誰もが目にしたことのあるものをモチーフに描く渡辺佑基。親しみやすいモチーフを作品として切り出す視点は隙をつくような鋭さがあります。
現在、武蔵野美術大学大学院博士後期課程に在学し、修了を目前にした渡辺さんに作品や制作の秘密について伺いました。
インタビュー・テキスト= 寺内奈乃 撮影=高橋佳寿美
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今日は、2つの作品を持ってきました。
ーまず、こちらの作品について教えてください。
ドーナツを描いてるんですが、でもメインはドーナツではなくて穴です。穴を描くためにドーナツを描きました。あえてキャンバスはくりぬかない方がいいとい持って、その空白を含めて絵画として表現しました。
ーこちらの黄色い作品は何がモチーフとなっていますか?
スポンジを描きました。これ、実は制作に数カ月かかっているんです。
最初にかなりビビッドな紫で塗ってから、薄い黄色を面相筆を使って点描で載せてます。
補色の黄色が紫にどんどんかかってくるので、このような効果が生まれます。
作業効率で考えたら、要領の悪い描き方と言えるかもしれません。
ー点描!まるでエアブラシで描いているみたいですね。
Gallery MUMONのアドバイザーを務める天明屋尚さんも最初そう思ったそうで、筆で描いてると言ったら驚かれました。
Gallery MUMONでの個展風景
ーTAGBOAT AWARDで天明屋尚賞を受賞されたときも、コンセプトと描写力を兼ね備えた稀有なアーティストと評価されていましたね。
作品の中でコンセプトが先行してしまうことは多いと思うんですが、僕はやっぱりフィジカルに「描く」ことも大事にしたいと思っています。そこから生まれてくることに注目したいというか。もっと楽に短時間でできる手法もあると思います。けれどもこうしたこだわりは、自分の作品の中でも実は大事にしたい部分でもあります。
ー円形のキャンバスなど、形を活かしたシリーズをよく制作されていますね。
形状に自分のテーマとコンセプトも込めてます。
描いたモチーフと実際のキャンバスの形状のズレ、揺れ、違和感とかを大事にしたくて。
ー変形キャンバスの取り組みはいつから始められましたか。
大学の頃から始めました。変形キャンバスは市販されていないので、自分で木を切って削って作っています。複雑な曲線がある場合は、パーツだけ業者さんにお願いして切ってもらったものを組み立てます。
ーこちらの作品は、丸いスポンジについて描いたのですか?
いいえ、もとは四角いスポンジです。うまく言えないのですが、円って自己完結しているというか、やはり丸みのあるキャンバスは四角とは違った優しさがあって好きなので、この形状にしました。
ーモチーフ選びが身近で、親しみやすさを感じますね。何故スポンジを描いているんですか?
もともと好きなものや身の回りにあるものを描いています。
スポンジを選んだ理由は、柔らかさに惹かれたからです。触った時の感触も大事です。
あと、黄色も好きな色の一つですね。
―凄まじい描きこみが目の錯覚を引き起こすというか、一見すると凹凸があるように見えますし、本当に触ると柔らかそうです。
視覚的効果を狙っている部分もありますが、見る人によって色々な楽しみ方をして頂けたら幸いです。
実際に描いてみると自分の意図を越えたところも出てくるような感触もあって、そういう部分も大切にしたいなと思っています。
―意図を越えたところというのは、作品が出来上がってみてから、最初の想定とは違う感覚を受けるということでしょうか。
最初はやっぱりある程度イメージがありますが、描いているとそのイメージとどこかずれも生じてきたりします。そしてそのずれを修正するのではなくて、むしろ活かしていきたいとも思います。
そういうところに自分の意図を超えたような広がりを出せるといいな、と思っています。全部計画的にやってしまうと、つまらなくなってしまいそうな気もしていて。
だから自分でコントロールできない部分を作ったりとか、あえて限られた要素に絞って描きこむことで予想を超える「サムシング・エルス」が出てくることが重要なのではないかとも思っています。
「階段を昇る裸婦」パネルに油・アクリル 117x117cm 2019年
ー「階段を昇る裸婦」は、どのように制作している作品でしょうか。
