2021年3月に開催予定のアートフェア「tagboat art fair」ではタグボートで活躍する錚々たるアーティストの出展が決まっている。その中の一人であるタルタロスは、本物の紙幣を刻んでコラージュした浮世絵紙幣絵画シリーズが飛ぶ鳥を落とす勢いで人気を集めている。具象から抽象、絵画から彫刻まで幅広い制作手法を操るタルタロスのそれぞれの表現の形に込められた意味を深堀り、<瞑想><信仰>というキーワードを基に日本文化を映し出す作品の真意を語ってもらった。
取材・文=星野
TARTAROS | タルタロス
現代美術家・キュレーター。1969年石川県金沢市出身
ータルタロスさんは石川県ご出身、東京での生活を経て、現在は沖縄県にお住まいですが、今はどのようにアーティスト活動をされていますか?
制作については、基本的には沖縄にあるマンションの一室で作っています。 作品の発表については、タグボートと石川県にあるルンパルンパというギャラリーを中心に行っていますね。
ルンパルンパとは、2016年の東京で開催された「the art fair +plus-ultra」というアートフェアで知り合ったんですね。僕はそのとき彫刻作品を展示していたんだけど、ルンパルンパから出展していた作家の前川さん(前川多仁, 現代美術染織家)に、その時の僕の作品を見て「これすごい」と興味を持ってもらったのがきっかけでした。
ルンパルンパは実験的なことが好きだったり、金沢では異色のギャラリーなんです。しかも蓋を開けてみたらギャラリーがたまたま僕の実家から車で五分くらいの場所にあったりして。そんなことで、2016年から頻繁にルンパルンパで作品を発表するようになったんです。
阪急メンズ大阪「STAY SHINING 展」2020年
ールンパルンパではどのような作品を発表されましたか?
ルンパルンパでは個展に加えて、展示全体をキュレーションしたり、プロジェクトを立ち上げたりしました。例えば、当時ルンパルンパに出入りしていたデジタルペインターの作家の子たちを面白いなと思って、デジタルアウトサイダーというキュレーション企画を立ち上げたり、クロスペインティングという手法でお互いに絵を描き足しながら作品を作るプロジェクトを彼らに提案して、開催したりしました。
あとは石川県には国際便があるので、海外の人たちの出入りがある土地なんですね。韓国のギャラリストがデジタルアウトサイダーを見て声をかけてくれて、韓国でその展示をすることもありました。金沢を中心に活動が広がってましたね。
ータルタロスさんは新しい手法をよくご自身で開発されますよね。
僕はもともとCGデザイナーをやっていて、それからフィギュア原型師、プロダクトデザイン、コンテンツビジネスなどを東京で20年くらいやっていたんですね。その時は職人としてただ作るんではなくて、デザインから企画までやってたので、仕事の中で色々なメーカーに対してそれぞれのコンセプトで商品開発をしないといけなかったんです。そうやって何かを発明するということを仕事の中で訓練としてやっていたので、何かアイデアの素材を見つけたら「こういうふうに発展させたら絶対面白くなるな」ということが自然と思い浮かんでしまうんですよ。
ー仕事ではどのような商品を作っていたんですか?
僕の代表的な商品でいうと、ディスクカバーを発明したことがあって、それはMoMAのカタログにも採用されたり「日本文具大賞」を受賞したりもしました。「M-PAD」っていって、Amazonにもまだ掲載されてますよ。
出典:Amazon
これはもともと、自分が欲しくて発明した商品だったんですね。従来のCDケースって収納したときにかさばるじゃないですか、それが嫌で。シンプル仕様にならないかなと思っていたんです。これは極限までミニマムに設計して、スタッキングしていくらでも詰めるようになってます。時代が電子配信になって時代とともに消えちゃった商品なんだけどね。
※MoMAのカタログ=ニューヨーク近代美術館MoMAのキュレーターが厳選した代表的なプロダクトを販売するカタログ
ーすごいですね!デザインやフィギュア原型のお仕事でも活躍されてたんですね。
ただ、デザインとか原型というのはいわゆる受注制作なので、クライアントの要望に合わせて作るかたちだったんですよね。そのときは自分のクリエイティブ性ということについて自覚したことがあんまりなかったんですけど、東京で仕事をするうちにだんだんとやりきったような感じになっていったんです。ある程度吸収するものは吸収したのかなというか。田舎に住みたいという気持ちが強くなったのもこの時です。
ー沖縄に移住されたのもこの頃ですか?
最初は神奈川の藤野というところに移住したんだけど、結局東京から1時間くらいの場所なんで、都会につながっているという感覚は残っていたんですね。そのあとに花粉の避難旅行として1ヶ月くらい家族で沖縄に行くことがあって。そしたら花粉症がすーっと良くなったので、このまま戻らない方がいいかなという気がして、旅行の後半で家を探してそのまま沖縄に住んでいるといった感じです。それが5年前くらい、ちょうどタグボートと出会ったくらいの時期です。
沖縄のお土産を持ってきてくださったタルタロスさん
ーアーティスト活動を始めたきっかけは何だったのですか?
