2022年に東京藝術大学先端芸術表現科を卒業し、「記憶のリサイクル」をテーマとして制作を続けるアーティスト、VIKI。作家は社会に氾濫する「消費されるイメージ」を考察しながら主にレシート(感熱紙)を使用して作品を生み出してきました。今年も「tagboat Art Fair」に出展するVIKIさんに、近年の制作や変化についてお話を伺いました。
VIKI |
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コミュニケーションが大事な要素
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Q1. VIKIさんにインタビューをさせていただくのは2021年以来、3回目となります。まずは、長年使用されている「感熱紙(レシート)」との出会いを改めて教えてください。
いつもありがとうございます!
思い出に何かを取っておく行為って皆さん経験あると思うのですが、そんな話が出会いのきっかけでした。小さい頃に、映画館でポップコーンを買おうとレジに並んでいました。目の前に1組のカップルがいて、同じようにポップコーンを買っていたんです。そのカップルは「今日の映画の半券、思い出に取っておこうかな」そんな会話をしていました。そしてお会計の際に「レシートは要らないです」と捨ててしまいました。僕はもどかしくなりました。なぜ映画の半券は取っておいて、ポップコーンのレシートは捨ててしまうんだろう。ポップコーンを買ったレシートも大事なデートの1ページなのに。そのように感じながら、レシートを見るたびに、こぼれ落ちていってしまう記憶や記録が詰まっているのだと考えさせられました。この捨てられて忘れ去られてしまう記憶や記録に価値を与えたいと思ったんです。
Q2. 最近も個展開催にTV出演、美術館でのプロジェクト参加など、精力的に活躍を続けていらっしゃいますね。この3年ほどで制作の中で変化したことなどはありますか?
ここ数年で改めて、他者とのコミュニケーションに意識を持ち始めました。まず、制作する前や、コレクターさんと対峙する前に、「何が僕をVIKIというアーティストにするのか?」と自分とコミュニケイトするんです。これまでも制作する上でコミュニケーションは僕の大事な要素でした。全国の皆さんからレシートを送っていただく際に、お手紙をいただいたり、展示などで色々なフィードバックも得られる機会は今までもあったのですが、言葉を交わさないコミュニケーションもありますよね。たとえば、SNSでの反応や、知らないところで僕の作品を推してくださったり、手紙は無いがレシートなどの素材を提供してくださる行為など。それらの行動には意図がある。「何がそうさせるのか?」と自分にも社会にも問いかけるようになりました。アーティストあるいは作品は社会でどのような立ち位置なのかを意識するようになりました。
2024年3月に開催された個展「mirrorge」の様子(於ギャラリー自由が丘)
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思考はある種の細胞分裂
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Q3. 日頃からアイデアや思考の整理として、紙にマインドマップを書き出されていますね。先日個展で書き溜められたそれらを実際に拝見し、その膨大さに驚愕いたしました。VIKIさんにとって、思考を整理することはどのような意味を持っていますか?
意味があるのかどうかは正直、わかりません。実は整理もされていないんですよ(笑)。僕にとって思考することはある種の細胞分裂のようなものです。思考の新陳代謝を繰り返していく間に、思考ノートは頭の中で細胞分裂しては干からびていく「ささくれ」のようなものなのだと考えるようになりました。
僕は生きていく上で、アーティストとして思考を動かし、手を動かし、心臓を動かす、といったコンセプトを大事にしています。僕にとって制作の8割は思考することなので、僕の思考や生活がそのまま作品に反映されてしまうのだと思います。マインドマップを販売したり展示することがあるのですが、みなさん長時間真剣に読み込んでいらっしゃって、胸焼けしないかと心配になります(笑)。僕自身の生き方がひとつのアート作品でありたいですね。
思考ノートには文字や模様のような記述など、その時の考えが自由に書き出され「新陳代謝」していく
Q4. 昨年秋から年始にかけて、島根県の浜田市世界こども美術館で開催された「紙の不思議展」にご出展されましたね。リサイクルされる素材は沢山ありますが、その中でも紙は一番身近で、一番簡単にリサイクルできるゆえにある意味では軽く扱われがちです。印字された内容だけでなく、媒体としての脆さ/柔軟さも相まって「記憶のリサイクル」というVIKIさんの意図に通じるのではと考えています。VIKIさんにとって「紙」はどのような存在ですか?
