美術メディアの役割りはどう変わるのか
日本の美術メディアは、欧米と比較すると極めて小さなマーケットをターゲットとしており、特に紙媒体は年齢高めの層が対象となっているのが特徴だ。
美術メディアの主な役割りは、アーティストの作品や世界観を画像や文章で多くの人に知ってもらうことにあるが、日本のメディアは批評的な部分は少なく、広告主の意志が強く反映された体裁となっている場合が多い。
また、今の時代は情報の伝達が早いので、印刷、製本、配送といったプロセスが必要な紙媒体は発行された時点で情報が古くなっていることは否めない。
さらには、コロナを恐れて年齢が高い層が書店やギャラリーに行かなくなっているので、広告効果は低くなっている。
一方、50歳台以下は紙媒体を使わず、ほぼネットだけで情報を得ており、そのうちSNSからが最も多くなっている。
そうなると読者側は美術メディアをニュース速報と、ニュースを咀嚼した深い論説といった二つの価値に分けてメディアを利用することになるだろう。
特にコロナ禍で、多くの人がメディアから知りたい情報は、リアリティのある追体験だ。
広告主による展覧会の情報を鵜呑みにするのではなく、その作品を目にしたような実体験をするには動画は欠かせない。
また、動画で作家インタビューによる生の声を聞くことで世界観をより深く知ることができるだろう。
そういう意味では、YouTubeを活用したネットによる美術メディアが今後は増えていくだろう。
アートに対する価値、評価は人それぞれでよい
また、アートの評価も見る人によって様々な受け取り方があるので、メディアによる論説が必ずしも正しいわけではない。
受け手が多くの情報を吸収してそれを元に作品を感じるがままに評価する時代になってきている。
本来、アートの楽しみ方は自由であり、批評家の論説は参考程度として自分自身で好きなように解釈すればよいのだ。
例えば、新型コロナウィルスに関しては世間で色々と論じられているが、それに対する人の捉え方は千差万別だ。
海外との比較データや論文を読み込んで今後どうなるかを考える人もいれば、テレビのワイドショーをそのまま正しい情報として受け入れる人もいる。
その人その人によって正義の本質が違うので、意見はそれぞれ違ってしかるべきなのだ。
アート作品に対する批評も同じであり、人によってどう感じるかは、情報の質と量によって変わってくる。
作品の上昇を重視しているコレクターにとっては、価格が上がりそうな作家がよい作家となる。
そういう人は、株価が上がる会社を評価するように価格の上がる作家を評価するのだ。
これは間違ったことではない。
せっかくお金を出して作品を買うのであれば、資産として上がることを望むのは当たり前の感情だからだ。
アートの情報は公開されるほうに進んでいく
さて、そこでリクルートの情報誌のようにギャラリーからの情報でまとめられた展示作品とその価格がインデックスで一覧できるようなメディアがあると、購入者にとって合理的であるし満足度が高いと思われるが、それは実現するだろうか。
美術メディアではオークションで落札されたセカンダリー価格は公開されるが、プライマリー価格が公開されることはめったにない。
本来ならプライマリーで買うことがもっともリーズナブルな方法なのになぜ公開されないのだろう。
ギャラリー側がメディアに情報を公開しないのはそこに何らかの問題があり、公開されたくない事情があるからなのだ。
例えば、ギャラリーの展覧会で、キャプションに価格を表示せずにプライスリストを見せるスタイルは一般的であるが、このリストを携帯の写メで撮ることは通常禁止されている。
また、プライスリストでは売れた作品の価格の真上に赤丸シールを貼ることで売れた金額を隠している場合が多い。
ギャラリーが作品価格を公開しない事情を考えてみよう。
理由の一つとして赤丸シールの金額を足すと展覧会での売り上げ額が一目瞭然となってしまうということがある。
作家個人の懐事情も公開されることになるので、嫌がる作家もいるだろう。
もう一つは価格が知られると対顧客でのビジネス上で不都合が起きるからだ。
例えば、国内と海外で販売価格が違う場合には明らかにしたくないだろうし、他のギャラリーから作品を借りて委託販売している場合には、価格が公開されると高く売っていることが分かってしまう。
このように現在はギャラリーが価格を公開しないことが暗黙のルール化しているが、ネットとSNSの時代にはそのような習慣も瓦解されていくだろう。
ギャラリーのプライマリー価格が公開されていくと、例えばであるが、ダイナミック・プライシングというやり方が採用されることも出てくるかもしれない。
航空料金やホテル代のように顧客の需要に応じて柔軟に価格を変えることのできるシステムだ。
いつも売り切れで買えない人気作品の価格を定価より割高になっても確実に買うことができたり、ウェイティングリストの順位の入れ替えができたりすると、お金に余裕のある購入者にとっては便利だ。
ダイナミック・プライシングは購入者にとっても販売者にとってもwin-winとなる可能性が高い。
逆に販売期間の後半に価格が少し安くなるという方法も利用価値は高い。
価格をある程度の範囲内で上下できるのであれば、ブランディングの低下にはつながらないだろう。
作品価格も買いたい人の需要に合わせて価格を調整できるとマーケットの活性化に繋がることになるに違いない。
常連顧客を優先して、新しいお客様を取り込めないやり方はいつの日か終わりになる。
一見顧客でも買える仕組みを作っていくことが若年層のコレクターを作り、新しいマーケットの創造に結びつくのだ。
タグボート代表の徳光健治による著書「教養としてのアート、投資としてのアート」はこちら