自分らしく生きることが難しい時代
これまでの「アーティスト」のイメージといえば、世間とかけ離れていて作品だけでは食べていけない姿を想像している人も多いかと思う。
自由だけれどもお金がなく、社会と距離を置いた仙人のような生活をしているというのが典型的なアーティストのイメージだ。
そのようなアーティストとは真逆に位置するのが安定した生活を望む人たちであり、勉強をしてそれなりの大学に行きそこから大手の会社に就職して人生を終えるタイプの人たちである。
自由さはないが足を踏み外すことのない着実な人生であり、このような道を自ら選んでいる人は多い。
しかしながら、これからの時代はサラリーマンがマジメに働いてさえいれば一生生活に困ることのない時代ではなくなってきている。
コロナ禍で貧富の格差は広がり、特に一部の能力が高いエリート層とそれ以外の人たちとの差が大きくなっているのだ。
言い換えれば、今の社会は自分らしく生きられる人と生きられない人の格差が拡大しているようにも思われる。
稼ぐ力がある人はどんどんネットで世界とつながり、いくつもの仕事を同時並行で進めながら自分らしく生きていける。
一方、これまで会社に保護されていた中間所得層は収入が伸び悩み、人によっては職を失うことになる。
これからは自由市場で勝てる「才能」を持った人が特権を享受できる社会へと変貌しつつある。
しかもその才能は遺伝によって受け継がれており、多少の努力では格差を逆転できない現実があるのだ。
例えば、経済的に豊かな家庭であれば、充実した教育を幼少期に受けられる可能性が高く、この環境の違いは努力だけで何とかなるものではない。
東大生の60%が世帯年収950万円以上であるという事実がそれを裏付けている。
そうすると学力が高い人はそのまま高収入の仕事につきやすくなるため、そのような環境で次の世代が生まれることからさらに格差が拡大していくのだ。
もちろん、遺伝や収入といったこと以外の環境の違いもあるが、いずれにしても人は生まれた時点で不平等なのである。
トランプ現象、英国のEU離脱という大きな流れは、グローバリズムや一部のエリートによる富の独占に対し、中間所得層がそれに反発する形で生まれたものだ。
つまり、多くの中間所得層は今の時代を生きにくいと感じており、それに対し「自分らしく生きられる人」は、ごく少数となっている。
アーティストは努力と根性
そういう中で、アーティストという職業が今後は優位な時代へとなっていくだろう。
アーティストは金銭的には恵まれなくても、自らの真・善・美といった哲学・美学を持って「自分らしく生きる」ことができるからだ。
また、アーティストの中でも金銭的に成功する人の数は今後はアート市場の拡充に従って増えていくことになるだろう。
さらに様々な人が自分らしく生きるためにサラリーマンを辞めてアーティストを目指すことで、アーティストの絶対数は多くなるに違いない。
さて、自分らしく自由に生きることのできるアーティストではあるが、上記に書いていたことと同様に天賦の才能や遺伝といったものが他の職業よりも重視されるように思う人は多いだろう。
一般的にアーティストとは個人の才能を活かして制作活動をすると思われるからだ。
しかしながら、アーティストの才能は遺伝するかどうかというと、もちろん遺伝はされるのだが、他の職業などに比べると成長時の環境に影響されにくいので才能が花開くかどうかは本人の努力に委ねられるのだ。
例えば、ものを作る、表現するという能力は、学習能力や運動神経などに比べると正しく数値化することができないので落ちこぼれるということがない。
また、ピアニストやバイオリニストのように圧倒的な努力で技術を磨く必要はないし、その時代時代で活躍するアーティストというのは違っているのが事実だ。
実際に有名なアーティストの子息が同じ職業としているかというと、それは事業経営、音楽家、芸能、政治家などに比べると親の代を継ぐ必要がないので、アーティストには遺伝された才能を生かす必要もないのだ。
アーティストになるまでの環境について考えてみると、美術大学に入学するまでの予備校代、入学後の学費などは私学文系の中でもかなり高いほうであり、生活がギリギリの家庭が行けるところではない。
美大卒のアーティストは比較的裕福な家庭の子女が多いのは事実だ。
しかしながら、最近は活躍するアーティストのうち美大卒の占有率は以前より減ってきている。
米国では活躍するアーティストの美大卒以外のほうが過半数というが、これからは日本も似たような傾向となるだろう。
また、アーティストは公募での賞歴、評論家からの評価がなくても、SNSの活用やインフルエンサーによる拡散によって自らの作品をプロモーションして食べていける時代にもなってきている。
このような状況では、アーティストこそが才能や遺伝とは関係なしに努力と根性で何とかなる職業であるとも言えるのだ。
一般の中間層よりも競争する人数が少ない分、努力を惜しまない人が成功する可能性が高くなるのがアーティストであり、これからはアーティストの時代がやってくることになるだろう。