僕にとって紙とは切符みたいなものです。正確に言うと「切符の内容がこれから印字されるもの」ですね。紙は誰かと(あるいは自分自身と)何かを共有する媒体と考えています。もちろんそれ以外の機能もあります。たとえば、何かを拭き取ったり、燃やしたり。けれど、それは紙である必要性はない。何も施されていないまっさらな紙でも、何かを記すことができる存在として在るのは大きな機能です。
しかしながら、紙の存在を認識することも難しいのではないかと考えています。なぜなら、現代で私たちが紙を見ないことないですし、誰かと何かを共有することは容易に感じていると思うからです。当たり前すぎて見えなくなっているといった感じでしょうか。デジタルツールやSNSの普及によるペーパーレス化も進んでいるので、紙の価値がまた変わってきているのも確かですが、紙はコミュニケーションにおいて広く消費されるもののひとつです。便利だし、柔軟な使い道がありますが、そのぶん脆くて、耐久時間や環境は限られる。まるで私たちの身体や記憶みたいですね。
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社会が積み重ねてきた、「当たり前の存在」となったイメージ
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Q5. 続けてコンセプトについてお伺いします。VIKIさんの作品は「物理的に消費されるもの(レシート)」と、「視覚的/精神的に消費されるイメージ(例:マリリン・モンロー)」という、2つの消費の側面を持っているかと思います。VIKIさんの中で、この物理的媒体とイメージが結びついたきっかけは何だったのでしょうか。
消費とは欲求を満たすために使って無くすことですが、無くなったとしても使った事実は無くなりません。それが積み重なったものだと考え、作品の大きな軸となりました。視覚的、精神的に消費されるイメージとは、日頃から皆さんも目にしているような広告、激流のようなSNSやマスメディアの情報、各業界での誰もが知っているようなイメージです。いまでも美術界でこぞって表現される人気モチーフはたくさんありますよね。マリリン・モンローや性、動植物など毎年よく見ます。なぜそのモチーフを選択したかは各々あると思いますが、それは消費下にあるモチーフだからだと僕は感じてしまうのです。
つまり「当たり前の存在」に近いのかもしれません。その当たり前の日常が僕にとってレシートなのですが、多くの皆さんが最終的にレシートを破棄する選択をします。なぜなら、使い道がない、耐久性がないからです。これは感熱紙特有の劣化しやすい特性と、記載されている情報の重要性によるものだと考えます。だからこそ、僕の手元にそれらのレシートが届き、今の作品を制作できるのですが、レシートのある社会は決してただ棄てるためにレシートを出しているわけではないんですよね。あくまでお金や時間が動いた事象の証明に過ぎない。レシート自体は購入するものではないですからね。今回の作品は社会が積み重ねてきた見慣れたイメージであり、ささくれた情報の集合体なのではないかと感じています。
近作《The clown who lives on》は「tagboat Art Fair 2024」にも出展予定。
作品詳細:木製パネルにレシート、トナーインク、蜜蝋、パラフィン、ダンマル樹脂のコラージュ、130.3x 130.3 x4cm、2024年
Q6. 近作《The clown who lives on》は蜜蝋なども用いられており、表面のテクスチャにも見どころが詰まっていますね。具体的にどのような技法で制作されているのでしょうか。
皆さんにも非常によく言われるのですが、写真で撮るのが難しい、写真と実物が全く違う作品です。いつも、人の眼は凄いんだな、と気づかされます。最初の工程としてはペインティングをしています。そこからレシートをセレクトし、劣化を防ぐために蜜蝋などでコラージュをして、イメージを転写し、またレシートをコラージュ、転写などの工程を繰り返し、何層にもなっています。これは僕にとって現代までの絵画美術史をなぞらえる行為でもあります。レシートに独自の技法を施すと半透明になっていくのですが、下の層が見えるか見えないかくらいになって積み重なっていくので、そこまではカメラのレンズは映さない。下の層の影響を受けてボコボコなテクスチャになったり、イメージが崩れたり、不鮮明になって抽象度が上がっていきます。こればかりは偶然性もあるので、毎回良い意味での事故が楽しいです(笑)。
