若手アーティストにはリアルとの両立が必要
アート作品を販売する場合、それがオークションに出品されるような有名作家であればオンラインだけでもよいのだが、気鋭の若手アーティストの場合はそうはいかない。
タグボートは2003年から現代アートのオンライン販売を18年やっているが、だからこそリアルでの展示の重要性については嫌になるほど分かっているつもりだ。
アーティストという職業はあくまでリアルの展示で人に作品を見てもらうことを目的として作品を制作しているのであり、ウェブやスマホの狭小画面で掲載されることを目的として制作しているわけではない。
アーティストにとって作品はリアルとオンラインで両立することが望まれるのであり、それはメタバース(ネット上に構築された仮想空間)が発展する世界においても変わることはないだろう。
従来からオンラインプラットフォームとして世界最大の若手アーティストのEC販売サイトである「SAATCHI ART」においてもネットだけではなくリアル展示を重視する傾向へとシフトしている。
SAATCHI ARTは現在、サイト上の掲載作品数は140万点、作家数は9.4万人と最大規模となっており、ギャラリーのような個別のアーティストのプロモーションというより、いわゆる「プラットフォーム型ビジネス」を展開している。
ネット上に掲載される作品数で圧倒的な量を確保し、購入者との「マッチング」を図るモデルだ。
このプラットフォームビジネスでは、トップシェアを獲る勝者の総取りとなっていく「Winner takes all」の世界だ。
Facebook、YouTube、ヤフオク、メルカリのようにネット上での圧倒的な占有率を獲得したところのみにビジネスが成り立つ「規模の経済」が支配するモデルである。
そこで最大シェアをもっているSAATCHI ARTが、最近では「The Other Art Fair」という掲載アーティストの作品を展示するリアルのアートフェアを欧・米・豪の8か所(ロンドン、ニューヨーク、LA、シカゴ、ダラス、トロント、シドニー、メルボルン)で開催している。(※コロナ禍ではすべてではない)
彼らもアートのビジネスがオンラインだけでは成り立たず、リアルの展示との融合によってでしか規模が拡大しないことを理解しているからだ。
ちなみに、SAATCHI ARTは過去10年で10万点超の点数を販売しているとのこと。
現在の作品掲載数は140万点なので、年間に予想される掲載に対する販売率(販売数÷掲載数)は1-2%程度だろう。
つまり、100点掲載して1-2点が売れる程度であり、アーティストとして活動するためにはこのSAATCHI ARTをメインの販売先としていくことは難しい。
また、SAATCHI ARTはあくまでオンラインのプラットフォームであって個別にプロモーションをしてくれるわけではない。
いくら「The Other Art Fair」というフェアで展示ができるといっても、参加は有料であるのはもちろんのこと、すべてのアーティストがそこで展示できるわけではない。
事業者側としてはオンラインプラットフォーム・モデルは規模の論理でスケールできるというメリットがあるが、個々のアーティストから見るとそのメリットは限定的だ。
つまり、アーティストが販売をオンラインのプラットフォームだけでやろうとすれば、そこでは作家や作品の価値向上には直接つながらないのだ。
大量の作品をなるべく多くの顧客層に閲覧させて、その「マッチング」数を増やすことがプラットフォームビジネスのメインの目的であり、そこでは「生活にアートを」とか「アートの敷居を低くする」といったように、アートを資産ととらえるよるもインテリア的にとらえている。
オンラインをアーティストの価値向上に活用する
一方、タグボートではオンラインプラットフォームとはやや距離を置いた観点からビジネスを展開しており、あくまでアーティストの価値を上げるためにネットの持つ機能を利用している。
アーティストの価値を上げるためにネットを利用することの利点は主に以下の3つとなる。
1.スピード
2.拡散
3.蓄積(アーカイブ)
以上3つがネットを最大活用する理由であり、それ以外はアートにおいてはネットはリアルに勝つことはできない。
リアルで観ることの迫力はスマホの狭小画面で代替することはできないからだ。
また、アートは工業製品のようにスペックの項目に分けた評価ができないので、オンラインプラットフォームが得意な、サイズ、色味、技法、予算額といった分け方で作品を検索して買ってもらうだけでは不十分だと考えている。
オンラインプラットフォームはアート作品という「モノ」を売っているが、タグボートはアーティストという個人が表現する世界観を売っているのだ。
つまり、我々はアーティストの価値を上げることが主目的なので、ウェブの作品掲載数に対してアーティスト毎の販売率を上げることを重視している。
取り扱いアーティストの販売率が低ければ、売れないアーティストのように見えてしまうし、作家としての価値も上がりにくいいからだ。
プラットフォームではなく、あくまでアーティスト側に立ったビジネスを展開することの難しさはここにあると我々は感じている。