後藤夢乃は1996年東京都生まれ。2019 年女子美術大学 洋画専攻卒業 、2022 年東京藝術大学大学院美術研究科修士課程油画専攻(第一研究室)修了。
何層にも重なった凹凸のある油彩画が持つ物質的な強さと、内に秘める精神的な世界で深い奥行きと重厚感を創り出します。
tagboatにて個展「Venus in Furs」を開催する後藤夢乃さんのアトリエにて、制作についてお話をお伺いしました。
インタビュー・撮影:寺内奈乃、植松苑子
後藤夢乃 Yumeno Goto |
後藤夢乃さんのアトリエ
ー画家であるお祖父さんの絵の件がある前から、自身が魔女であるということは、潜在意識の中にあったのでしょうか?
そうですね。私自身も忘れていたんですけど、大学の友人が「大学に入学した頃、夢乃は『魔女になりたい』って言って関連する本をたくさん読んでたよね」と言っていたんです。それで思い出して。
魔女の世界に対する意識は大学院1年生の頃からはっきりと強まりました。当時はどちらかというとキリスト教的な、ゴシックなデカダンスの世界を描いていたんです。でも、日本人の女である私がどうして西洋のものを描くのかということについて、無自覚だったところを自覚しようと試みていました。
その頃、教授からも「綺麗な絵の具から凄い色を抽出して、魔術のような絵を描け」とアドバイスをいただいて「魔術」というキーワードがはっきり浮かび上がりました。
魔術においては「錬成する」という意識が重要で、「魔術とは意思によって変化を引き起こす科学であり業である」という言葉があるんです。単に色を混ぜているだけではなく、何か自分の意思によって変化を起こすのです。調合するものは物質的には絵具やオイルですが、光とか、目に見えないものを混ぜるという意識があって、そこが魔法に繋がってくると考えています。一見空想的なように見えるかもしれませんが、やはり意思の力が引き起こすものだと思います。アトリエで絵を描くとき、魔女のように大釜で「錬成する」イメージで描いていて、それが現実化している、と感じる場面がたくさんあるんです。そこに神秘を感じています。
《cold coquetry》 木製パネルに油彩, 111x 46 x5cm, 2022年
ー現実に呼び起こしたいものを錬成する、ということでしょうか。
絵を具現化させるために絵具で錬成している、という意識があります。描かれているモチーフは古代のものですが「今」のものとして描いています。単に昔の世界を描写しているのではなく、絵の世界を現世に持っていきたいです。
映画監督のデヴィッド・リンチは「超越瞑想」を実践しているそうですが、意識の海に潜ると小さい魚がたくさんいて、その中から大きい魚を釣るんですよね。それが彼の映画のインスピレーションになっているそうです。私もその考え方について非常に強く共感します。アイデアのもとになる小さい魚も大きい魚もいて、それを釣りに行く。そこにはまだ意識してないものもありますし、こういう雰囲気が欲しいとかこういう色が欲しいっていうのも見えてきます。そのときに、最終的にその絵が纏うオーラを見つけ出します。
ー「魔女」という言葉はもとは西洋のものとしてのイメージが強いですが、日本の中でも魔女を名乗る人が増えているようです。
最近は特に動きがありますね。「現代魔女」と言うことが多いです。言及する人も増え、雑誌「文藝」冬季号で魔女が特集されるなど、メディアに取り上げられることも多くなっています。
「魔女」は英語では「Witch」、ドイツでは「Hexe(ヘクセ)」と言われ、本来は男女の区別は無い言葉なのですが、日本語に訳されたときに「魔女」になってしまって。「Hexe(ヘクセ)」は語源では「生垣を超えるもの」とか、「境界線を超えるもの」という意味がもとになっています。「境界線を越える」って、まさに私が絵でやっていることでもあるんです。
ー日本にも昔から魔女に近い人、たとえば巫女も存在してきましたよね。
そうですね、沖縄のユタとか、東北のイタコとか。日本の場合は山姥と近いと言われるようです。領域的には近いけれど、やることは少しずつ違ってきますよね。霊能力を持っていたり、神託を受けたり。
西洋から来た魔女という概念をなぜ私が自負しているのかと思われるかもしれませんが、「なぜ西洋から来た油絵を日本人が描いているのか」「なぜ西洋占星術を日本の人がやってるのか」という問いにもつながってくると思うんですよね。日本人以外が握った寿司は本物かどうか、という話とはやっぱり少し違うと思うんですよ。日本人なのにサッカーをやるなんて変だとか、だったら相撲をとればいいとか、そういう問題ではないのと一緒です。
先天的に自分のルーツとして持っていなかったとしても、直観的に惹かれ、後天的に取り入れてみて、後から理由に気づくということが大事だと思うんです。
呪術を使う魔女が恐れられ、魔女裁判にかけられて多くの人が迫害されてきました。それが廃止されて、だったら魔女をやろうという人が現れたのが魔女のリバイバルの始まりなんですよね。近年の運動と自分の制作が繋がってきたのを感じて嬉しいです。
《Tarot-0,The fool (愚者)》 木製パネルに油彩, 30x 23 cm, 2021年
私は西洋占星術を学んでいて、タロットカードで占いをするので、作品の中にもタロットカードを描くことがありますが、そこで描かれる女性像はあえて中性的にしています。作品の中に女性がたくさん描かれているのは、同性愛的な世界観であるというより、自分の半身として描いているという意識が強いです。
ー作品に男性が登場することはあるのでしょうか?