人物にあえて意味性を持たせたくなくて、中性的にフラットな状態に描こうと心がけました。人体の個性を消して、ステレオタイプなイメージに寄せています。それよりも描いている間に出てくるズレを大事にしています。
あとはデュシャンへのオマージュです。デュシャンもある意味人間臭さを消して描いていますよね。
一般的に、階段を下りる作品は多いのですが、上っている作品はあまりありません。
リヒターにも階段の作品がありますが、あれも下りている場面です。そのほうがかっこいいからかもしれませんが、僕は逆に上っているところを描いてみたくて。
「しょくぱん一斤」パネルに油・アクリル 21.6×12.5cm (5点組) 2021年
オマージュとしては、先日のMUMONでの個展で展示をした食パンを描いた作品も、ドナルド・ジャッドのスペシフィック・オブジェクトを参照しています。
そういう風に、好きなものは物体であれ作品であれ、色々と貪欲に取り入れています。
シミュレーショニズムやアプロプリエーションといった動向も意識していない訳ではないですが、フラットに何でも取り入れてみようという気持ちで制作しています。
ーどのアーティストに一番影響を受けていると思いますか。
色々な作家から影響を受けていますが、特定の流派や特定の誰かというわけではないので、逆に一番というのは難しいです。
あえて言うなら抽象表現主義やミニマリズムなどから強い影響を受けていると思いますが、古今東西の様々な作家から色々な影響を受けています。
ー色々挑戦されていますが、作品のコンセプトや考えで共通する部分はありますか?
基本的には臨機応変にライブ感を持ってやっていますので、作品によってもちろんコンセプトはそれぞれズレがあります。でも、そのズレの中にもどこか共通する部分や重なる部分はあるかと思います。作品を自由に見ていただく中で、僕が見ている世界が立ち上がってくるのを感じていただけるといいなと思っています。
言語化するのが難しいですが、個展などで作品を並べた際は、一見バラバラに見えても、全部通して見ることによって何か共通するものが立ち上がって見えてくるようにしたいとも考えています。
ー制作するとき、大きく分けると、手を動かしながら徐々にコンセプトを作っていくという人と、最初にコンセプトを固めてから作り始める人がいますが、渡辺さんはどちらでしょうか?
基本的にはコンセプトを先に固めてから作りますが、作っていく途中でずれていく部分とか、余剰は大事にしたいと思っています。
例えばこのスポンジは、途中で描くものを変更していくのは難しいので、やっぱり最初に丸い形のキャンバスにしようとか、影をどこにいくつ描こうとかは決めるんですが、描く中で、そういう計画性を越えた何かを出したいとも思っています。最も挑戦したい部分は実はそうしたところかもしれません。
ー渡辺さんの想像を越える部分というのは、描いている過程で生まれることが多いのでしょうか。
僕の作品の場合、基本的には完全な抽象画ではなくなにかしらの具体的なモノを描いています。自由度という点ではある種の制約もあるかと思いますが、そうした制約の中から引き出される「サムシング・エルス」がある気がしています。
抽象画としても見ていいように描きつつも、具象画特有のそうした持ち味がある作品を求めて描いています。
LOKO GALLERYでの個展風景
ー食べ物、ゲーム、おもちゃなど、モチーフはそれぞれバラバラですね。
何でも「いいな」と思ったら描きますが、基本的には自分の親しみのある世界を見せたいと思っていますね。
「たまごさんど」(※部分) パネルに油・アクリル 53x53cm 2021年
ーたまごサンドなどを描かれていますが、好きな食べ物は、何故描きたくなるのでしょうか?
僕は食べ物の好き嫌いも割と視覚から入るタイプかもしれません。先ほどのスポンジもそうですが、黄色系などはおいしそうな感じがして好きです。なのでオレンジジュース、レモンジュース、栄養ドリンクなど黄色いジュースは特に好きです。
逆に緑色などはあまりおいしそうな感じがしないので、野菜系はあまり好きではないです。
ー最初に絵を描き始めた頃は、どのような作品だったのでしょうか?
子どものころだったので、今のような絵画ではなかったです。
漫画が好きだったので、ドラえもんの絵を真似して描いてたりしてました。今でも絵画にドラえもんを取り入れた作品は描いていますが、それは自分の原体験から来ていますね。
ー今でも漫画は描きますか?
