言葉になる前の感覚を描くということ
ayaka nakamuraは、幼い頃から絵を描くことが日常だった。
紙に収まりきらず家具や壁にまで描いていたというエピソードが、その根源的な衝動を物語っている。
彼女にとって「絵を描く」とは、特別なことではなく、息をするように自然な行為であった。
そんな彼女が本格的に美術の道を志すようになったのは、高校時代のアメリカ留学がきっかけである。
言葉の壁を前に、nakamuraは音楽や制作を通じて他者とつながる経験を得た。
そのときに感じた「言葉を介さず感覚でつながる」という体験は、今の作品にも大きく反映されている。
彼女が目指すのは、誰かの心にそっと寄り添い、言葉にならない思いを受けとめてくれるような絵である。
視覚情報を通じて、記憶の奥底に眠る感情や体験を喚起させる。
絵を見た瞬間、「懐かしい」「安心する」と感じるのは、鑑賞者が自らの記憶と絵の中の世界を重ねているからかもしれない。
制作ではアクリル絵具をメインに、パステル、水彩、ポスカ、顔料なども織り交ぜる。
乾きが早く、重ね塗りしやすい素材を選ぶことで、直感的かつスピード感のある筆致を実現している。
筆だけでなく、ローラーやパレットナイフ、水の流れも用いて描くことで、質感や偶然性を取り込みながら、画面に生命感を与えていく。
彼女の制作プロセスは、前半と後半でまったく性質が異なる。
最初の8割は、呼吸を忘れるほどの集中力で一気に描き上げる。そのスピードには、直感と経験の蓄積が反映されている。
そして後半の2割は、1本の線や1点の色の調整に膨大な時間をかけ、全体のバランスを整える。
この緻密な構成と偶然性のバランスこそが、彼女の作品に奥行きをもたらしている。
「命の存在」に触れるための画面づくり
nakamuraの作品には、共通したテーマがある。それは「命の存在」だ。
彼女は、風や光、空気の気配といった目に見えない存在の中にこそ、命のエネルギーが宿っていると考えている。
旅先で撮った風景や、一度描いて壊してまた描くというレイヤーの積層により、そこに「時間」が刻まれ、「存在の痕跡」が残る。
キャンバス上の白ひとつを取っても、遠くから見ると一色に見えるが、近づけば異なる素材や筆致が織り成す複数の白が存在している。
まるで命の重なりが画面上で呼吸しているかのようである。
彼女は「すべてのものは立体である」と語る。絵画を通して触れる質感は、デジタル画像では決して再現できない“実体”そのものなのである。
その実体を生むために、彼女は国や地域によって異なる画材の色味にも注目している。
デンマークで見つけたパステル、上海で手に入れた絵具など、それぞれの土地の“空気”を含んだ素材を画面に取り入れている。
結果として、作品には特定の風景や記憶が凝縮され、見る人にとってもどこか既視感のあるイメージが立ち上がる。
また、nakamuraは作品の「サイズ」についても独自の考えを持っている。
大作では自身の等身大の力をぶつけ、小さな作品にはその力を凝縮する。
どちらも同じ密度で作られており、サイズに関係なく観る者を圧倒するだけのエネルギーを持っている。
事実、ディスプレイ越しに作品を見ていても、実物はそれより遥かに存在感がある。絵の前に立つことで初めて、その力に圧倒されることになる。
nakamuraの絵は、見る者の「存在」と静かに共鳴する。
その絵が誰かの部屋に飾られたとき、「寂しくなくなった」と語る人がいたという。
これは、彼女が目指す「言葉にならないつながり」の一つの答えである。
絵は、言語を超え、時間を超え、空間を超えて、人と人をつなぐメディアになりうる。
現在、彼女の作品は日本国内のみならず海外などでも高く評価され始めている。
今後さらに注目を集め、入手困難になることが予想されるが、どんなに大きくなっても、彼女の根底にある「他者とつながりたい」「誰かの世界を少しでも良くしたい」という思いは変わらないだろう。
ayaka nakamuraの作品は、美しい絵画であると同時に、「存在とは何か」を問いかける哲学的なメッセージでもある。
そして何より、彼女の作品は、静かに、確かに、あなたの隣に寄り添ってくれるのである。
ayaka nakamuraの個展開催中!
ayaka nakamura「Awakening」
2025年5月29日(木) ~ 6月17日(火)
営業時間:11:00-19:00 休廊:日月祝
入場無料・予約不要
会場:tagboat 〒103-0006 東京都中央区日本橋富沢町7-1 ザ・パークレックス人形町 1F
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