民主主義と資本主義は、ともに現代社会の基本的な制度であり、それぞれが持つ原理や価値観が相互に影響し合っている。
しかし、これら二つの制度は理論的には異なる原理に基づいている。そのために矛盾や張り合いが生じることがあるのだ。
これの2つの制度がどのようにアート市場に影響しているのかを考えるのが今回のコラムの主旨である。
まずは、アートの資本主義の特徴について以下に説明しよう。
・供給と需要
アート市場は他のビジネスと同じように供給と需要の原則に従っている。
つまり、アーティストが制作する作品が「供給」であり、それに対する購入者の「需要」が価格を決定するのだ。
例えば、特定のアーティストや作品が人気であればあるほど、販売価格は上昇する。
それの最も分かりやすい例がオークションである。
・投資と収益性
アート作品は投資対象としての側面を持つということはこのコラムを読んでいる人は理解できるだろう。
購入者である「投資家」は、作品が将来的に価値を上がることを期待して買うのだ。
これは株式や不動産と同様の投資原理であり、資本主義の核心的な側面でもある。
最近は日本でも、アートの持つ投資的な一面を理解する購入者が増えてきている。単なるインテリアとしてのアート購入は逆に減ってきていくのかもしれない。
・ブランド価値と名声
アート市場では、アーティストの名声や作品のブランド価値が大きな影響を与えている。
著名な特定のアーティストの作品は、その名声やブランドにより高値で取引されている。これも同様にアートのもつ資本主義な側面であり、ブランド力が価格に大きな影響を与えている事例である。
従い、海外の有名なギャラリーで取り扱いをされるアーティストはブランド化され、ますます価値が上がる傾向にある。
Art Basel、Frieze、Armoryといった三大国際的アートフェアの存在が、出展できるギャラリーのブランド化を左右しており、それがアーティストの作品価格にも大きな影響を与えているのだ。
・市場競争と格差
すでに、アート市場には明らかな経済的な格差が存在している。
アート市場は基本的に自由市場であり、アーティスト、ギャラリー、オークションハウス、コレクターなどが熾烈な競争をしている。また、新たなアーティストやスタイルが市場に参入することが可能である。
そうすると、一部の有名なアーティストや作品が非常に高価な一方で、多くのアーティストや作品はそれほど高い価格では取引されない。これは、資本主義経済における富の不均等な分配を反映している。
次週のコラムでも取り上げるが、アートの民主主義が、才能があるものの経済的に恵まれないアーティストにどのように対応できるかという問題があるのだ。
さて、アート市場は他の一般的な市場とは異なる面がある。
それはアート作品は版画などを除くとオリジナル1点のことが多いので、工業製品と比べると購入したいと思うファンが多いと異常な高値が付いてしまうということだ。
もうひとつは、アートの価値はあくまで主観的であり、その評価は専門的な知識を必要とすることだ。
アートの価値を数値化できるのはサイズだけであり、それ以外ではその良し悪しを評価するモノサシがないのだ。
ある人にとっては素晴らしい作品が別に人からは駄作である、ということが普通に起こりえるのがアートの世界だからだ。
これらの特性はアート市場が他の市場とは異なる独特のものにしているのだが、アートのもつ資本主義的で起こる格差をアートの民主主義がどのように対応できるかについて、それぞれのもつ矛盾点から考えてみようと思う。
・民主主義の平等と資本主義の不平等
民主主義は「一人一票」の原理を基礎に、全ての人々が政治的に平等であるとしている。
これに対して、資本主義は市場経済の原理に基づき、個々の努力や能力によって経済的な成功や失敗が左右され、その結果として経済的な平等が必ずしも実現されないことになる。
この政治的な平等と経済的な不平等との間には矛盾が存在している。
・市場の自由と社会的保障
資本主義は市場の自由を重視するのが一般的だ。
しかし、市場の自由を絶対化すると、社会的な弱者の保護や環境問題、経済的な格差など、市場だけでは解決できない問題が生じることがある。
これらの問題に対処するためには民主主義的な制度の介入や規制が必要になることがあり、これは市場の自由という資本主義の原則と矛盾することがある。
・短期的な利益と長期的な持続可能性
資本主義は個人や企業が短期的な利益を追求する傾向がある。
しかし、短期的な利益は環境問題や社会的な不平等など、長期的な持続可能性にとって不利な結果をもたらすことがあるのだ。
民主主義における制度は、長期的な視点から社会全体の利益を考慮することが期待されるが、資本主義の短期的な利益追求との間には矛盾が生じることがあるのだ。
上記のとおり、アートの世界でも、行き過ぎた資本主義の矛盾とその是正にどのように民主主義的な考え方を当てはめたらよいかを我々は考えていかなければならない。
次週のコラムでは、これからのアートの民主主義について語っていきたいと思う。
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