イカ画家 宮内裕賀
1985年、鹿児島県生まれ。タラデザイン専門学校卒業。
2004年頃に近所のおじさんが釣ってきたイカの美しさと美味しさに魅了され、以来ひたすらイカの絵を描き続けている宮内。
「イカに生かされている」という作家は、イカ墨、イカ甲、イカ水晶体などを画材に加工しイカでイカを描いています。
その突き抜けたイカへのこだわりと、制作の秘密について伺いました。
宮内裕賀Yuka Miyauchi |
ー絵を描き始めたのはいつ頃ですか?きっかけはありましたか?
4歳くらいから意思の伝達手段が絵だったと思います。保育園で利き手の右腕を骨折して絵を思うように描けないストレスを左手でハサミを使って切り絵を作り紛らわせていて、自分は絵を描かずにはいられないことを自覚しました。
ーアーティストを目指そうと思ったのはいつ頃ですか?きっかけはなんですか?
画家を目指そうと考えたことはなくて、イカを好きで描いてきましたが、勤めることとイカ活動の両立が難しくなりアルバイト生活を経て、現在は画業専業でイカを描いてイカを食べて生きています。
ー作風が確立するまでの経緯を教えてください。
イカを描き始めたころは油彩でしたが、イカ墨を使った水彩に変わりました。
イカを解剖して内臓をひとつひとつ取り出しているときに、誤ってイカ墨の入った臓器である墨汁嚢を破いてしまったことがあります。小さな臓器から墨が出てきて少量でもみるみるうちに解剖のイカ全てが墨まみれの真っ黒になりました。その力強い黒にイカの生命力を感じて、この感動がきっかけになり私はイカでイカを描くことを考えました。
イカ墨を画材にするための試行錯誤が始まり、調べてみると地中海のほうでは昔からインクや画材として使われていたことを知りました。レオナルド・ダ・ヴィンチがイカ墨のチョークで素描していたり、レンブラントが愛用するインクもイカ墨でレンブラント・インクと呼ばれていたりしたそうです。
イカはギリシャ語でセピアといいます。イカ墨で描いたものは経年変化で黒から褐色になります。セピア色という言葉の由来はイカ墨からきています。イカ墨の水彩で描くようになり、日本画の画材にも興味を持ちました。
コウイカの仲間は身体の中に石灰質の甲を持っていて浮力の調整などに使っています。この甲はイカが貝の仲間から進化してきた名残です。今でもこの部分を学術的には貝殻といいます。日本画の白い絵の具は牡蠣などの貝殻から作られています。
イカ甲も同じ貝殻なので研究と実験を繰り返し白い絵の具にすることができました。イカそのものを画材にしてイカを描くようになりました。
ー作品を発表し始めたのは何時頃ですか?発表するまでにどういった経緯がありましたか?
ウェブデザイナーになるために入った学校で美術の授業もあり、公募展に50号の油絵を出品する課題が出て、モチーフを探しているときにイカに出会いました。イカを描いてみるとしっくりくる感じがありそれからイカの絵を制作し続けています。
ウェブデザイナーで就職してから4ヶ月で会社がなくなりどん底のころ、地元のアートイベントに参加してイカの絵を展示しました。
みんな自分と同じくらいイカを好きだと思っていたら、多くの人からなぜイカを描いているのかを聞かれて不思議に感じて、イカは食べ物として身近すぎて、生き物として認識されていないとわかりました。生きているイカの魅力を知らないことはとてももったいないと考えて、イカを伝えるためにイカの絵を発表し続けることになりました。
ーアーティストステートメントについて語ってください。
私は絵を描くためにイカを描いているのではなく、イカを描くために絵を描いています。
自然の中でここまで成長してたくさんの人の手を経て、自分のところまできてくれたイカのことを思い、そのイカを描くための力をイカにもらっています。イカを素材にすると大事に描くことができます。陸に揚げられ1杯の鮮魚になる前、コンビニに並べられた1枚にスルメになる前、海でうまれて1匹として生きていたイカの一生を受け取り、作品にいかします。
ー作品はどうやって作っていますか?技法について教えてください。
イカ墨は、細かい粒子にしてアラビアゴムを混ぜ、水で濃淡をつくって墨の色のみで描画できます。画材にしたイカ墨は味も香りもなくなります。
イカ甲は、イカ甲の部分によって色が微妙に違う粉末になります。粒子の細かさで発色を変えられます。背側の硬い部分は透明感のある白色になり、腹側の軟らかい部分は少し黄色みがかった白色で盛り上げて立体的に使うことができます。
イカで黒と白の絵具を作ってイカでイカを描いています。
ー作品制作で困難な点や苦労する点を教えてください。
イカ甲は、3年くらい風化させたものが使いやすいので、ストックしておく時間が必要です。
粉末にするのに3〜6時間くらいかかります。粉砕器を導入してみると30秒でできましたが、ほとんど機械は使わずに手で作業しています。無心でイカの一部を加工し続ける数時間が、私にはとても大切なんだだとわかってきました。
ー今後の制作において挑戦したいことや意識していきたいことを教えてください。
いろんな種類のイカの墨のそれぞれの発色の違いをいかした作品を作りたいです。深海にいるイカや、食用にはならない、市場に流通していないイカを入手して、解剖して食してイカ墨を取り出して描きたいです。
筆と支持体もイカで作りたいです。筆はイカの軟甲や顎板の鋭い部分を使用して、支持体は加工したイカの表皮や、プラスティネーション標本を使ってみたいです。イカの青い血液や眼球の中の硝子体や水晶体も画材にしたいです。
イカでイカにイカを描くことを目標にしています。
宮内裕賀Yuka Miyauchi |
宮内裕賀
1985年、鹿児島県生まれ。タラデザイン専門学校卒業。
第14回ナマ・イキVOICE アートマーケット グランプリ、第22回岡本太郎現代芸術賞入選、TOKYO MIDTOWN AWARD 2019 アートコンペ準グランプリ、マネックス証券 ART IN THE OFFICE 2020 受賞、モノ・マガジン(ワールドフォトプレス)にて2013年よりイカコラム連載中。
これまでの展示に「全国いか加工業協同組合創立50周年記念式典」ホテルオークラ東京(2015)、「国際頭足類諮問委員会函館会議」函館国際ホテル(2015)、「Cephalopod Interface in Crete」ギリシャ・クレタ水族館(2017)、個展「イカスイム」レトロフトMuseo(2018)、「Street Museum」東京ミッドタウン(2020)などがある。