前回のコラムではアーティストのインキュベーションに関する基本的な考え方、つまりアーティストが「やりたいこと」、「できること」、「のぞまれること」を明確にして、3つが交わる部分を追及することが重要であることを述べた。
ここでいう「のぞまれること」とはマーケットが望むことであり、マーケットとは顧客の意思である。
とすれば、マーケットの実態を知る必要があり、それなしにはアーティストが自らの立ち位置を把握できないだろう。
マーケットが理解できて初めてアーティストはどちらの方向に向いて邁進すればよいか分かるということだ。
マーケットの99%以上は海外である
世界のアートマーケットは約8兆円と言われており、そのうち日本のマーケットは600億円と言われるのでおよそ0.8%にあたる。
つまり99%以上が日本以外のマーケットなので、海外を意識した活動をしないと99%が無視されていることとなる。
特に日本の場合は、他にはない独特のガラパゴス化されたマーケットが存在するので、日本の市場だけを対象としていてはすぐに限界が来ると思ってよい。
だからこそ、なるべく早い段階で日本より外のマーケットの状況を知るべきであり、そうしないと大きな成功を望めるべくもないのだ。
実際に、村上隆、草間彌生、奈良美智といった現代アートの巨匠たちはそのほとんどが最初に海外のマーケットで評価されており、その後に日本での評価につながっている。
だからこそ、日本のマーケットの現況を知るよりも最初から海外のマーケットでどう戦ったらよいかを知るべきなのだ。
アートフェアという凝縮された業界地図
海外の市場を理解すると言っても、世界中の顧客の意見を聞いたりギャラリーに行ったりすることは事実上不可能である。
そこで効果的なのが海外で開催されている一流の国際的アートフェアを見ることだ。
Art Basel、Frieze、Armory Showなど、欧米及びアジアで開催されているアートフェアには世界中から選ばれたギャラリーが出展している。
多くの有力コレクターが一堂に会するアートイベントなので、各ギャラリーも一押しのアーティストの作品を展示販売しているのだ。
また新進のギャラリーがマーケットに対して先端の前衛作品を見せることで他との違いを見せつけるチャンスでもあるので、アートフェアの会場は様々な思惑を持ったギャラリーによるプロモーション合戦が展開されている。
つまり、世界のマーケットがぎゅっと凝縮されているのがArt Basel、Frieze、Armory Showなどであり、アジアでもそれに次ぐ規模のギャラリーが出展するアートフェアであっても、業界の縮図を見ることができる。
このようなアートフェアを見ることで、世界のアートの情勢を短期間でざっくりと把握することが可能だ。
各国や地域の特色、ギャラリー別の販売作品の価格帯、作風などを知ることから現況を知ることができる。
トップに君臨する一流アーティストがどのような仕組みで販売されているのかを知れば、自分の現在の立ち位置との違いやどちらの方向に行くべきかのベクトルを確認できるだろう。
例えば、海外の一流アートフェアで出品している作品には日本のアートフェアでよく見かける美人画や写実画というカテゴリーが存在しないことが分かる。
このように日本から出ずにいると、世界の実態がどうなっているのか分からないままになってしまうのだ。
従い、タグボートではこれまでIndependent Tokyoでの受賞者や取り扱いアーティストが海外で展覧会を開催するときはなるべく上記のような一流アートフェアの開催時期に合わせるようにして、実際にアートフェアで実態を知ってもらうようにしている。
現地では、作品を見るだけではなく、アートフェアで売れるには売れるだけの理由があり、また作品価格が高いことにもキチンとした理由があり、それはなぜかを理解してもらうことも目的としている。
タグボートが行うアーティストのインキュベーション事業は、アーティストが自立して食べていける環境を作っていくことであり、そのためには海外の状況を把握するという教育が重要であると考えている。
実際に海外に行くことが難しいアーティストには海外の状況を座学として知らせるなどして、国内の小さなマーケットだけではキャリアに限界があることを説くようにしている。
自らの立ち位置を間違えてしまって、その後の方向性に齟齬が出てしまってはせっかくの努力が水の泡だ。
そのような無駄を省くためにも、アーティストが将来的に目指す場所と現在の自分の位置を直視して、その差分を埋めるために何をすべきかを考えることが重要であると思っている。