高校まで漫画研究部に入っていたこともあり、それまでは漫画は普通に描いていました。
今は大学院で制作に集中しているので、描きたいですが、描けていません。
ーSFなどがお好きですか?
SFはもちろん好きです。漫画、映画、ゲーム、音楽、推理小説など好きですね。
例えば推理小説は、トリックであったり、びっくりする展開、遊び心などが詰まっているので、一見すると僕の作品とは関係なさそうですが、実は今の制作のバックボーンになっているようにも感じています。
ー推理小説では何がお好きですか?
例えば綾辻行人さんや有栖川有栖さんといった本格系の推理小説が大好きです。子どものころは少年探偵団やルパンなども読んでました。
読む小説は本格ミステリーが多いので偏っていると思いますが、でも、自分の好きなものは大事にしたいと思っています。
狭義の小説ではないですが、ノベル系のゲームも好きです。たとえば「かまいたちの夜」などは、美しい音楽やゲームならではの趣向も相まってすごく好きなゲームの一つです。
ー小説の場合、トリックは文章ですが、それをイメージの世界、絵画作品で視覚的に落とし込みたいということでしょうか。
はい、いつも挑戦したいと思っている部分です。特に推理小説の本質的な部分というか、今まで見ていたものが嘘、幻だった、世界の見え方が変わった、という感覚が好きなので、そういったものを美術で表したいなと思っています。
ー渡辺さんはエンターテイナーというか、作品で人を楽しませたいという思いが強く感じられます。
僕の芯にはやはりそうした部分もあるかと思います。
ハラハラ、ドキドキ、ワクワク、ビックリといったエモーショナルな部分は大切にしたいですね。
たとえば映画とか観ていても、怪獣とかモンスターとかロボットとか出てくると、やっぱりワクワクしますよね、そういう感覚というか。
ー様々なジャンルのものから影響を受けられていますが、ご自身ではどちらかというと、表現よりコンセプトの方に影響を受けることが多いでしょうか?
表現だけでも、コンセプトだけでもなく、どちらも欲しいです。造形性と概念性の両輪を大事にしたいと思っています。自分のリアルな人生が作品にダイレクトに繋がっているので、描きたいものは日常生活の中からどんどん生まれてきて、アイデアは溜まっていきます。手が追い付かないことの方が多いですね。
「35段目」 パネルにアクリル 52.5×7.5cm 2021年
ー渡辺さんの作品の中には、ジェンガの作品など、平面と立体の間のような作品もありますよね。
自分の中では絵画という認識で制作しました。多視点というか、多面というか。複数の平面が合わさった絵画という意識です。
それぞれの面だけを見ると整合性がとれているんですが、複数の面を一度に見ると違和感、ズレを感じる作品です。
アトリエにジェンガが置いてあって、遊んでいるときに、ふと「描きたいな」と思って描きました。
組み立てたジェンガで実際に遊んで、崩れる時の形を記録して制作しました。この制作方法をとると、どういう形になるかは自分でも分かりません。また次にジェンガで遊んだ時に描けば、また違う作品になります。
ーご自分でもたくさんゲームを持っていらっしゃるんですね。
コンピューターゲームが多いですが、でも実際に手で遊ぶゲームもすごく好きです。
例えばオセロなんか特に愛着があります。あ、今日オセロを持ってきたんですよ。今度オセロをモチーフにした作品を描きたくて。やりませんか?
オセロ対戦中
真剣にオセロに取り組む渡辺さん
お疲れ様でした!
ーお強いですね!
セオリーを理解すればすぐに強くなれると思います。囲碁や将棋よりも早く上達できると思いますよ。
自分の打てる箇所を増やして、相手の打てる箇所を減らす、というのが一番わかりやすい考え方かと思います。
ー単純なゲームの方が好きですか?
そうですね。ルールが複雑なゲームよりもオセロのようなシンプルなゲームのほうが好きです。
シンプルな方が奥深いというか、より集中できる気がします。
ーこのオセロもかなり使い込んでますね。
はい、凝り性なので。もうかなり昔になりますが一般社団法人日本オセロ連盟の大会に出て1級を取ったこともあります。級の上に更に段もあるので、いつか機会があればまた参加してみたいですね。
ー作品によく出てくるサイコロは、何故好きなのでしょうか?