あまりないですね。自分が約10年間女子高で育ったというのが大きいかもしれません。身近でもあるんですよね。「男性」を描くとなると、ちょっと自分とは遠くなる感覚がありますし、テーマ性も変わってきてしまいます。私の場合は描くのはあくまで女性の神、「女神」である必要があるので。全てを女神を起点として考えているところがありますし、色んなものの象徴でもあります。魔女の世界でも女神信仰というのはありますね。
ー魔女の世界には男性は入れないものなのでしょうか?
そういうわけでは無いですね。派閥によっても違ってきます。
有角神の派閥もありますし、女神と男神がペアであるとか、女しか入れないレズビアン的なものもあれば、男性だけ、というのもあります。魔女の中でもサタニズム寄りとか、結構混在はしていますよ。
私自身は、祖母の血を受け継ぐ者として、マグダラ派を作りたいと思ってます。
ー「抑圧されてきた人を救う」ことや、「聖の中にある俗」など、そういった根幹にあるテーマを持ったきっかけというのはあるでしょうか?
誰かに抑圧されているというよりは、私がどこか自己犠牲的で人目を気にしてしまうところや、生きづらいという思いから来ているのかもしれません。今は少し生きやすくなりましたが、周囲に合わせられないとか、孤立しているなと感じていたんです。でも、私と同じように感じている人もたくさんいらっしゃいます。過去の歴史を紐解くと、魔女狩りで抑圧されてきた人もいますし、キリスト教が布教され始めたときはキリスト教の信者が迫害されるということもあって、そういう事実と繋がっていき「抑圧」というキーワードが浮かんできました。歴史的に同じ境遇にあった人に対する「弔い」というか、「鎮魂」の意味合いが強いです。
そして、単なる癒しのための絵というよりは、柔らかさだけじゃないところも見せたいです。絵の具の生々しさとか、そういう綺麗なだけじゃない部分を大切にしたいと思っています。
ー「救済」の対象には、鑑賞者も含まれるのでしょうか?
そうですね。ただ、この作品を見ている人たちに救いを感じてほしい、共感して欲しい、と言うのは押しつけだと思うので。自然とそう感じてくれたら嬉しいですけど、具体的に誰かに共感を求めるというよりは、まだ見ぬ未来にいる誰かに向けて発している、という思いが強いです。
近年分かったことですが、古代の洞窟壁画の多くが、女性が描いたものだそうです。その時代の誰かが、自分の寿命の長さを超えて遥か未来の私に発した、強いメッセージのように感じました。未来の絵描きである私が、過去の絵描きの痕跡を眺めるような。私にとっては、そういう果てしなく長い時間軸で絵について考える方がリアリティがあります。
絵画は絵描きの手を離れた後、その時代の人々の寿命よりも長く生きられます。現代で起こっていることと、過去から現在まで様々な人たちが作り出してる作品は、未来から見て点と点で繋がっていくものである、という感覚があります。現在に向き合うことはもちろん大切ですが、それは未来のためでもあります。
《棘マリアXⅤ》 木製パネルに油彩, 35x 24 x5cm, 2022年
ー後世に作品を見る人たちがいることを想定しながら制作されているのですね。
作っているのは絵画ですから、もちろん美術史の文脈は意識しています。
私の作品はSFという観点で見ていただくと面白いかもしれません。元々、筒井康隆とかキューブリックとか、とにかくスケールの大きいSFが好きだったんです。高校生のときや大学の学部生のときにSFに傾倒していたので、自分の作品に時空を超越させたいという思いがあって、描く絵の設定もスケールが大きすぎてしまって。そこから少しずつミクロな、より限定的な題材を描くようになりましたが、また一周して大きな視点に立ち返ったと思います。浪漫的というか、空想的ではあるんですけど、時空を意識しているかどうかって、同じ題材を描いていても変わってくると思います。
壮大なことを言ってるようですけど。でも私自身は現実の世界で生活をしていて、ラジオで甲子園も聞きますし(笑)。空想の世界にずっと浮いたままだと、どこかに飛んでいっちゃいそうになりますから。ときどき「下山」するような感覚で、俗世にいる自分を意識するようにしています。
《Dimitte sagittam》 木製パネルに油彩, 46x 91 cm, 2022年
ー「娼性」をテーマにした作品で描かれていた「パンツを脱いでいく」少女たちなど、世俗的な要素が、逆に作品の説得力になっているように感じます。
パンツは普通は脱ぐものですが、搾取されると脱がされてしまう。それを、娼婦は逆に自分から脱いでいくんです。そこが良いですね。自らの意思で救いにいく、という強さに、私は救われるものがあります。
これまでの過去を振り返っても、人を治癒する役割を担うのは産婆や看護婦など、やはり女性のイメージが強いですよね。フェミニズムを意識して絵を描いているというよりは、私が自分の血に従って描いてきた結果、そういう要素が現代で参照されやすいのかもしれないと思います。現代において女性への抑圧が表面化し、解放しようとする動きが強まっていることとも繋がっているかもしれません。
私の中では、特に「マルシュアスの皮剥ぎ」を参照した作品《A Sancti flaing ad sanitatem sui ipsius》では「セルフケア」というテーマがあり、それが普遍的なことに繋がっていくと感じてます。意図しないところで現実にどういう作用が起きていくか、見た人がどう感じるかというのも予想外で面白いところです。
ーこれから何か挑戦してみたいことはありますか?
