない何かをそっと手渡してくれる。
“無駄かもしれない時間”を、描くということ
ある日、息子が彼女に言ったという。「お母さんの絵って、何度も白くなるよね。それって無駄じゃない?」
その言葉に、はっとさせられた。
たしかに、消しては描き直す日々は、効率がいいとは言えない。完成した絵が売れるとも限らない。
だけど彼女は、それでも描く。
「今日は今日の絵を描く」。それが彼女のリズムだ。
未来のことは考えすぎない。AIが絵を描く時代であっても、「わたしは手で描くしかない」と信じている。
描く時間は、誰かの役に立つわけではないかもしれない。
でも、誰にも見えないその積み重ねが、ある日ふと、美しい形になってあらわれる。
それはまるで、春の雪どけのあとに、小さな草花が顔を出すような瞬間だ。
小木曽ウェイツ恭子の絵には、そんな時間のかけらがつまっている。
なにげない線や淡い色の向こう側に、今日までの「暮らし」がそっと隠れている。
もし、あなたの部屋に彼女の絵が1枚あったなら。
何も起きなかった1日が、すこしだけ、特別な日に見えるかもしれない。
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小木曽ウェイツ恭子
Kyoko Waits Kogiso |
Schedule
Public View
4/19 (sat) 11:00 – 19:00
4/20 (sun) 11:00 – 17:00
2025年3月14日(金) ~ 4月5日(土)
営業時間:11:00-19:00 休廊:日月祝
※初日3月14日(金)は17:00オープンとなります。
※オープニングレセプション:3月14日(金)18:00-20:00
※3月20日(木)は祝日のため休廊となります。
会場:tagboat 〒103-0006 東京都中央区日本橋富沢町7-1 ザ・パークレックス人形町 1F