現代アートの市場は、いま大きな逆風にさらされている。
欧米やアジアにおいて、コロナ禍の時期に旺盛であったマーケットは急速に冷え込みつつある。
大手ギャラリーですら例外ではなく、かつてはバーゼルやフリーズといった世界有数のアートフェアで億単位の作品が飛ぶように売れていたが、いまやその動きは鈍く、来場者は多くても実際に財布のひもを緩める人は少なくなっている。
かつて成長を続けていた中国市場も動きが止まり、次の展望が見えない状況となっている。
日本市場はもともと世界全体の1%にも満たず、先進国の中で最も小規模なマーケットであった。
しかし、コロナ禍で行き場を失った資金が一時的にアートへ流れ込んだことで、ちょっとしたプチバブルが生まれた。
それも2024年以降は収束し、マーケットは再び下向きに転じている。
いま、アートを取り巻く空気は重く、誰もが「しばらく様子を見よう」と思っている。
その背景には、購入者の心理が大きく影響している。インフレで生活必需品が値上がりし、日常の買い物ですら負担を感じる状況が続けば、余裕のある層であってもアート購入は後回しになる。
実際、インバウンド観光客が戻ってきても百貨店で高額商品を買う層は激減し、今年の7月度の免税売上は前年同期比で36%も減少している。
ところが、ドン・キホーテでは免税売上が拡大している。
つまり、消費者は「高額な贅沢品を避け、手に届く価格帯にシフトしている」のだ。アートもまた同じ流れに巻き込まれている。
不況が新しい才能を生む
しかし歴史を振り返ると、不況こそが新しいアートの芽を育ててきたことがわかる。
1990年代のイギリスを思い出してみたい。株式や不動産バブルが崩壊し、経済が後退していた時期に登場したのが、ダミアン・ハーストを筆頭とするYBA(Young British Artists)であった。
彼らを世に押し上げたのは広告代理店サーチ&サーチのオーナー、チャールズ・サーチであり、ゴールドスミス・カレッジから次々と若手がデビューした。
その後、英国経済は再び力強く復活を遂げ、早い段階でYBAの作品を買い集めたコレクターの資産は大きく増えた。
つまり、不況はアートにとって悲観すべき状況ではなく、むしろ新しい才能が台頭するための「土壌」なのである。
職を失ったり、既存の産業に閉塞感を感じた人々が、創造の場としてアートに挑戦する。
絵画や彫刻だけでなく、音楽、ファッション、デザイン、アニメなど多様な分野からアートへ転身する人々が増えるのも不況期の特徴である。
そこから新しい潮流が生まれ、次の時代のアートを形づくっていく。
逆張りの勇気が未来をつかむ
アート市場が停滞すると、多くの人は「いまは買わないほうがいい」と考える。
しかし、それは短期的な数字に縛られた見方にすぎない。
かつてAmazonが赤字続きで「危険だ」と見なされていた時代に株を買わなかった人が、その後の爆発的成長を逃したように、未来を見抜く力こそが投資の本質である。アートもまた同じだ。
AIが既存のデータから予測を行う時代において、本当に差がつくのは「未来を直感的に信じられるかどうか」である。
数字は過去の記録にすぎない。
目の前の若いアーティストの一枚にこそ、10年後の大きなリターンが潜んでいる。
その可能性を信じて買うことができるのは、人間だけの特権である。
日本における新しいアートの波
これから日本では、美大卒業生だけではなく、さまざまな業種からアートの世界へ挑戦する作家が現れるだろう。
音楽活動をしていた人がキャンバスに向かい、ファッションを手掛けていた人がインスタレーションをつくり、アニメやゲームの表現を学んだ人が新しい現代アートを生み出す。
そうしたクロスオーバーが、日本のアートに新しい力を吹き込むはずだ。
実際、海外のコレクターが日本の新しい作家に注目し始めている。
彼らは「まだ安いうちに買いたい」と考え、逆に国内よりも早く行動に移す場合がある。
日本のコレクターがためらっている間に、国外で評価が高まり、手の届かない価格になってしまうことは過去にも繰り返されてきた。
だからこそ、今こそ国内のコレクターが若手を支え、次の時代を共に育てることが重要なのだ。
未来を切り開くために
アート不況は確かに重苦しい。しかし、それは同時にチャンスの到来でもある。
新しく出現するアーティストを早期に見つけ、支え、買うことは、単なる趣味の領域を超えて未来への投資である。
若い才能は、誰かに信じてもらうことで羽ばたく。作品を購入するという行為は、アーティストにとって「自分の表現が世界に必要とされている」という最も強い証明になるのだ。
タグボートもそのためにギャラリーの拠点を拡大し、一人でも多くの新しいアーティストに展示の機会を与えようとしている。
小さな一歩の積み重ねがやがて大きな流れとなり、日本のアートを押し上げていく。その先頭に立つのは、勇気をもって買うコレクターである。
だから、いまは待つ時ではない。
不況という言葉に惑わされず、未来を切り開く新しい才能に手を差し伸べる時である。
10年後、20年後に振り返ったとき、「あの時に買っておいてよかった」と誇れる瞬間を迎えるために。
ラベルに縛られない、新進アーティストの自由な表現を示唆。 初回として「未知の才能たちの輪郭をまだ定めない」姿勢を表現。
場所:アート解放区 人形町
東京都中央区日本橋人形町3-6-9 SPACE ANNEX 1F, B1
会期:2025.9.3(水)~9.26(金)
出展アーティスト:
1F 新田享一 / Kamihasami / ホリグチシンゴ / 北村環 / 小松良明
B1F アンタカンタ / VIKI / 小木曽ウェイツ恭子 / 井口エリー / 工藤千紘 / 中島友太 / 水野遥介 / 奥山鼓太郎 / 土屋靖之