3Dブラックマリアを作ってみたいです。木を彫ったものを土台にして、絵具を厚く塗り重ねて作りたいですね。あとは女神像とか、立体を作ってみたいです。完成したら、祭壇に設置したいです。
インタビュームービー
展覧会情報
2022年10月14日(金) ~ 2022年11月3日(木)
営業時間:平日12:00-20:00
土日祝日 11:00-20:00
*最終日は17時close、他、館の営業時間に準ずる
入場無料
会場:阪急MEN’S TOKYO タグボート
〒100-8488 東京都千代田区有楽町2-5-1 阪急MEN’S TOKYO 7F
銀座、阪急MEN’S TOKYO 7F、タグボートのギャラリースペースにて、現代アーティスト・後藤夢乃による個展「Venus in Furs」を開催いたします。
後藤夢乃は2019年に女子美術大学を卒業後、2022年に東京藝術大学大学院美術研究科修士課程油画専攻第一研究室を修了した、新進気鋭の作家です。
彼女が描くのは、神話や伝承、魔術、聖母マリアや女神像などをモチーフとした絵画。
それらが古来から引き継がれてきたように、彼女は自身が生きるこの世界の空気を織り交ぜて描き、また未来へ引き継いでいきます。
人の心に寄り添い、救いをもたらすメッセージが作品に色濃く込められています。
何層にも重なった凹凸のある油彩画が持つ物質的な強さと、内に秘める精神的な世界で深い奥行きと重厚感を創り出します。
タグボートでは2度目の個展となる本展では、油絵作品の新作を展示・販売いたします。
暗闇の中から浮かび上がる鮮やかな色彩で表現された後藤夢乃渾身の作品をどうぞご高覧ください。
1996年 東京都出身
2019年 女子美術大学 洋画専攻卒業
2022年 東京藝術大学大学院美術研究科修士課程油画専攻(第一研究室)修了
◼︎ 受賞歴
2022年 第77回東京藝術大学卒業・修了作品展 artの力賞 受賞
2020年 絵画の筑波賞 優秀賞
2019年 卒業制作 女子美術大学美術館奨励賞、 加藤成之記念賞 ( 総代 )
東京藝術大学O氏記念賞
第55回神奈川県美術展 準大賞
神山財団奨学金
◼︎ 展示歴
2022年 第77回東京藝術大学卒業・修了作品展
Tagboat art fair 2022
「grid」(biscuit gallery)
「Born new art」(+Art Gallery/渋谷スクランブルスクエア)
後藤夢乃個展「Nos sumus Luna, Vmbra luceat」(biscuit gallery)
2021年 「nine colors XV」(西武渋谷美術画廊・オルタナティブスペース
Hazy memories「曖昧な記憶」(そごう横浜美術画廊)
「TAGBOAT ART SHOW」(阪急メンズ1階Main Base)
2020年 個展「Bacchus, Aradia, Moondances.」(阪急MENS TOKYO 7階GalleryTagboat)
「シブヤスタイルvol,14」(西武渋谷美術画廊・オルタナティブスペース)
「TAGBOAT × 百段階段」展(ホテル雅叙園東京)
「買える! アートコレクター展/Collectors’ Collective vol.2」(MEDEL GALLERY SHU)
「絵画の筑波賞展」(西武池袋)
2019年 「tagboat presents アート解放区」(代官山 TENOHA)
「百鬼夜行展」(藝大アートプラザ)
「第55回神奈川県美術展」(神奈川県民ホール)「小さな絵画展」、藝大アートプラザ
2018年 「SICF19」(青山スパイラル)
個展「Voyage」(THE SECRET MUSEUM)
後藤夢乃 Yumeno Goto |