前回のコラムにも書いたように、日本のアート市場がここに来て過熱しているのは間違いないが、それは一部のアーティストの作品がバブルとなっているだけで、市場全体としてはバブルとは言い難い。
コロナ騒動でギャラリーに行く人が減っていることもあって、売り上げ減となっているギャラリーのほうが多いくらいである。
オークションを中心としたセカンダリー市場の中で一部のアーティストの作品が高騰している現象だけを見て、短絡的にバブルであるというのは早計だ。
日本のアート市場は、欧米はもちろんのこと周辺のアジア各国と比べても脆弱であることからまだまだ成長余地があるのだ。
伸びしろがあるからこそ、アート業界にいる人たちが市場拡大について考えなければならないことを今回は書こうと思う。
新規顧客の獲得を最優先に
実はアートを購入する人の数というのは日本の労働人口全体(6,800万人)の1%にも満たない。
つまり99%の人が1年のうちにまったくアートを買うことがないのだ。
であるがゆえに、今の日本のアートマーケットにとって重要なのは既存顧客に対する優遇策よりも新規顧客の獲得であると断言できる。
つまり新たにアートを買う人を増やすことが最も重要な課題なのだ。
日本のアートマーケットが米国の80分の1程度しかないのは、セカンダリー市場の大きさや購入単価の違いもあるのだが、そもそもの購入者の数が違うということを理解しなければならない。
一般的なマーケティングの理論でいくと、既存顧客に継続して買ってもらえるような優遇策は囲い込みにつながるので、顧客獲得コストが少なく済むし、顧客単価の向上につながるとされている。
しかしながら、現在の日本のアート業界においてはその法則は成り立たなくなっているのだ。
以前であれば、アートの顧客は購入するギャラリーがある程度限られていて、且つギャラリストがおススメする作品を買うことが多かった。
つまり一度顧客になれば、その顧客へのサービスを手厚くすることで次の購入につなげて売上を増やすことができたのだ。
しかしながら、最近の顧客の気持ちは移り変わりやすくなっている。
特に、30-40代の購入者は一定のギャラリーに絞り込んで買うというよりは、色んなギャラリーに行って試し買いをする傾向にある。
つまり事前に情報を仕込みながら、能動的に取捨選択をしているということだ。
ということであれば、ギャラリーやアーティストは購入者に選んでもらうためのブランド価値を上げることが必要であり、ブランド価値を上げるにはまず市場での浸透率を上げることが優先される。
ここでの浸透率とは「一定期間にそのギャラリー(または作家)の作品を少なくとも1回以上買った人数」のことだ。
最近のコレクターは限られたギャラリーから作品を買うのではなく、幅広い選択肢から多種多様に購入するようなっているので、そもそも「囲い込み」といった従来型のマーケティング手法ではうまくいかなくなっている。
顧客も失敗を減らすために購入するアートを細かく配分する分散投資になっており、顧客側が賢くなっているのだ。
いわゆる「パレート法則」のように上位20%の顧客によって80%の売上が作られるということは起こらず、実際には20%の顧客によって40%~60%程度の売上が作られることとなるのだ。
そうすると、既存優良顧客に頼ることよりも、ライトユーザーともいえるコレクター初心者に選んでもらう方が売り上げ拡大に長期的には効果的だと言えるだろう。
まずは試しに購入してもらうべし、の人数を増やすということだ。
とすれば、広告についても一般層に向けてできるだけ多くアプローチをする方が効率的ということとなる。
これも従来のターゲットを絞り込んだ広告宣伝というよりも、マーケットを広く考えた施策が必要となるだろう。
そもそも国内のアート市場全体がニッチ(狭い市場)ゆえに、これ以上セグメントされたターゲットにあまり意味はないのだ。
そこでのアートの広告は知的で高感度の高いクリエイティブによって広い顧客層に認知してもらい、且つ、買わない理由をひとつずつ消していく作業が必要となってくるだろう。
たとえば、一般的にアートを実際に見て買わない理由としては以下が考えられる。
・その作品のよさがわからない(魅力の伝え方)
・買うだけの価値を感じない(割高感→値ごろ感)
・そこで買う理由が見当たらない(独自性、競争優位性)
このような課題をつぶしていくことで、新規顧客の獲得につなげることが市場拡大にもつながるのだ。
我々は国内のアート市場を俯瞰的に調査・分析し、その上で的確な施策を検討していかなければならない。
従来のマーケティング手法が必ずしも正しいとは限らず、実際の市場ニーズに沿った行動が有効に働くことになるだろう。
そうすることによって、現在のアート市場をバブルではなく、着実な成長へと導いていけるかもしれない。