これまではアートについては特定の専門家の知識に頼っていてもよかった時代であった。
美術館の学芸員、評論家、ギャラリストが、美術史などの基礎知識を元に彼らの言葉でアートを語っていたのだ。
しかしながら、インターネットの出現によって多くの人が容易にアートの知識を有するようになって時代は変わってきた。
美術の知識を持つ一部の人が特権階級的のようにアートについて語られる時代ではなくなってきたのだ。
一方、アート作品はどんどん多様化し、使われる媒体もキャンバスや紙以外に、映像、デジタル、インスタレーションがあたりまえに使われるようになってきている。
さらに今後はアートのコンセプトについても一般の方に理解しやすく変わっていくだろう。
コンセプトは難解さよりもユニークさ、共感力が重要となっていき、多くの人がアートを楽しんで買えるようになり、アートの民主化へと近づくことは間違いない。
さて、現在ではアートというものを多くの人が知るべき時代に変わってきたとは言いながら、アートを購入するのに選択肢が多すぎてそのために何を学べばよいか分からない人は多い。
アートに関する知識が身に付けば、自分の嗜好に合ってて且つ資産価値が上がる作品を選ぶこともできるはずであるが、なかなか思うようにはいかない。
アートの読み解き方を知ることは重要であり、全く知らずしてアート作品を選ぶと大きな失敗となる可能性が高いというのに一般の方への基礎知識の普及は進んでいない。
今回の「アート市場を科学する」では3回にわたってアートというものに科学的なメスを入れることでアートの仕組みについて読み解いていきたいと思う。
これまでアート業界では科学的なアプローチをとる人は少なく、長年培われた経験とそこからくる直観で経営されている方が多い。
いわゆる「目利き」というノウハウが人に継承されることなく、経験豊かな専門家の中だけで消費されている。
さらには、どのようなアートが売れるのかについてもその根拠は明確になってない。
アートが売れる仮説を出し、データや因果関係から法則を導き出すといった科学的なアプローチをされることはまれであり、アート業界でそういうことが議論されることはなかった。
「よい作品であれば売れる」というのがアート業界の通説であり、そもそもよいアートとは何か、なぜそれを人が買いたいという欲求にかられるかについてはきちんと分析がなされていないのだ。
人間の行動心理やそこからのニーズ分析をした上で作品が売れる理由を紐解くのが世の中のビジネスでは一般的となっている。
しかしながら、そういった調査、分析をせずに自分が売りたい作品をとにかく売るという従来のアート業界の手法はマーケティングの常識ではあり得ないことだ。
アートは作家の衝動によって作られそれを感性で買うのだからマーケティングは通用しないと言う人もいるが、そんなことはありえない。
アートが売れるのにはきちんとした科学的な理由があるはずだ。
そこで、アート市場を科学するにあたり、まずは、人は何故アート作品を作り、それを自分のものにしたがるのかという人間の根源的な性質を歴史的なアプローチから分析してみたいと思う。
他の動物にはない人間だけが持つ「何かを作る」という行為のうち、有用性があるものが「道具」で、有用性がないものがアートである、とここでは定義してみよう。
人は生まれながらにしてモノづくりをしたいという欲求にかられるが、ほとんどの人が社会生活を送る中でその作りたいという欲求が抑えられた生活をしてしまうのだが、そういった中でも作品を作り続けているのがアーティストだ。
社会における合理性とか効率性といった一連の流れに抗うようにアートの存在はあると言ってもよいだろう。
原始の時代には、絵画は見たものを伝える手段として、見たままを率直に描くことが有用だったであろう。
そこから、もっとよいもの、より精巧なものが求められるにつれ、技術の進歩と見た目の美しさが現れ、それを欲しがる人が出てくるのだ。
誰もが作れないものを所有したいと欲するのは富の象徴でもあり、また所有したものを多くの人に見せたいという自己顕示欲というものがコレクションの土台となったと思われる。
そこでのアートは王侯貴族のような特権階級の人たちがお金を出して職人に作らせるものであり、アーティスト側に制作の自由はあまり与えられていなかったに違いない。
誰もがアート作品を作れるようになったのは近代になってからであり、時代背景としては、工業化の進展と、それに抗う形として創造性が発揮されることになるのだ。
アートはどの時代においても利便性の反対側にあり、だからこそ世の中が便利になればなるほど逆にアートの存在力が増すことになるのだ。
さて、次回はさらに深堀りして、人間の行動心理を分析することで、何をよいアートであると認識して、その価値をどのように享受するのかについて考えていきたいと思う。
それらを総合的にマスで捉えると市場全体が理解でき、どのようにアートが売れて評価されるのかが手に取ってわかるようになるかもしれない。
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