制作工程を種明かしする「How to Make」インタビュー。今回はタグボート取扱いアーティストの新藤杏子さんにお話を伺いました。
新藤 杏子Kyoko Shindo |
今回ご紹介いただく作品について教えてください。
『1950s she had a dream』という作品です。
普段の制作では、ある時は私自身が関わった人、つまり実際に存在しているものをモチーフにしたり、ある時は架空の生物をモチーフにしたりします。
架空の場合は、歴史・風土を調べ、そこから物語を構築し、具象化したものです。自分自身の経験や内面と、社会とを照らし合わせて、再構築して生物的な形にしたものを描いています。
今回の作品はどのような人を描いていますか?
今回は、母の14~5歳の頃に撮った写真をモチーフにしています。
その写真は、ワンピースを着て家の中でポーズを取っているものなのですが、ちょうど母が家にいることもあって、本人にその写真を撮った経緯や思い出を語ってもらいました。彼女の服のほとんどは叔母が作ったもので、昔は服は既製品は買わずに、よく作ってもらったのだということを話してくれました。
それからどのような経緯でこの作品を思いつきましたか?
その話をきく前後に、友人たちと「コロナで外に出なくなってるから服が必要なくなってるよね」なんて話をしていましたのですが、私もほとんどジャージと作業着の繰り返しでした。ただ、普段からそんなに服を買う方ではないのですが、それでもやっぱり個展やレセプションなんかがあると新調したくなって買ってみたりした服が山ほどありました。
実際に自分のタンスの中を見て、思い入れのない服が山ほどあることに気付きました。それを思うと、個人的な思い入 れのある服を大事に着ること、さらに服以外においても、作り手が思い浮かぶものを選び取っていくことは大事だなと再確認しました。そうしたことがきっかけで、今回の作品を作ろうかなと思い立ったんです。 つらつらとそれっぽいことを描きましたが、まあなんというか「ピンと来た」というところです。
制作現場はどんな場所ですか?
大田区にあるART FACTORY城南島でスペースを借りて制作しています。
現在はコロナウイ ルスの影響で閉鎖中なので、家の一部を家族に協力してもらって提供してもらい、 そこで制作しています。大きな作品は今のところ厳しいので、最大40号までの作品を制作しています。ただ、いつまでこの状況が続くかもわからないので、少し工夫して大きい作品を作れるようにしたいと絶賛考え中です。
ご自宅での制作はいかがですか?
油彩の場合、子供が侵入してくると世にも恐ろしいことになるので、子供が近づかないよう、彼の嫌いなこけしやアフリカの置物などを置いて侵入を防いでいます。 この3点セットがあると、決して作品の近くには近づいてこないので(笑)
そんなわけで、今の制作風景はちょっと異様な感じですが、これもまた面白いもんだなあと思って意外と気に入っています。
今回の作品で使っている材料について教えてください。
今回は油絵の具を使用しました。
アルキドのツヤリとした素材感が画面に抵抗感が出るので、オイルはアルキド樹脂を好んで使っています。
絵の具のメーカーは特に決めてはいません。メーカーによって同じ色でも濃さや雰囲気が違うので、色別にメーカーを使い分けています。油彩の場合一番気にしているのが、透明色かそうでないか。色彩を複雑に見せるために主に透明色と半透明色を愛用しています。
ウルトラマリン・ローズマダー・オーレオリンの3色を基本として、今の自分の流行り色 が入ってきます。
最近のお気に入りはブルシャンブルー(クサカベ)です。
あと、長く使っていて、絶対に外せないのが同じくクサカベのブラウンピンク。
油彩を始めた予備校時代からずっと愛用しています。
今回の作品で使っている道具について教えてください。
道具で一番こだわっているのはゴムベラです。
色々なゴムベラを使ってきましたが、この水色のゴムベラが弾力、使いやすさがダントツで良く、油用・水性用と2つ持っています。 油彩は粘度が高いので角を丸くヤスって、なるべく角が立たないように工夫したものを使用しています。
去年、上海のアート・イン・レジデンスに行ったのですが、その際もこれは持っていきました。
制作にとりかかる前に準備することはありますか?
まずは木枠に綿布を貼り、下地作業をします。
描く時間よりも、下地作業の方が時間がかかる、ということも多々あるくらい下地は重要だと考えています。
絵の具のストロークや色の鮮やかさを出したいので、できる限りキャンバスの目を消すようにしています。まずジェッソを塗り、乾いた後にモデリングペーストを3~4回塗っていきます。
この工程で大体1~3日。キャンバスの目がある程度見えなくなったら、最後にファウンデーションホワイトを塗り、乾くまで1~2日待ちます。
これで、下地の完成です。
描きたいものやモチーフが浮かんだ時にすぐに制作できるようにしたいので、下地作業は3~4枚一気に仕上げていき、常に下地まで終わっている状態のものが3~4枚は手元にあるようにしています。
制作はどのように進んでいきますか?
普段の何気ない日に撮った写真や、祖父や祖母の写真を参考にすることがあるので、それらを見たり整理したりしています。また祖父らの写真の時代背景を調べたり、彼らから聞いた話をメモ に書き留めたりしたものを引っ張り出したりして描いています。
その中から、例えば個展などでテーマを決めて制作するときは、一番しっくりくるものを集めて普段作っているドローイングに加えたり、あるいはイメージが固まりすぎない程度のエスキースをします。
ある程度イメージが固まったら一気に画面を仕上げていきます。
制作にかかる時間はどのくらいですか?
普段は大体1~2日で完成でしますが、今は息子も家にいるので作業時間を分散させて大体 3~4日くらいで完成するようにペースを調整しています。気持ちが離れないように工夫して、なるべく画面イメージがぶれないようにしています。
油彩は上に塗り重ねることができる特質上、私の場合は時間をかけてしまうと筆に迷いが生まれてしまって、どうしても色が濁ってしまったり、作品に対する思考が分散してしまったりします。なので、音楽を爆音でかけたりして、なるべく思考を分散させるようにしています。
今、作家としての過ごし方に変化はありましたか?
コロナウイルスの感染拡大に関わらず、また作家として、ということよりも自分のあり方の話ですが、なるべく人に対して過敏にならないようにしています。
コロナについての例になってしまいますが、スーパーの人混みがストレスと感じたら、ネットでコロナ被害にあっている農家や畜産物を売っているサイトを使って買い物をする。そうするとちょっとご飯が豪華でうれしくなります。また、公園が混んでいてストレスを感じたら、 人がほとんど歩いていない時間や場所を探したりして、散策したりしています。
とにかく少しでも目が曇ると、ストレスが他者に向かってしまい、自分の目線でしか物事を捉えられなくなったり、視野が狭くなったりするので、それを防ぐために視点を変えて、 行動や思考をするように心がけています。
…などと偉そうなことを書いてしまいましたが、少し制作ペースは落ちたものの、生活スタイル自体に関しては、制作してご飯を作ってのルーティーンは変わらないので、心持ちは今まで通りといったところです。
今後の制作活動について教えてください。
作品はもしかすると少しずつ変容していくのかもしれないとは思いますが、今まで通り生物の営みについて描いていきたいと思っています。
新藤 杏子Kyoko Shindo |