ちょうど移住を考えていた頃に、今の作品のコンセプトとなっている瞑想体験との出会いがあったんですね。それが強烈な体験で、今まで見ていた現実とは違う現実があるんだな、と実感するようになったんです。この世界を支える、世界の裏側を知ったというか。そうすると、いろんな物事が全部今までと違う風に見えちゃうわけです。それをどう説明したらいいのかっていうのは非常に難しくて、言葉で説明しようとすると陳腐になっちゃうんですけど。
ただ、僕はテキストで伝えることがそんなに上手くないけど、物を作るとか絵を描くということはできるから、そういう感覚的に伝える手法でこの体験を作品にしようと思ったんです。そうやって世界を追求すれば、それに対するある種の答えとか、自分が感じていることを世の中に残すことができるんじゃないかな、と思ったんですね。
今でも作り続けている<IDEA>のシリーズ作品は、その体験を抽象的に落とし込んだ作品です。
「IDEA EARTH 陸地」TARTAROS, 33.4 x 53 cm, 油彩、キャンバス
ー瞑想というのは、どういった形で行うんですか?
<IDEA>の場合だと、作品と向き合いながら1時間くらい手を動かさずに見ているんですね。そうするとぼわっとイメージが浮かび上がってくるんです。よく瞑想をしていた頃に、その無意識に浮かんできたビジョンを描き貯めていて、その時の記録は分厚いファイルで五冊くらいドローイングで残っています。
ー無意識に浮かんでくることを描き出す点は、シュルレアリムの「オートマティスム」とも似ていますね。
ブルトンがやっていた「オートマティスム」の実験では、あるイメージをすごいスピードで文章で描写していくとだんだん現実が見えなくなってきて、窓から変なものが飛び出してきたりとか、幻覚を見るようになったらしいですね。ある境地に精神状態を持っていくと、現実崩壊というか、そういった現象が起こるんですね。そういう意味では、瞑想体験と共通するところはありますね。
ー瞑想を活かした作品は他にもありますか?
浮世絵紙幣絵画のシリーズは、「Automatic Painting」という独自の手法で紙幣をコラージュしてるんですね。切って混ぜて、”見ないで”掴んで貼る。自分の視覚による選択をしないことで、自動的に生成されていく感覚があります。自分でコントロールできない表現を導き出すためにやっているんですけど、そういうオートマティックな手法は瞑想的だと思ってますね。
浮世絵紙幣絵画の制作途中の写真
俵屋宗達が用いた「たらしこみ」という手法も似たところがあって。絵の具を流して自然に出てくる「にじみ」を受け入れながらコントロールしていく手法なんですけど、偶然の要素を導き出して創り上げていくんです。僕も肉体に任せて感覚で作る方法と行ったり来たりして制作してます。こういった手法はもっと追求していきたいですね。
ー2020年は、ホテル雅叙園東京で開催した「TAGBOAT×百段階段展」で浮世絵紙幣絵画のシリーズが完売するなど、勢いのある年でしたね。
浮世絵紙幣絵画のシリーズは、2019年頃から海外のアートフェアでもほとんど完売するようになっていたんです。ホテル雅叙園東京というのは、日本の文化を愛している人たちが泊まって楽しむ場所だと思うんですね。そこで作品を観てくれた人は、日本のシンボリックな浮世絵に興味を持って近づいてきてくれました。けれど、作品にもっと接近するとその絵の中に本物のお金が貼られていることに気付くんですね。その意外性を楽しんでもらえたのかなと思います。
ホテル雅叙園東京「TAGBOAT×百段階段展」2020年
ー紙幣絵画シリーズのモチーフは、なぜ浮世絵だったんですか?
