昨年11月の大阪で開催された「メタセコイア・キョウマチボリ・アートフェア」では、300名以上のクリエイターがエントリーをし、審査員が選出した約40名のアーティストによる展示が行われた。
そこで、タグボート代表の徳光健治による審査員特別賞を受賞したのが南村杞憂である。
300名を超えるクリエイターの中で、もっとも将来性が高く、今後人気が爆発することを確信して選出したアーティストである。
南村杞憂の選出理由は、彼女が今の時代を色濃く反映させる作品を作るアーティストであったからだ。
欧米でのコンテンポラリーアートの意味
コンテンポラリーアートをそのまま「現代アート」とか「現代美術」に訳してしまうと、現代を生きている作家が作るアートという意味になってしまう。
今の時代を生きていても、その時代を反映させない作品はコンテンポラリーアートではない。過去の技法やコンセプトでそのまま作られた作品は、海外ではクラシック作品と表現される。
つまり、写実の美人画や日本画で描かれた花鳥風月の作品は、今を生きる人が制作してもやはりクラシックであって、コンテンポラリーアートとは違うものだ。
コンテンポラリーアートは既成概念に囚われない表現や新しい技法を含むことが多いが、海外ではそういった作り方だけではなく、新しいコンセプトで作られるコンセプチュアルアートの意味合いのほうが強い。
今の社会や時代性を作品に色濃く反映させているので、メッセージ性が強い。「今の時代」でしか作れないものだからだ。
だからこそ、欧米のアートの展示では、社会的・政治的テーマに焦点が当たった作品のオンパレードとなっている。
一方、国内では、ジェンダー、宗教、政治といったことを話題にすることはあまりない。
日本は、自己主張よりも「空気を読む」ことが重視されるので、そのような話題は逆に嫌われてしまうからだろう。
どちらかというと日本は、作家が自身の内面で感じたことをコンセプトとする作品が多い。
美大教育の影響にもよるのだろうが、海外のアーティストが世の中の問題に対してギリギリのところを突いてくるのと比べると、日本の作家は自分語りが多すぎて、何に対するメッセージなのかが曖昧になりがちだ。
南村杞憂は現代を生きている
南村杞憂の制作の主なテーマは日常の生活で感じたことを形にしたものであるが、そこでは今の時代を痛烈に、皮肉たっぷりにメッセージとして発信している。
また、彼女自身は「もっと社会に影響を与えられるよう制作に取り組む」とした上で、今後もさまざまな表現に触れながら、真面目にふざけた作品を作り続けている。
つまり現代社会を風刺しながらも、関西人特有のユーモアを作品に盛り込むことで、作品に重層的なコンセプトをもたらせているのだ。
南村杞憂は関西学院大学を卒業後、神戸大学大学院の国際文化学研究科・博士課程前期課程を修了するという頭脳明晰な研究者でもある。
また、1995年というWindows95が発売された年に生まれたので、インターネットの影響を色濃く受ける中で幼少期を過ごしてきた。
そういう中で、インターネットミーム(Internet meme)と呼ばれるネット掲示板、SNSを通して拡散され、話題になった文章や画像などのコンテンツを皮肉を込めて作品化してきたのだ。
例えば、南村杞憂の代表作には「4℃」のネックレスというものがある。
4℃というジュエリーブランドが女性へのプレゼントとしてネットで話題になったことをネタにして、「只今の気温 4℃」と書かれたデジタル温度計に仕上げた。
このほか、写真を加工したデジタルアート作品やネオンサイン、アクリル板を使ったオブジェやアクセサリーなどの制作にも取り組んでいる。
さて、世の中でバズっているネット上の問題を取り扱うわりには、南村杞憂の作る作品にはなぜか嫌味を感じることがない。
彼女自身が面白いと思うものを笑いに変える痛快さが作品に潜んでいるからだ。
そこには、インターネットミームに対する彼女特有の深い愛情があるからだろう。
南村杞憂はまた、アート以外にもマルチに活躍するクリエイターでもある。
制作以外にも映像出演やラジオMCなども務めていて、神戸のコミュニティFM「FM MOOV」にてラジオ番組「世界の音楽」でレギュラーパーソナリティーとして出演中である。
さらには、講談社主催のオーディション「ミスiD2021」ファイナリストという経歴を持つのだ。
今後、何をしでかすか分からないその多彩な才能に翻弄されながらも、我々は彼女の活躍に期待せざるを得ない。
南村杞憂が作っていく様々なメディアとアートの組み合わせが、美術史に新しい文脈を残すかもしれないからだ。
ますます彼女の作品には目が離せなくなっていくことは間違いない。
南村杞憂 |
タグボート代表の徳光健治による二冊目の著書「現代アート投資の教科書」を販売中。Amazonでの購入はこちら