日本のアートを「メジャー」にするとはどういうことだろうか。
ここでいうメジャーとは、単に業界の中で名前が知られているという意味ではない。
むしろマイナーの真逆、すなわち社会全体の中で多くの人に知られ、当たり前のように語られる存在になることを指している。
野球で言えば草野球からプロ野球へ、音楽で言えばインディーズからメジャーレーベルへと昇格することに近い。
アートも同じように、広い舞台に立たなければ本当の意味で「メジャー」とは呼べないのだ。
TOKYO GENDAIが映した現実
先日、国際的なアートフェア「TOKYO GENDAI」に足を運んだ。
今回で3回目を迎えるこのフェアは、日本がついに世界のアートサーキットに食い込んでいくのではないか、そんな期待を抱かせた存在であった。
アートサーキットとは、世界のコレクターが巡回する都市群のことだ。スイス・バーゼル、マイアミビーチ、パリ、香港、ロンドン、ニューヨーク、ロサンゼルス、ソウル…。そこに東京の名が並ぶことを、誰もが夢見ていた。
しかし現実は甘くなかった。初年度の華やぎと比べると、来場者も購入者も年々減っている。
世界のギャラリーが顔を揃えていたとしても、会場に漂う空気にはどこか熱量が欠けていた。
大きな要因は2024年から始まったアート不況であることは間違いない。
しかし、それ以上に致命的だったのは、日本のアートブームが一過性の泡のように消え、文化として根付かなかったことだ。
一時は「日本も先進国の中で最も小さいアート市場から脱却できるのではないか」と囁かれた。
しかしその希望は実らず、また元の規模感へと戻りつつある。こうした失望感は、国内外のコレクターやギャラリーの足を遠ざける原因となっている。
肩透かしを食らった海外コレクター
今回のTOKYO GENDAIで特に気になったのは、村上隆、奈良美智、草間彌生、杉本博司といった世界的に知名度のある日本人アーティストの作品が一切出品されていなかったことだ。
海外から訪れたコレクターにしてみれば、これはまさに肩透かしだろう。「日本を代表するアーティストの作品が並んでいるに違いない」と思って足を運んだのに、期待していた光景はそこになかった。
さらに、海外のギャラリーが持ち込んだ外国人作家の作品に、日本人コレクターがほとんど関心を示さず、売約につながらないという事実もある。
これでは一流のギャラリーがわざわざ出展する動機を失う。
コストが比較的安くても、売れないのであれば意味がない。こうした悪循環が続けば、日本に国際的アートフェアが根付くのは難しいだろう。
産業としての日本とアートの距離
ここで改めて考えたいのは、日本におけるアートの立ち位置である。
ファッションや音楽はどうだろうか。これらは基本的に国内市場で完結している。
もちろん、世界的に知られるブランドやアーティストもいるが、大半は日本というドメスティックな枠の中で競い合い、その中で「メジャー」が形成されてきた。
アートにおいても同じ道を辿れるのではないか、そう考える人もいるかもしれない。
だが、アートは性質が違う。ファッションや音楽は日常生活の中で触れる機会が多いが、アート作品を購入する人は限られている。
現状では、メジャーになろうとするなら、どうしても国内のアート市場の「外」との接続を避けて通れないのだ。
地下からメジャーへ
では、日本のアートがメジャーになるためには何が必要だろうか。ひとつ言えるのは、マイナーなコミュニティの中で努力するだけでは限界があるということだ。
地下アイドルが地下のままで活動していても、いつまでもメジャーにはなれないのと同じで、多くの顧客の目の前に立たなければならない。
そのための方法の一つが、他ジャンルとの協働である。
ファッション、音楽、アニメといった巨大市場のカルチャーと交わり、アーティストの名前と作品を多くの人に知ってもらうこと。
いきなりアートだけで勝負するのではなく、他の文化を通して間口を広げることで、社会に浸透させていく。
これが日本のアートをメジャーに押し上げるための第一歩となるだろう。
次回に向けて
今回のコラムでは、日本のアートが世界の舞台で苦戦している現実と、その背景にある構造的な問題を見てきた。
では、この状況を打開するには具体的に何をすべきなのか。単に「知ってもらう」だけではなく、どのような仕組みや戦略が必要なのか。
次週のコラムでは、アートをより身近な存在にするための具体的な方策を掘り下げていきたい。
コレクター層の拡大のために日本のアートを本当にメジャーにしていくための道筋を、一歩踏み込んで考えてみようと思う。
ラベルに縛られない、新進アーティストの自由な表現を示唆。 初回として「未知の才能たちの輪郭をまだ定めない」姿勢を表現。
場所:アート解放区 人形町
東京都中央区日本橋人形町3-6-9 SPACE ANNEX 1F, B1
会期:2025.9.3(水)~9.26(金)
出展アーティスト:
1F 新田享一 / Kamihasami / ホリグチシンゴ / 北村環 / 小松良明
B1F アンタカンタ / VIKI / 小木曽ウェイツ恭子 / 井口エリー / 工藤千紘 / 中島友太 / 水野遥介 / 奥山鼓太郎 / 土屋靖之