ソニーから出ていた「XI[sai]」というゲームをご存じですか?サイコロの目の数を操作してパズルを解く3Dアクションパズルゲームです。頭の中でどの目を出せばうまくパズルが解けるか考えるんです。
「XI[sai]」もかなりやり込みました。そうした原体験の影響も大きいかもしれませんね。
ーシンプルなゲームを極めるタイプですね。
はい。シンプルかつ奥深いゲームが好きですね。あんまり考える要素が無いゲームとか、反射神経だけでクリアするものより、シンプルな条件の中でも自分で工夫する余地のあるゲームが好きです。
ゲームの持つ遊びの精神や探求性はアートともどこかつながってくるような気がしています。
ー高校のころには、既にアートの道を志していたのですか?
その頃はアートの知識などほとんど無かったですが、単純に絵が上手くなりたいという思いは強かったです。
漫画のために、というのも始めは少しありました。シンプルな動機です。
ー好きなものを、作品に直接的に取り入れるというよりは、ゲームをしたときの好きな感覚や考え方を表現したい、という場合が多いでしょうか。
そうですね。表層的に、何か好きなものをそのまま表現するというよりは、好きなものに共通する感覚的なものを取り入れたいと思っています。
ー大学進学前は、進路を迷われていたと聞きました。
ちょっと受験から離れた時期がありました。
絵自体は続けていこうと思っていたのですが、美大を受験するというルートとは違うルートがないか探っていました。受験絵画はどうしても時間の制限があるなど、精神面に来るものがあり、自分には合わないことが分かっていたので。
要領があまり良くないので、プレッシャーの中、短時間で作品を仕上げるのは苦手です。自分の好きなようにやっていけないかと思い、模索し始めました。
その後、通信から武蔵野美術大学に入学し、3年生から編入して通学し始めました。編入試験は実技試験もあるのですが、制作してきた作品のポートフォリオ審査など、総合的な決め方をするので、自分の好きなペースで制作できるやり方が合っていました。
最初は通信だったから続けていけたという部分もあるかと思います。
ー通常の実技試験だと、決められた時間内の制作で全て評価されてしまいますからね。
そうですね、今受験したら支持体を加工しているうちに終わってしまうかもしれません。
ー大学入学後は制作に何か変化はありましたか?
自由にやらせていただけたので、それまでとそんなに変わりませんでした。
何か型を教え込まれたりというよりは、のびのび好きなように制作して、時々アドバイスをもらう、という感じでしたね。
ー在学中から多くの賞を獲得していますね。
作品を制作するだけではなく、出来るだけ発表の機会も持ちたいという気持ちがありました。そのためタイミングの合ったアワードなどにはよく応募していました。応募するために描くというよりは、描きためた作品をその時々で応募してみる、という感じでしたね。
美術館や画廊などで展示されると、自分の家やアトリエで見るのとは違った見え方がしますし、他の人の作品と比べて見る事もできます。そういった機会は自分の財産になりました。
公募展ってカラーというか傾向がある場合も多いですが、タグボートはある意味なんでもありなところがあって、僕にとってはすごく良かったです。
ーこれから挑戦してみたいことはありますか?
今は大学が忙しいのですが、やっぱりいつか漫画も描いてみたいです。
ーどんな漫画ですか?
まずは短いページ数で、条件を絞って描いてみたいですね。ショート・ショートのような。
ワンアイデアを活かした印象的な短編など憧れたりします。すぐには難しいかもしれませんが、どこかで挑戦してみたいですね。
ーコロナ禍で何か影響を受けたことはありましたか?
やっぱり発表の機会への影響は大きかったです。
でも、もともとかなりの出不精で、マイペースに自分の好きなものを突き詰めたいタイプなので、制作に何か問題が起こるといったことはあまり無かったです。
これからもどんどん新作を描いて、2022年3月開催のtagboat art fairに向けて準備していきたいです。
2015年 武蔵野美術大学造形学部油絵学科油絵専攻 卒業
2017年 武蔵野美術大学大学院造形研究科美術専攻油絵コース 修了
現在、武蔵野美術大学大学院博士後期課程在学中
シェイプド・キャンバスなども用いながら、主にパネルに、アクリル絵具や油絵具などで絵画を中心に制作している。