2025年9月3日、タグボートの新たなアート拠点「アート解放区 人形町」がその扉を開く。
この空間は、単なるギャラリーではない。アーティストが自由に作品を発表し、街と交わり、観る者が偶然の出会いに心を動かすような、”解放されたアート”のための場である。
その理念の源流は、2019年にさかのぼる。
建て壊しが決まった東京・代官山のビルを舞台に、私たちは「アート解放区」という名の実験を行った。
形式にとらわれない自由な表現。天井から吊るされた作品、壁一面に広がるドローイング、映像と音のコラボレーション。
何もない空間に、アーティストたちが命を吹き込んだ。期間限定であったがゆえに、そこには“今しかできないこと”への覚悟と熱があった。
だが、それは同時に「消えてしまう自由」でもあった。建物が壊されれば空間もなくなる。
アーティストたちは、また“展示する場所”を探す旅に戻ることになる。この経験は、私たちに問いを投げかけた。「アーティストが永続的に表現できる場とは何か?」
日本橋EATSへ——アートと街の接続実験
次に私たちは、場所を銀座、日本橋へと移した。
2021年、老舗や企業の並ぶ街で「アート解放区 日本橋EATS」をスタート。日本橋の空きビルや商業施設を舞台に、アートを日常空間へと持ち込む試みである。
ギャラリーという枠組みを超え、アートを“生活の中の文化”として提案した。
ここでは、「作品を見せて売る場所」だけではなく、「人がアートと偶然出会う場所」をどう設計できるかに挑戦した。
街に開いた空間、そこに流れる人の動線、飲食・商業・文化の交差。商業エリアの中でアートが生き残る可能性を感じる一方で、やはり課題も見えた。
期間限定であるがゆえに続かないこと、そして、アーティストにとって常設の発表の場にはなりえないという限界である。
そして人形町へ——一過性から拠点へ
だからこそ、次に目指したのは「恒久的な拠点」の設立である。
プロジェクトでもイベントでもない、継続的に運営されるギャラリー。そうしてたどり着いたのが、江戸情緒を残す街・日本橋人形町である。
「アート解放区 人形町」は、株式会社スペースと株式会社タグボートの共同プロジェクトとしてスタートする。
スペース社が所有するビルの1階と地下1階を活用し、アーティストがジャンル・サイズ・形式にとらわれずに展示できる空間を常設で運営していく。
この場所の特徴は「自由さ」だ。作品の形式に制限を設けない。
地下の空間では、映像・音・インスタレーションといった実験的な表現も可能である。
アーティストは自身のスタイルに忠実に、観客は偶然の出会いを楽しむ。そのような“開かれた場”を常に持つことが、アーティストの継続的な活動を支える鍵になる。
既存ギャラリーとの連携による回遊性
この新スペースは、既存のタグボート常設ギャラリーから徒歩3分という地の利も持つ。
つまり、観客は複数の展覧会をはしごしながら、若手から中堅作家までの多様な表現に触れることができる。
イベント時には両ギャラリーを結ぶスタンプラリーや回遊企画も可能だ。
この「徒歩3分の連携」は、一地域に複数のギャラリーが共存することによって都市の文化濃度を高める、いわば“マイクロ・アートディストリクト”の創出でもある。
ニューヨークのチェルシーやロンドンのショーディッチのように、人形町もまた「アートを観に行く街」へと進化する可能性を目指したい。
音楽、ファッション、地域との共創
「アート解放区 人形町」は、アート単体では終わらない。ここでは音楽やファッションとのコラボレーション、ワークショップやトークイベント、ライブペインティングなど多層的な文化発信を行っていく。
スペース社が培ってきた空間演出力は、他ジャンルとの融合表現を支える大きな力となる。
さらに重要なのは、「地域とともに育つ」という視点である。
人形町には老舗飲食店や専門店が並び、地域の住民や働く人々のコミュニティが息づいている。
この街とアートが交わることで、生活と文化のあいだに新しい接点が生まれる。
商店街との連携イベント、子ども向けのアート体験、空きスペースを使った街全体を巻き込むアートフェス。
単なる展示ではなく、街全体が“アート空間”になる未来も想定している。
アートの拠点を育てることは、未来を育てること
「アート解放区」は、2019年に代官山で始まり、銀座、日本橋を経て、今、人形町で拠点として花開こうとしている。
一過性のプロジェクトから、恒常的な文化インフラへ。
この変遷には、アートを未来につなぐための試行錯誤と、その果てに見つけた一つの答えが詰まっている。
アーティストが継続して表現し、観客と出会い、地域と交わり、ジャンルを越えて刺激し合う——そのすべてを実現する空間が、ここにある。
9月3日、その第一歩が、人形町から始まる。
【オープニング展】
「UNLABLED」
ラベルに縛られない、新進アーティストの自由な表現を示唆。 初回として「未知の才能たちの輪郭をまだ定めない」姿勢を表現。
場所:アート解放区 人形町
東京都中央区日本橋人形町3-6-9 SPACE ANNEX 1F, B1
会期:2025.9.3(水)~9.26(水)
出展アーティスト:
1F 新田享一 / Kamihasami / ホリグチシンゴ / 北村環 / 小松良明
B1F アンタカンタ / VIKI / 小木曽ウェイツ恭子 / 井口エリー / 工藤千紘 / 中島友太 / 水野遥介 / 奥山鼓太郎 / 土屋靖之