アーティストの支援・育成といったことがよく話題にのぼる。
実際には美大のような養成機関では技術的な部分の教育はあるものの、個人事業主であるアーティストとして食べていくための教育はなされていない。
アーティストが美大を卒業した後はそのまま実社会に放り出されるので、美大在学中に作品を作って稼ぐことを学ぶことができればベストだろう。
しかしながら、美大の先生自身がアーティストとして稼ぐ経験に乏しい人が大半なので、技術やコンセプト作りを教えることができても作った作品をどのように売ったらよいかを理解できていないのだ。
今回のコラムではアーティストの支援・育成については「インキュベーション」という言葉を使うこととする。
「インキュベーション」とは英語で(卵などが)ふ化することを意味する。
これになぞらえて、ビジネスの世界では起業家の育成や、新ビジネスを支援する施設をインキュベーションセンターと呼ぶことがある。
それに比べて「支援・育成」という言葉はパトロン的にお金を出したりするイメージが含まれている。
今回我々が伝えたいのは、アーティストにお金を配るのではなく、自活できる術(すべ)を身に着けてほしいことなので敢えてここではインキュベーションという言葉を選びたいと思う。
さて、タグボートは2008年からアーティストのインキュベーション事業に携わり始めた。
タグボートが行ってきた14年以上のアーティストのインキュベーションは、日本のアート業界の中においてある程度の影響をもたらしたものだと自負している。
我々がアーティストのインキュベーションを始めたのには大きな理由がある。
それはアーティストの中で才能があるにもかかわらず、芽が出ないまま埋没して終わってる人が多くいるという現実があったからだ。
あまりある才能を見過ごすことなく発見し、彼らにマーケットでの戦い方を教えることで、売れるアーティストへと成長させることが可能であると直感的に思ったのだ。
ビジネスの領域では、米国を中心に起業家のインキュベーションセンターが数多く存在する。
事業スペースを提供する「ハード」と、インキュベーションマネージャーと呼ばれる常駐の専門家による成長・事業化を支援する「ソフト」の両面から新しいビジネスへの挑戦を応援する仕組みができているのだ。
そういったやり方の一部でも日本のアーティストのインキュベーションに役立てることはできないかと考えたことが今のタグボートのインキュベーション事業につながっている。
アートの場合、初期投資が一般のビジネスの起業に比べて少ないことから、アトリエで作業する「ハード」よりも、「ソフト」の面が重視される。
例えば、アーティストは制作については黙々と一人で作業する時間が長いので、メンタル面でモチベーションをキープさせることは重要だ。
また、技術の習得よりも「何を作るか」がより重視されているし、そこが他のアーティストとの差別化となっている。
自分が作りたいものを作るのがアーティストであり、それがデザイナーやイラストレーターとの違いとはいえ、市場の需要に応えていないものを作り続けては食べていくことはできず、それでは単なる趣味の活動となってしまう。
マーケットを俯瞰的に見ていく上で、自分自身の立ち位置を見極めたり、マーケットが何を望んでいるかを考える必要があるのだ。
やりたいこと、できること、のぞまれること
アーティストのインキュベーションで最も重要なことは、マーケットが望んでいるとはいえ自分がやりたいことでなければやるべきではないということだ。
長いアーテイスト人生の中で今流行っているからといってその流れに乗ると一時的にはお金になるかもしれないが、好きでないことは長続きするものではない。
まずは以下の表にあるように、やりたいこと、できること、のぞまれることを明確にして、3つが交わる部分を追及することがアーティストのインキュベーションとして最初にやるべきことであると考えている。
作品のコンセプトを考えたり、制作の技法を工夫したりするよりも最も重要なことは、まずは上記3つを明確にすることだ。
上記が明確になったうえではじめて、作品をどこで見せるか、メディアをどう活用するかといったテクニック的なことが必要となってくる。
しかしながら、最初のうちは顧客が望んでいることが何であるかは分からないことが多い。
勝手に勘違いして望んでもないものを作り続けてしまうというのはよくあることだ。
だからこそ「自分はこういう作品を作るアーティストだ」と決めつけるのではなく、最初は柔軟に自らの立ち位置を模索するほうがよいだろう。
個々の才能を開花させるにあたり、ギャラリーはマーケットの需要を見ながらアーティスト選びをしているので、顧客の望んでいるものをある程度予測しているのでそのアドバイスを聞くのもひとつの手だ。
あくまで作りたいものについては妥協することなく、自らの立ち位置を模索することに時間をかけてほしい。
それがアーティストをインキュベーションするにあたって我々が大切にしていることである。