
新しいコレクターの時代がはじまっている
アート市場を活性化させる鍵は、「どれだけ高い作品が売れたか」ではなく、「どれだけ多くの人が作品を買うか」にある。
これまでのアート市場は、一部の富裕層が高額な作品を購入することで支えられてきた。
しかし、真にアートが文化として根づくためには、もっと多くの人が「自分の手で作品を買う」経験を持つことが必要だ。
高い作品でなくてもいい。小さな購買の積み重ねが、作家を支え、ギャラリーを動かし、やがて市場全体の“熱”を生み出していく。
つまり、アート市場が上向くとは、“一部の人が高く買う”ことではなく、“多くの人が買う”ことによって、全体の循環が生まれる状態を指すのだ。
「推し」としてアートを買うということ
今の時代、アートを買える人がいないわけではない。
ただ、アートを「買う」という行為の優先順位が、他の選択肢に埋もれてしまっている。
では、どうすれば人は再びアートを「欲しい」と思うのか。
その答えのひとつが、“推し的な買い方”だ。
推し的な買い方とは、アーティストの考え方や世界観、作風に強く共感し、「この人を応援したい」と思う気持ちから生まれる購買行動である。
それは、作品を所有して満足することではなく、作家と精神的につながる行為だ。
つまり、コレクションではなく“共感の表明”なのである。
こうした買い方をする人々にとって、作品の価値は値段や市場評価だけでは決まらない。
アーティストの言葉、描くテーマ、日々の活動に共感し、その延長線上に作品を手にする。
自分の部屋に飾ることで、その世界観の一部を日常に取り込む。
それは心の充足を伴う、きわめて個人的でポジティブな行為だ。
興味深いのは、この“推し”の感覚が、アートの世界にも徐々に定着しつつあることだ。
音楽やアイドル、アニメなどのカルチャーで育った世代が大人になり、経済的にアートを買えるようになっている。
彼らは、アーティストを「作品の作者」としてだけでなく、「人格をもつ存在」として見つめている。
その人の考え方や発信に共鳴し、ファンとして応援し続けたいという気持ちが、購買の動機になっているのだ。
推しのアーティストを買うことは、単なる所有ではなく“参加”でもある。
展覧会を見に行き、SNSでシェアし、友人を誘う。そうした行動の連鎖が、作家を支え、市場を広げていく。
もはやコレクターは「受け手」ではない。
アートシーンを共につくる“共犯者”なのだ。
ギャラリーとコレクターが一体化する時代へ
このような新しいコレクター像の登場は、ギャラリーのあり方にも変化をもたらしている。
日本の多くのギャラリーは個人事業として運営されており、世界市場の中では影響力が限定的だ。
海外のアートフェアへの出展費用は高騰し、為替や輸送コストの問題も深刻だ。
「頑張れば海外に売れる」という時代は終わり、資金力がモノを言う構造になっている。
だからこそ、ギャラリーとコレクターが協力し合うことが欠かせない。
ギャラリーだけで作家を売り出すのではなく、コレクターがその一員として参加する。
作品を購入し、SNSで発信し、知人に紹介する。
時には展示のサポートや、取材・プロモーションのきっかけを作ることもある。
つまり、現代のコレクターは「買う人」ではなく、「一緒に育てる人」へと変化している。
その存在は、かつての「パトロン」や「タニマチ」のように、金銭的な支援をするだけではない。
作家の発信を手助けし、社会との接点を増やす“プロデューサー”的な役割を担っている。
SNS時代のいま、影響力の形は変わった。
ひとりのコレクターがインスタグラムに投稿した写真が、思わぬ形で注目を集め、作家の知名度を押し上げることもある。
ギャラリーができる発信には限界があるが、ファンが加わることでその力は何倍にも膨らむ。
ギャラリーとコレクターが“推し”という共通目的でつながることで、アートシーン全体の熱量が高まり、作品が届く範囲が格段に広がっていくのだ。
そして、このような構造の中では「作品の価格」は目的ではなく結果になる。
多くの人が自分の手の届く範囲で作品を買い、その体験を共有する。
それが広がれば、アートは一部の特権的なものではなく、社会全体の文化的なインフラへと変わっていく。
“推す人”が増えることで、結果的に“買う人”も増える。
市場を成長させるのは、巨大な投資家ではなく、熱を持った多数のファンなのだ。
アート市場を上向かせるのは、景気でも制度でもない。
それは、「どれだけ多くの人がアートを自分ごととして楽しむか」にかかっている。
作品を買うことは、作家の未来への投票であり、文化への参加表明だ。
誰もがアートを“推す”ことで、作品は流通し、作家は活動を続け、ギャラリーは次の企画を生み出す。
その循環の中で、アートは社会の中に根を張り始めるのだ。
10月31日(金)からtagboatにて個展「Real」を開催いたします!
有村佳奈「Real」
2025年10月31日(金) ~ 11月18日(火)
営業時間:11:00-19:00 休廊:日月祝
※初日の10月31日(金)は17:00オープンとなります。
※オープニングレセプション:10月31日(金)18:00-20:00
入場無料・予約不要
会場:tagboat 〒103-0006 東京都中央区日本橋富沢町7-1 ザ・パークレックス人形町 1F