大谷翔平がメジャーリーグにおいても二刀流として活躍できているのは、彼自身の実力と努力があるのはもちろんだが、二刀流という前人未到のチャレンジを認めている球団側の理解と柔軟性があるからだといえよう。
二刀流なんて無理だという考えを持つ指導者の下にいれば、これまで誰も成し遂げることのできなかった快挙を我々が見ることもなかっただろう。
さて、そこでアートの世界における二刀流は何かと考えたときに、例えばペインティング作品を描く以外に写真や彫刻を作る人のことを二刀流と呼ぶだろうか?
もしそうであればそのようなアーティストの数はかなり多い。
何かをメインとして制作していて他のジャンルにも興味があって作品を作っているということだ。
つまり、ジャンルは違えども同じアートの世界の中で作品を制作しているのであり、同じような顧客をターゲットとしているのだ。
これではさすがに二刀流とは言い難いだろう。
上記のような同じアート界で複数のジャンルの作品を制作している作家に比べて、複数の別の業界にまたがって活躍しているアーティストは少ない。
イラスト、漫画、デザインという業界とアートとの境界をいとも簡単に跨いで活躍しているアーティストは稀な存在といえよう。
上記のタイプのアーティストは、イラストやデザインの世界ですでに活躍した人がアートの業界に進出している場合が多い。
つまりイラストやデザインの業界で名を成した人が、その知名度を活かすことでアートの世界でも活躍ができているのだ。
そして、その後は転化した世界に特化して活躍することになる。
イラスト、デザインとしてやってきた人の中から現代アートの世界へと紹介されて成功した典型的な例がアンディウォーホルである。
一方、どちらかの世界に特化することなく、両方の世界で成功しようと思えば、両方の業界から同時に認められる実力が必要だという高いハードルがある。
その高いハードルに敢えて挑んでいるのが「廣瀬祥子」というアーティストだ。
廣瀬は高校時代にイラストレーターとしての成功を夢見ながら、狭き門である東京藝術大学の油画を選んで合格したのだが、イラストレーターを目指す人があえて藝大の門を叩くのはほとんど聞いたことがない。
藝大に入った学生は作品コンセプトやテーマ設定の重要性を徹底して教えられ、そのほか美術史なども学ぶ。
大学でのアカデミック(学術的)なアプローチを学ぶことは、イラストレーターとして生きていくのに必要ではない知識や技術なのでかえって回り道のように思えるだろう。
しかしながら、アートの世界とイラストの世界の両方で活躍しようとすれば、廣瀬にとっては貪欲に他とは違う手段を選択することになったのだ。
廣瀬が卒業制作展で描いた作品は以下のような作品であり、他の油画の卒業生とは完全に異質であった。
あえて藝大の美術教育を受けた上で描かれる作品であるからこそ通常のイラストレーターの作品とはアートとしての重みが違うのだ。
面白いことに、廣瀬は東京藝大の油画科で学んだにもかかわらず敢えてデジタルで作品を描いている。
両方の世界で同時に認められるためには、それぞれのクライアントに認められる絶対的な画力が必要とされるのであり、そのための技術としてデジタルを活用することの重要性を知ったのだろう。
廣瀬は藝大時代にゲーム会社での仕事を通して、ゲーム業界の第一線で活躍されているクリエイターから2D、3Dのデジタルで描く技術を習得した。
イラストを描くときとアート作品を描くときとは頭のチャンネルを切り替えているで、双方の違いを理解しながら特徴を生かしていくのだ。
アート作品の方を描くときはアニメっぽくならないように気を付けて、線画もイラストとは構図や顔の描き方など意識的にタッチを描き分けているとのこと。
藝大生を経て、アーティスト、イラストレーターへと進む複数の経験を持っているからこそ、様々な角度から分析してその技術を作品に取り入れることができるのだ。
廣瀬はデジタルで作品を作るのだが、最初の段階では藝大出身らしくペンを使ってアナログで線を描き始め、その後にデータとして取り込んでデジタル処理をして、最後は手で着彩する、という何重にもレイヤーを重ねる方法をとっている。
廣瀬は普通のアーティストであればしないような遠回りを選んだからこそ、アーティストとイラストレーターの両方でも認められるようになってきている。
「あなたはイラストレーターなのか、アーティストなのか」と言った問いはすでに時代遅れであり意味がないことを彼女が近い将来に教えてくれるだろう。
これまでアートとイラストの世界で成し遂げられなかった夢を廣瀬祥子が変えてくれるのかもしれない。
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