完売アーティストの価格
完売アーティストと名乗る作家は数多くいるものの、ずっと完売し続けることは難しい。
というのは、通常はある展覧会で完売すると、次の展覧会では価格が上がることが普通だからだ。
その上がった価格でも買えるお客様が毎回同じ数だけいるとは限らないため、ギャラリーが値上げをするときは慎重になってしまう。
もちろん、完売アーティストが作れる作品数には限界があり、いくら欲しいという人が増えても、購入予約が多すぎるとギャラリー側はさばききれなくなる。
例えば年間40点の作品を作るアーティストがいて、それに対して買いたい人が100人いたとすれば、届けるには3年くらいかかってしまうのだ。
また、一旦は予約した顧客のうち、価格が上がったとしても引き続き購入してくれる人がどれくらいいるか分からないのも不安材料だ。
以上のような諸事情から購入希望者が多すぎると、お届けするまでに時間がかかることを理由に無碍に断らざるを得ないギャラリーが実際には多い。
また、売れすぎて困る作家には、あまりプロモーションをしないギャラリーもあるのも事実だ。
しかしながら、現時点では人気があって作品がないことからファンを増やすことに手を抜いていると、後々で大きなしっぺ返しをくらうこととなる。
単価を上げるにはファンを増やすことが必要
前回のコラムでは、スタートアップ企業に対する投資家の資金投資について述べたのだが、そこでは、「ベンチャー企業のビジネスモデルが見えてきた段階で売り上げを急拡大させるために大量のプロモーション費用を資本投下する」ことがある。
これと同じように、若手アーティストで完売できる力があれば、そこから一気にブーストさせるためにプロモーションを強化することが重要だ。
とは言っても、いくらプロモーションを強化してもアーティストの制作する作品数を増やすわけにはいかないので、売れる数量は変わらず一定である。
世の中の一般商品は人気に火が点いたらメーカーが増産体制に入るのだが、一人の人間が作ることに限界があるアートではどうするかというと、個別の作品単価を上げるしかないのだ。
当たり前のことであるが、売れる作家の単価を上げるために、売れる作品数は限定的でもプロモーションを強化しなければならない。
プロモーションを強化しても売るものがなければ意味がないのでは?という不思議がるギャラリーもいるだろう。
実は、売れる作品がなくてもプロモーションを強化することは、将来もずっと継続して値上げをするための「仕掛け」なのだと言ってよい。
つまりこういうことだ。
これまで平均単価20万円で売って20点が完売した作家がいたとする。
この作家の次の展覧会で価格を30万円まで上げると、おそらく購入希望者は3分の1くらいまで減るだろう。
もしそれでも完売するとして、次の展覧会で50万円まで価格を上げると、その価格に付いてこれる購入希望者はおそらく当初の1割程度まで下がると予想される。
実は価格の上げ幅以上にそれでも買いたいというファンの数を増やしておかないと、売れなくなるのがアートビジネスの仕組みだと言ってようだろう。
例えば価格を2倍にしようとすれば、ファンの数はその乗数(2×2)である4倍以上に増やさないと売れないのだ。
つまりファンの数が増えれば増えるほどよく、価格が上がっても付いて来てくれる顧客の数を確保できるということを理解しよう。
ギャラリービジネスの真骨頂
ギャラリービジネスは安定した作品数量が売れることも重要であるが、それよりも作家の単価を上げることが重要である。
つまり、ギャラリーにとっては1点が1万円の作品を売るのも、1点100万円の作品を売るのも、かかるコストはあまり変わらないため、少しでも高い価格で売ることが利益に直結する。
逆に安い単価の作品ばかり売っているギャラリーはビジネスの効率性が低いことになり、儲からない体質であるということだ。
であれば、ギャラリーは最も人気のあるアーティストのファン数を増やすことで、将来的な値上げができる体制を作ることが重要なはずだ。
にもかかわらず、実際には目先の売上を気にしてしまい、人気作家の販促よりも別の作家のプロモーションに力を入れることで売れない作品をなんとか売ろうとしてしまうのだ。
利益効率を上げるためには、目先の売上よりも将来的な作家の価値向上に力を入れるべきことは明らかなのに、それがなかなか出来ないことは致し方ないのかもしれない。
しかしながら、アートのビジネスは長期的な視野を持って作家の価値を上げるために何ができるかを考えることが重要であり、それがこの市場で勝ち残っていくためには大切なことであると言えよう。