アートのコレクションといえば、個人の資産家がしているイメージがあるが、海外では今を生きる若い作家のコレクションを、UBS、ドイツ銀行、ロックフェラー財団等をはじめとして、ありとあらゆる企業が資産のポートフォリオや社会貢献活動の一つとして始めている。
それに比べて、日本の企業でアートコレクションをしている企業は、株主に対してきちんと説明できる経営者がいないこともあって非常に少ないのが現実である。
これが企業の持つ活力の違いでもあるのだが、かつて日本の企業でもアートのコレクションに力を入れていたことがあった。
国内企業のアートコレクション
明治時代には、三菱の岩崎家や三井家、川崎造船などを率いた松方幸次郎らが、それぞれ美術コレクションを形成していた。
また、大倉財閥である大倉喜八郎のコレクションを展示している大倉美術館など、当時の財閥系企業がアートの収集に力を入れていた。
東武鉄道で財を成した根津嘉一郎は書画骨董のコレクションを築いて青山の地に根津美術館を開設したことは有名である。
また、倉敷紡績を築いた大原孫三郎が、西洋絵画を中心としたコレクションを倉敷に開設した大原美術館は観光地にもなっている。
その他、サントリー、資生堂、出光興産などの企業が美術展示施設を作ったほか、ブリヂストンを創業した石橋正二郎による所蔵品はブリヂストン美術館の設立につながり、現在はアーティゾン美術館と名を改めて印象派から20世紀の美術品まで幅広い作品を収蔵している。
ポーラ化粧品は箱根の地にモネ、セザンヌ、ピカソ、マティスなどのコレクションをもつポーラ美術館を持つほか、同じ箱根にはフジサンケイグループの彫刻の森美術館などもある。
明治から昭和につながる企業のコレクションは、印象派から始まる西洋の近代美術、国内の骨董書画を蒐集した美術作品がほとんどであり、平成以降の現代アートとなると極端に少なくなり、知られているのは森ビルの森美術館やベネッセの直島のアートプロジェクトくらいである。
バブル経済が華やかりしころは国内の地方各地に雨後の筍のごとく美術館が建設されたが、そのほとんどが作品を展示する場所としての機能でしかなく、新しいアート作品を収蔵することには積極的ではなかったことが特色である。
バブル経済の崩壊以降、収蔵されないまま残ったアート作品が大量に氾濫したことで国内のアートの市場相場は没落することとなったのだが、今にいたってもアート作品を積極的に蒐集しようとする企業が増えないのは日本の文化に貢献できないという致命的な問題をはらんでいると言えるだろう。
アート思考はビジネスに影響を及ぼすのか
一方で、ここ最近になってブームになっているのがオフィスの場にアートを取り込むことであるが、そこではクリエイティビティの向上や快適なオフィスづくりを目的としていることが多い。
導入企業は、「無意識のうちにアートに触れることで従業員の創造性の啓発になる」といったように、右脳思考をアート鑑賞で実現できると考える会社もあるが、正直言って見当外れもいいところだ。
アートをオフィスに飾ることで、社員の創造性に役立つという具体的な成果があった企業など聞いたことがない。
デザイン性に富んだインテリアを置くことは社員が楽しい気分で仕事ができることに役立つことはあっても、現代アートを社内に取り入れたところで社員の創造性が高まるわけではないのだ。
アート思考を学ぶセミナーやワークショップも、さまざまな企業で花盛りではあるが、実質的な効果は皆無であることにそれそろ気付いたほうがよいだろう。
毎日アート作品に触れているはずの画廊であるが、創造性を発揮してビジネスで成功しているところが少ないことが多くを物語っているのだ。
アート作品は鑑賞だけでなく購入することに意味を持つ
UBSやドイツ銀行が持つ膨大なコレクションは数万点におよぶのだが、全体の価値を計算すると数千億円規模は超えるであろう。
企業のオーナーの私財だけでこれだけのコレクションを構築するのは不可能であり、つまり会社全体としてアートのコレクションに取り組んだ成果なのだ。
そのコレクションのほとんどがクラシックではなく、今生きている若いアーティストの作品だ。
特に、ニューヨークのロックフェラー財団が、「無名」に「多量」というコンセプトでアート作品の収集をしていることは特筆すべきことであろう。
彼らのアート収集の目的は、まだ見ぬ巨匠の原石を探すことであり、すでに有名となった作家を会社の資産として保有することではない。
「無名に多量」といった考えは、投資家がスタートアップの起業家にお金を投じることにも似ている。
日本の大企業が起業家精神を失わないように、常に新たなスピリッツを養うのに無名に多量の若手アートの作品をコレクションすることが人材育成の面でも役に立つときが来るだろう。
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