ベンチャー企業の中でも急速なスピードで成長するスタートアップが出てくることがある。
現在では会社設立後わずか数年で上場することは珍しいことではなくなり、必要な資金を外部から調達することで一気に成長することが可能となっている。
アート界においても、このようなアーティストが出現するのかどうかを今回のコラムで考えていきたい。
通常はアーティストを取り扱うギャラリーを経由して、グループ展、個展を開催しながら、海外のアートフェアに出展することで対外的な認知度を広げて、さらに美術館で作品を展示という順番で作家の価値を上げることが多い。
美大を卒業したばかりのアーティストが、いきなり世界最大のギャラリーであるGAGOSIANで個展をするなんてことはありえるはずもなく、世界のトップギャラリーではある程度の実績のあるアーティストを取り扱っているのが普通だ。
そのような一般常識の出世物語をすっ飛ばし、作家の評価が一気に高騰することは起こりえるのだろうか?
少なくとも、米国で爆速成長しているスタートアップのほとんどがデジタルネイティブによるIT企業であり、指数関数的な価値の増大はオンラインによる部分が大きいことは間違いないだろう。
コロナ禍で変わるオンライン化
コロナ騒動が続く中では、リアルなギャラリースペースに集客して対面販売することはコストが膨大にかかることとなった。
ギャラリーの展覧会でさほど混むことはないのだが、「予約制」という来場者にとってハードルが高いことを設定せざるを得ず、ギャラリーにとっては来場者の減少は避けられなくなっている。
つまり、この状況下においては顧客はネットで作品を検索して買うということが増える傾向にある。
さて、世界第二位のギャラリー、David Zwirnerが中小ギャラリーと自社とを共有するECサイト「Platform」を先日スタートさせることとなった。
これまでのECサイトと違うのは、価格を明確にして間を介すことなく直接買えるということになったということだ。
2500ドル~5万ドルの作品が対象であり、ワンクリックで買えるというのは彼らからするとメリットは大きいとのこと。
つまり、ギャラリーにとって2500ドルの作品も100万ドル超えの作品も販売にかかる手間はあまり変わらないため、David Zwrinerから見ると少額の作品はネットで売って、その他の高額作品は対面販売へ集中させるほうが効果的なのだ。
いずれにしても、アートのオンライン業界はこれまでは「Artsy」というプラットフォームを使ってギャラリーへ問い合わせするだけで価格を明らかにしない旧来の手法しか出来なかったのが事実であり、ようやくここにきてパンドラの箱が開いたところだ。
アーティストによるデジタル化
アート業界は他の業界に比べると圧倒的にオンライン化が遅れており、世界のトップギャラリーがこのような状況であれば、国内事情は推して知るべしである。
つまり、爆速成長アーティストは従来の店舗型のギャラリー運営からは生まれにくいことが予想される。
一方、アーティスト側が進化することで爆速成長となることがある。
デジタルネイティブの若いアーティストは、従来の販売チャネルであるギャラリーを介せずに直接販売することも厭わないし、SNSをうまく利用することでプロモーションを拡散させることを可能としている。
さらに、ここ最近の傾向としてNFT(Non Fungible Token )によるデジタルアート販売が拡大することになるだろう。
NFTアートの現状では、イーサリアムを大量保有している人や短期的な売買で利ザヤを増やそうとする人が群がっており、投機的なマーケットが作られた。
このブームを続けるにはデジタルでアートを作るアーティストの数が増えるトレンドが必要である。
アート作品と言えばキャンバスに油彩やアクリルで描く作家が多い中、エスキース(下絵)などははタブレットで描く作家が増えてきている。
モチーフの構成、色目の調整などは事前にタブレットで作っておいた方が間違いが少なく、効果的に制作できるからだ。
このように制作のデジタル化が進むにつれ、デジタルアートを販売する作家が増えて傾向にあるのだ。
しかしながら、購入するコレクター側がアーティストのデジタル化の動きに対してはまだまだ対応は遅れている。
これは購入者の年齢層によるのだが、やはりキャンバスやパネル、または額装された作品には部屋を飾るといった目的があるため、デジタルアートがフィジカルな作品を超えるにはまだ時間がかかると思われる。
これは、AmazonのKindleのような電子書籍が便利であるにもかかわらず、いまだ紙で印刷された本のほうが販売量が多いことと同じである。電子コミックだけは若年層が読むことでシェアが増えているが、通常の電子書籍はコミックの30分の1程度で止まっており成長が遅いのだ。
年齢の高いコレクターを除いた若年層のコレクターが伸びれば、デジタルアートの市場も伸びていくだろう。
このようにテクノロジーがアート業界を変化させ、その変化に素早く反応できる才能や若い世代の柔軟な発想がそれを支えることにつながるのだ。
過去のしがらみや成功体験に拘泥するギャラリーやコレクターが全体の成長を止める障壁にもなっており、そこを超えることができれば新しい市場が開けてくるだろう。
デジタルアートのメリットは、似たものを大量に作って複数販売できる、倉庫がいらない、空調などのメンテナンスがいらない、必要な時に印刷できる、証明書が改ざんされることなく個人所有が特定されるなど、実際にはメリットは多い。
デジタルの強みや有利な面を活かした形でマーケットが展開されることによって爆速成長するアーティストは現れてくるだろう。