《The clown who lives on》制作風景
Q7. 制作の中で最も苦慮される点、時間をかけられるのはどんなポイントでしょうか。
消費されるイメージをピックアップするのにいつも苦労します。このイメージでいいのか、世間とのギャップはないか、鑑賞者の思考に何か変化を起こすことができるのか。そんなことを考えたりリサーチをしていると、だんだん自分自身もそれらのイメージのように消費の一部になる感覚に襲われます。いわゆる広告塔の人物などはときに犯罪者かのように扱われていることもしばしばあります。入れ込みすぎると、こういう世界に僕は存在していたのか、とか、なんて僕は無力なんだろうと落胆することもあります。
しかし、そんな僕でも唯一、作品を生み出すことはできます。だからこそ、アーティストとして僕にできることは、作品を発表して、鑑賞者にちょっとした思考するトゲみたいなものを生み出すことはできないかと考え、時間をかけるし、その行為は僕自身の生きる原動力にも繋がっています。
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「tagboat Art Fair 2024」には是非レシートを持って会いに来て
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Q8. 今年も「tagboat Art Fair」に出展してくださいますね。今回の展示ではどのような点に注目して見ていただきたいですか?
ありがたいことに広いスペースをいただいたので、今回は100号などの大きな作品を用意しています。他のアーティストさんもたくさんいらっしゃるので、各ブースを見て歩くスピードは速くなるでしょう。だから、横目で一瞬見ただけではレシートの要素は見えないかもしれません。素通りしてしまうかも。しかし、消費するということはそういう行為に近いのではないかと思います。人は見たいものを見て、信じたいものを信じます。どこかで見たことのある既視感を感じても、それは皆さんの記憶の層が見せているものです。写真と実物は別のもののように、遠くからみえるものと、近づいてでみえるものは同じものでしょうか?少しでも近づくことで、誰かの人生の時間や、積み重なってきた情報が違うイメージを見せるかもしれません。時代に消費されたイメージは私たちのライフログそのものなのではないでしょうか。
最後に、この記事を読んでくださっている皆さんは是非、アートフェア当日、不要なレシートを持って僕に会いにきていただきたいです。僕は皆さんのレシートの何気ないエピソードを聞くのがすごく好きなんです。レシートがコミュニケーションの切符になるって、なかなか素敵じゃないですか。
「tagboat Art Fair 2024」(特設ウェブサイトはこちら)
◎会期
2024年4月26日(金)16:00~20:00 ※26日はご招待のお客様のみご入場いただけます
2024年4月27日(土)11:00~19:00
2024年4月28日(日)11:00~17:00
◎会場
〒105-7501
東京都港区海岸1-7-1 東京ポートシティ竹芝
東京都立産業貿易センター 浜松町館 2F,3F(JR浜松町駅より徒歩5分)
VIKI |
2022年 東京藝術大学美術学部 先端芸術表現科卒業。日常的で記憶に残らないような時間や消費行動を「時間のささくれ」とし、メディアに消費されているイメージを考察しながら制作をする。
【略歴】
2024 個展「mirrorge」(ギャラリー自由が丘/東京)
「100人10」(渋谷キャスト/東京)
2023「紙の不思議展 ペーパーマジック」(浜田市世界こども美術館/島根) 収蔵
2022「アートフェア東京2022」ボヘミアンズ・ギルド(国際フォーラム/東京)
2021「#君って、、、」(TAKU SOMETANI GALLERY/東京)
2020「第14回藝大アートプラザ大賞」準大賞
2019「六本木アートナイト2019」
2019「コミテコルベールアワード2019」入賞
【メディア出演】
MBS「20秒後に買いたくなるアート」アートオークション¥2,400,000落札
TBS「アッコにおまかせ!」
日本テレビ「ヒルナンデス!」