AIはアートを奪わない――むしろ、人間を自由にする
今、私たちは“本物”という言葉を信じられなくなりつつある。
SNSのタイムラインには、AIが描いた美しい風景や人物画が溢れ、人の手で描かれたものと見分けがつかない。
完璧な構図、正確な陰影、滑らかな筆致。かつて「人間にしかできない」と言われた領域は、すでにAIの方が正確で早い。
だが、その「完璧さ」を見たとき、私たちの胸に浮かぶのは感動ではなく、どこかのっぺりとした“違和感”ではないだろうか。
それは、人間の描く絵には、迷いやためらい、そして意志が宿っているからだ。
AIの進化が進むほどに、私たちは逆説的に“人間らしさとは何か”を探し始めている。
アーティストの有村佳奈は、この変化を正面から見つめる作家である。
彼女が長く描いてきた「ウサギの仮面をかぶった乙女」は、匿名性の時代を生きる現代人の象徴だ。
AIやSNSのフィルターを通して、私たちは常に“演出された自分”を発信している。
それでもなお「リアル」を描こうとする彼女の姿勢は、まるでAI時代への応答のように見える。
“速さ”の時代に、あえて時間をかける
現代の社会は「速さ」が価値だと信じている。
AIが文章を一瞬で書き、アプリが数秒で写真を修正し、動画は短く編集されて拡散される。
その便利さに慣れすぎた私たちは、「時間をかけること」を忘れかけている。
だが、有村の制作はその真逆を行く。
撮影、構図、下絵、着彩――彼女はすべてを丁寧に積み重ね、時間そのものを作品に閉じ込めていく。
なぜそんな“非効率”を選ぶのか。
それは、時間をかけることが「思考の余白」を生み出すからである。
AIの描く画像は、指示された通りに瞬時に完成する。だが人間の制作には、予定外のミスや偶然が生まれる。その「寄り道」こそが、創造の源である。
スピードが加速する社会の中で、ゆっくり描くことは、それ自体がひとつの抵抗であり、表現である。
有村の作品には、そんな“時間の重さ”が宿っている。
それは単なる絵ではなく、「時間をかけて感じ取った現実の記録」なのだ。
技術が進むほど、人間は問われる
AIの登場によって、アートの世界にも大きな変化が訪れた。
「AIが描けるなら、人間はいらないのでは?」という問いは、もはや避けられない。
だが、それはアートの終わりではなく、むしろ始まりである。
かつて写真が登場したとき、人々は「画家の仕事がなくなる」と言った。
しかし、現実をそのまま写す技術が現れたことで、絵画は“現実を超える表現”へと進化した。
印象派、抽象画、シュルレアリスム――それらは「現実を写すだけではない表現」の探求だった。
AIも同じである。
AIが“正確に描ける”ようになったからこそ、人間は“正確ではないもの”の中に美を見出すようになる。
つまり、技術の進歩は表現を奪うのではなく、むしろ「表現の領域を拡張する」。
アーティストは、AIが届かない感情や記憶の奥深くを掘り下げる時代へ進むのだ。
“誰でも作れる”時代のアート革命
AIツールの普及によって、アートは特別な人だけのものではなくなった。
かつては、美大で学んだ一部の人が筆を持つ世界だったが、今では誰もがスマートフォン一台で作品を生み出せる。
生成AIは、絵を描けない人にも「想いを形にする力」を与えた。
それを“脅威”と感じるか、“解放”と捉えるかは、私たち次第である。
有村は後者の立場に立つ。
AIを拒むのではなく、「道具として使いこなす」ことこそが、アーティストに求められる姿勢だという。
AIが作った画像を否定するのではなく、その可能性を使って「自分だけのリアル」を描く。
それは、筆を使うかカメラを使うかの違いに過ぎない。
重要なのは“何で描くか”ではなく、“なぜ描くか”なのだ。
“わからなさ”が人を癒やす
AIが作るものの多くは「わかりやすい」。
指示を与えれば、正確に、綺麗に、すぐに答えを返してくれる。
しかし、アートの魅力はその逆にある。
見る人によって受け取り方が違い、意味が定まらないからこそ、心が動く。
有村は言う。「アートは、社会の処方箋になり得る」。
理解を急がず、感じることを許す時間。
その“立ち止まる瞬間”こそ、情報の洪水に疲れた私たちに必要な休息なのかもしれない。
効率と成果がすべてだった時代から、感情と時間を取り戻す時代へ。
AIが社会を便利にするほど、アートは“人間を思い出す場所”になる。
技術を超えて生まれる創造
AIは確かに多くの仕事を変えていくだろう。
だが、アートだけは違う。AIはアートを奪わない。
むしろ、人間が「なぜ作るのか」という根本の問いを突きつけ、創造をさらに深めていく。
AIによって生まれたのは、人間と技術が競う時代ではなく、共に創る時代である。
筆を持つことも、コードを打つことも、すべては表現の手段にすぎない。
これからのアーティストに必要なのは、AIを恐れることではなく、AIを通して自分を問い直すことだ。
10月31日(金)からギャラリーにて個展「Real」を開催いたします!
有村佳奈「Real」
2025年10月31日(金) ~ 11月18日(火)
営業時間:11:00-19:00 休廊:日月祝
※初日の10月31日(金)は17:00オープンとなります。
※オープニングレセプション:10月31日(金)18:00-20:00
入場無料・予約不要
会場:tagboat 〒103-0006 東京都中央区日本橋富沢町7-1 ザ・パークレックス人形町 1F
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※お申込み受付中!
応募期間:2025年10月21日(火)~10月27日(月)
当選連絡:10月28日(火)