色で語る天才の原点
深澤雄太――東京藝術大学油画科を倍率約20倍という難関を現役で突破し、作家としての道をまっすぐに歩み続けている若き天才である。
初めてその作品を藝祭で見たときの衝撃は忘れられない。
何気ない風景が、これほどまでに鮮やかに、そして感情豊かに蘇るものかと目を疑った。「色彩の魔術師」と称したくなるほど、彼の作品に宿る色は、現実の再現ではなく、感情や記憶のフィルターを通した“もう一つの現実”である。
東京・日野市の路地、看板、電柱、川辺や坂道。
どこにでもある風景が、彼の手にかかると、見る者の心に直接語りかけてくる。
現実には存在しないはずの色でありながら、なぜか懐かしく感じるその世界には、深澤自身も気づいていないノスタルジーが宿っているのかもしれない。
描けなくなった日々と、再生の時間
完売作家――デビュー以来、展示すれば売れる、という成功を手にしてきた深澤だが、2022年、突然「描けなくなった」時期が訪れた。
心と身体のバランスが崩れ、これまでのように筆が動かなくなったのである。
その時、初めて「疲れたら休む」という、当たり前のようでいて作家にとっては難しい選択をした。
体調を崩し、絵と距離をとることで、逆に絵への思いは強くなった。
「今の自分にしか描けない絵がある」と自覚し、無理に作品を仕上げるのではなく、腑に落ちるまで待つという制作スタイルに変化した。
その変化は、今回の個展「Special day」に色濃く現れている。
「あおいさん」と共に歩む道
深澤は、ファンを「お客様」とは呼ばない。彼は自らの絵を買ってくれる人を、親しみを込めて「あおいさん」と呼ぶ。
一人ひとりが作品と深澤自身に共感し、時間と感情を共にしてくれる大切な存在――それが「あおいさん」だ。
「絵を売っているのではなく、自分を売っている」と語る深澤にとって、作品を買うという行為は単なる取引ではない。
むしろ、人と人との向き合いであり、対話である。だからこそ、彼は自身の表現に一点の妥協も許さず、「観てくれる人の目を信じているからこそ、侮れない」と語るのだ。
「Special day」──覚悟を込めた分岐点
8月1日から開催される個展「Special day」は、深澤にとって転機となる展示である。
制作拠点を国立市に移し、自然に囲まれた環境の中で描かれた新作には、日常と非日常が同時に息づいている。
豊島での滞在経験から得た記憶と、現在の暮らしの中で感じる空気が、混ざり合うようにキャンバスに刻まれている。
さらに今回は、空間に負けない密度のある作品を目指したという。
小さなサイズでも、強く、深く、観る者の心に残る。
絵の中で何かが動いているように感じる――それは、彼が尊敬するポール・セザンヌの筆致にも通じる表現である。
これまでの具象的な描写に加えて、抽象化された構成も増え、今まさに“深化と進化”の過渡期にある。
資産としてのアート、未来をつかむ一枚
深澤の作品は「今」しか描けない。
その刹那性こそが、最大の価値である。
今この瞬間の彼の感性を焼き付けた作品は、将来、彼がさらに飛躍したときに、その初期的価値として大きな意味を持つだろう。
すでにリセール市場でも動き始めており、「過去の深澤作品を探している」という声も届き始めている。
「作品が売れた時は嬉しい。でもその後に残る空虚さもある」と語る彼の言葉には、作品を手放すことへの覚悟と、人との関係性への真摯さが滲む。
だが、それでも彼は描き続ける。「おじいさんになっても絵を描き続けたい」。その強い意志は、今この瞬間、描き上げられた作品に確かに宿っている。
深澤雄太は、ただ絵を描く人ではない。
色で記憶を呼び起こし、日常に詩情を与え、人と人を絵でつなぐ表現者である。
今回の「Special day」は、彼にとって“再び立ち上がる日”であり、“未来を決定づける日”でもある。
彼の歩みを信じ、その一枚を手に取った人は、未来のある瞬間に気づくだろう――あの日が、特別な日だったと。