映画監督にならなかった理由
1980年代、若き今中信一はアメリカ・シカゴにいた。夢は映画監督。
世界を変える物語をつくりたかった。だが、その街で彼が出会ったのは、予想もしなかった映画たち――セリフのない映像、終わりのない実験、構造だけが強調された「作品」。
そこにあるのは、人の心を揺さぶる物語ではなかった。
迷いのなかで、彼はある日ふと油絵の授業を取る。気まぐれのような選択だった。
しかし、その出会いは人生を変えた。筆を握り、色を重ねる時間が、どこまでも自由で心地よかった。
描いている間だけ、自分の輪郭がはっきりと浮かび上がるようだった。
絵筆は、彼にとって“物語の新しい手段”となった。
スクリーンのかわりにキャンバスを、編集の代わりに即興の線を。今中は、画家としての旅を始めたのである。
顔の奥に潜むもの
今中信一の作品に登場する人物像は、どれも名前を持たない。
誰かのようでいて、誰でもない。奇妙な輪郭、独特のバランス、ふとした表情。それらは見る者の記憶のなかに眠る、顔のない誰かを呼び起こす。
まるで、自分の奥底に住む“もうひとつの人格”が絵の中に映っているようでもある。
今中の制作は、即興性に富む。計画よりも感覚。手が導くままに筆を動かし、そこに現れた断片から物語が立ち上がる。
言葉にすれば、“描きながら探す”という行為に近い。
ときにそれは数分で完結し、ときに数ヶ月を要する。まるで、新鮮な寿司を握るように素早く描くこともあれば、煮込み料理のように時間をかけて熟成させることもある。
彼の絵は、完成した時点で意味が固定されることはない。
曖昧で謎めいた印象が意図的に残されている。その余白に、見る者の記憶や感情が静かに流れ込んでいく。
答えのない問いを受け取ったときのように、しばらく胸のなかで温めたくなる――そんな絵なのである。
日常の中の異国
今中は若い頃、多くの国を旅している。
そこで目にした人々、建物、光と影。それらの記憶が、いつしか彼の筆先に宿り、作品に色を添える。
だが彼の描く「旅」は、風景画のように写実的ではない。むしろ、内なる世界への旅に近い。
彼の絵には、文化や国境を越えた“どこでもない場所”がある。
それは、誰の心にもひとつは存在する「異国のような感情」を映し出しているのかもしれない。
安心と不安、愛嬌と皮肉、笑いと孤独。相反する感情がひとつの画面の中に共存し、見る者の中に微かなざわめきを生み出す。
そんな作品が、いま私たちの部屋に届こうとしている。
しかも、驚くほど良心的な価格で。今中は、長くキャリアを重ねながらも、「多くの人に楽しんでもらいたい」という思いを優先している。
絵を所有することの意味を問う前に、まずは日常の中に一枚の絵を置くという体験を差し出している。
絵を迎え入れるという選択
アートとは、時に理解しがたいものと思われがちだ。だが、今中信一の作品には、説明を超えて“感じられる何か”がある。
それは幼いころの記憶に似ている。言葉にできないが、たしかにそこに在る感覚。
その静かなる魅力は、絵の中に閉じこめられてはいない。むしろ、私たちの目を通して、心の奥へと旅を続けている。
部屋の壁に、ひとつの物語が立ち上がる。その物語は、あなた自身の記憶と出会い、新しい意味をもちはじめるだろう。
あなたの空間に、そっと旅する絵を迎え入れてみてはいかがだろうか。
Schedule
Public View
4/19 (sat) 11:00 – 19:00
4/20 (sun) 11:00 – 17:00
2025年3月14日(金) ~ 4月5日(土)
営業時間:11:00-19:00 休廊:日月祝
※初日3月14日(金)は17:00オープンとなります。
※オープニングレセプション:3月14日(金)18:00-20:00
※3月20日(木)は祝日のため休廊となります。
会場:tagboat 〒103-0006 東京都中央区日本橋富沢町7-1 ザ・パークレックス人形町 1F