浮世絵は世界的に見ても構図の力がナンバーワンだと思ってるんですね。空間を絵画的にまとめる能力がすごいと思うんです。日本の漫画やアニメはそれを継承しているし、美術史において浮世絵はすごく重要だと思うんですね。それだけではなくて、葛飾北斎の「富嶽三十六景」に描かれている波は、自然を愛する日本人のアニミズム信仰のシンボルにもなっています。北斎の浮世絵というのは、信仰の対象としても重要だと思うんです。
ただ始めに浮世絵を使おうと思ったきっかけは、漠然と「いいな」と感じたというのが大きい理由だったりします。人間の潜在意識というか、無意識に働きかける力の強い絵だと思うんですね。
「Realcamo World AutomaticWAVE 2020 Tokyo GDP Top 5 Camouflage」TARTAROS , 60.5 x 91.5 cm, ジークレー、シルクスクリーン、世界100カ国紙幣カモフラージュコラージュ
ーご自身の直観をきっかけに作品を練っていったんですね。
そうですね。僕が作品をつくるときは、自分の感覚をベースに制作するんです。
ーすごく戦略的に作品を組み立ててらっしゃるのかと思っていましたが、そうではないんですね。でもご自身の作品を、とても客観的にお話してくださいますよね。
自分の衝動がなんなのかっていうところに興味があって、あとで自分で分析するんです。結局自分って世界の鏡じゃないですか。自分の感覚の原因がわかれば、世界の理由がわかるというか、どうして世界がこういうふうになっているか、というのが見えてくるというか。そういうことなのかな、って思うんですね。
でも自分の感覚をベースに好き嫌いだけでやっていると、人とコミットできなくなっちゃうというか。観る人との距離ができちゃうんですね。逆にそれは素晴らしいものなのかもしれないけど、大衆への訴求力ってゆうのは弱くなってしまうんです。観る人との距離を近付けるように工夫もしていますね。
ー彫刻作品については、制作の動機はどのようなものだったんでしょうか。
彫刻作品のキャラクターは、落書きがアイデアのベースになってるんです。友達と電話してる最中に無意識に手が動いて落書きしたりするじゃないですか。あとで見てみると「なんでこんなの描いたのかな」みたいな絵が出来上がっていて、それをなんとなく気になってとっておいたのが、スタートラインになってます。
Nirvana 「阿吽」TARTAROS,仁王阿吽:塑像・デジタルモデリング・3Dプリンター・合成樹脂・ウレタン塗装・人口大理石。スマイル後光:金箔・鍛造・銅・真鍮鍍金
ー仏像を想起させるような彫刻作品が並びますが、そこにはどのような意味があるんでしょうか。
僕が作る彫刻作品は、現代仏像としての意味があるんですね。日本の美術史において仏像というのは、アートである以前に、仏教を広めるためのシンボルとして機能していたんです。わかりやすい信仰の対象物として仏像を設置することで、人々はそれを拝むようになり、権力者はそうして大衆を一つにまとめていたわけなんですね。
信仰のシンボルとして機能した理由の一つには、仏像には人々を魅了するようなフォルムの持つ力が働いていたと思うんですよ。そこに対応するものを、現代に置き換えて作れないかな、と考えたんです。
ー現代の人々を魅了するフォルムが必要だと考えたんですね。
現代において伝統的な仏像を作っても、なかなか本当の意味での信仰対象にならないんじゃないかと思うんです。本質的に機能するものを作ろうと思うと、現代に置き換えたフォルムでなければ、人間の深いところに降りていけないんじゃないかと思うんですね。運慶とか、伝統的な彫刻ももちろんすばらしいと思うんだけど、それは日本の文化とかけ離れたギリシャ彫刻を見たりするのと同じような感覚にも思えてしまって。現代の日本文化におけるフォルムであるがゆえに、より気持ちが入っていけるというか、洗脳されるというか、魅了されるというか、そういった彫刻を作りたいと思ってるんです。
ーそこで置き換えたフォルムが、キャラクターのフィギュアのような形だったんですね。
フィギュアというのは、漫画文化を土台にできているんですね。そもそも日本のアニメが生まれた背景には戦後の手塚治虫があって、手塚治虫が参照したのがディズニーなんです。そこに浮世絵とかグラフィカルな要素を混ぜ合わせてできたのが日本の漫画文化で、今に続くキャラクターのデフォルメはその流れによって生まれています。
僕の彫刻作品もミッキーマウスや手塚治虫にようにデフォルメしたフォルムやプロポーションになっています。僕自身は永井豪や鳥山明がすごく好きなんですけど、彼らも手塚治虫を継承していたりします。日本人はデフォルメされたキャラクターに慣れ親しんでいるから、そのフォルムを見て「カワイイ」と思ったり「欲しい」と思うんですよね。僕はその現象を、一種の信仰ではないかとも捉えているんです。
ー 2021年3月のtagboat art fair ではどのような作品を出展されますか?
浮世絵の紙幣絵画シリーズや瞑想の抽象画<IDEA>シリーズ、彫刻作品やナンバーペインティングといって数字をテーマにした抽象画など、新しく発表する作品も含めて集大成のような形で展示しようと思ってます。
tagboat art fair に向けた展示プラン
ー並べてみると本当に表現の幅が広いですね。
それぞれのアイデアに相応しい表現方法を、と考えると、どんどん増えていってしまうんですね。一つの作品をつくり続けたいと思ったこともあるんだけど、僕は疑い深い人間なので、納得のいく作品ができたとしても結局「なんか違うだろう」って考えちゃうんです。「これでできた!」というのと「これで合ってるのかな?」というのを繰り返しちゃうんで、一つの表現ばかりを作ることができないんですね。
僕は考えがいっぱい出てきちゃうから、作品における「ここがポイントだな」という部分を捕まえるのが難しいんですけど、実験的な制作をいっぱいやっていると、作品と作品の方向が交わる特異点みたいなものがぽこっとでてくることがあって。それがすごく特別なものだと感じるんですね、それを見逃さないようにしなきゃと思ってます。
会期:2021年3月6日〜2021年3月7日
会場:東京ポートシティ竹芝 3F
住所:東京都港区海岸1-7-1
開会時間:11:00〜19:00(最終日は18:00まで)