2021年3月6・7日に開催するアートフェア「tagboat art fair」では、透明なアクリル板を削って描き出す徳永博子の作品にプロジェクションマッピングを施す大規模な映像作品が初公開される。この映像制作を担うコラボレーションの相手は、映像クリエイターとして活躍する藤川佑介。二人はひとつ屋根の下で暮らす夫婦でもある。モノを作る上で真逆のタイプだと語る二人の日常に溶け込む制作の様子を対談形式で伺い、壮大な宇宙や銀河の世界に見出す「人類の始まり」という作品コンセプトに込められた想いについて語ってもらった。
取材・文=星野
徳永博子| Hiroko Tokunaga
長崎県生まれ、東京造形大学美術学部絵画科中退。2017年TAGBOAT AWARD グランプリ受賞
徳永博子展「Pick up points, carefully」2020
ーtagboat art fair で出展するプロジェクションマッピング作品は、徳永さんにとって初めての大規模なコラボレーションです。構想はいつから考えていましたか?
藤川:徳永さんは2017年に『ブレイク前夜』に出演した時に「違う人と一緒になって制作活動ができたら、新しいものがどんどん生まれるんじゃないか」って言ってたよね。
※ブレイク前夜=『ブレイク前夜~次世代の芸術家たち~』(BSフジ)世界に羽ばたく次世代アーティストを紹介する番組。
徳永:大学を辞めてからは作家さんに会う機会がなくて、わりと一人で制作していたんですけど。『ブレイク前夜』に出演したのはちょうどタグボートに入ったばかりの頃で、それをきっかけにいろんな作家さんと出会う機会が増えたんです。制作の話を聞いていると楽しくて、いろんな人と一緒に作品を作れたら面白いだろうなと思うようになった頃だったんです。その次の年に藤川さんと初めて知り合って、仕事でプロジェクションマッピングをしているという話を聞いたときから「何か一緒にできたらいいね」という話はしていました。
左:徳永博子、右:藤川佑介
徳永:私の作品は観る人のイメージが固定されないように、ニュートラルな作りを心掛けているんですね、できるだけ色を使わないようにしたり、アクリル板や鏡みたいに透明感のある素材を使うようにしたり。観る人が、そこにいろんな意味やイメージを重ねられるようにしているんです。コラボレーション制作では、その重なり合ったイメージを作品として見せられたらいいなと思ったんです。
ー藤川さんはプロジェクションマッピングをお仕事にされているんですか?
藤川:映像を使った空間演出の仕事を多く請け負ってますね。建築設計の段階でプロジェクションマッピングを企画して、システムを作るというようなことをしています。例えばニューヨークのチェルシーにオープしたギャラリー「FICTION」では、プロジェクションシステムのデザイン・設計を担当しました。
ニューヨーク「FICTION」での展示風景
ーコラボレーションのきかっけは何でしたか?
藤川:最初は、LEDライトを使って徳永さんの作品に影を映し出すようなコラボレーション作品も面白いね、って言って実験し始めてたんですよ。
徳永:そうそう、家で試してたね。
藤川:LEDの機材を買って試しているうちに、プロジェクターで映像も投影してみようかという話になって。家でちょっとお試しでやってみたら、すごくきれいに映ることがわかって、本格的に制作してみようという話になったんです。
tagboat art fair で予定している映像イメージ
徳永:それから最初に二人で「Genesis(人類の始まり)」というテーマを決めました。そのあとは私は作品を提供するような形で、映像の部分は藤川さんにイメージを膨らましてもらおうと思って任せています。でも制作が進み始めると「これはもっとこうしたらいいんじゃない?」とつい私も口を出してしまって、「いや、違うだろ」って意見が割れて険悪になったりもしたけどね(笑)
ー藤川さんはどのようなイメージで映像制作に取り掛かりましたか?
藤川:徳永さんのドローイングが銀河っぽく見えたので、ドローイング作品をプロジェクションマッピングで投影したり。地球から見て銀河が一回転するような映像をイメージして制作しています。徳永さんの作品は、もともと星座や銀河をコンセプトにしていて、2020年の個展でも星座シリーズを発表してるんですね。「Unleash」という作品も、ピラミッドから星座のシリウスを指す方向に光が射している作品なんですよ。
「Unleash」53x53cm, 徳永博子
ーそもそも「人類の始まり」というコンセプトはどのように生まれたんですか?
徳永:世の中に溢れるたくさんの問題、人口増加、高齢化、温暖化、家庭問題だったり国際問題だったり、どれも人類が生きて行く上でとても重要なことなんだけど、量の膨大さに唖然としてしまうというか、どう考えても時間も身体も頭脳も足りていないな、と思えてしまって。枝葉ばかりを見て木の根っこが見えてないというか。枝葉の問題ばかりを解決しようとしても問題は増えていくばかりで、根っこや幹がちゃんとしていれば、ぶれないというか、揺り動かされないんじゃないかと思うんです。すべての問題の根本はどこにあるんだろうと考えたときに、私たちはまず土台となるものを学ぶべきなんじゃないか、と思ったんですね。
ーその土台として捉えたのが「人類の始まり」だったんですね
徳永:世界的ベストセラーになった「サピエンス全史」という本に、人間がどうやって進化して、生物の中でどのように優位になって今に至っているのか、そしてこれからどこに向かっていくのかということが書いてあって。それを読んだときに思ったのが、そういうことをみんなが知るということが大事なんじゃないかと。この本がいっていることって、そういうことなのかなと思ったんです。
徳光:人類の歴史とか起源でいうと、『KinKi Kidsのブンブブーン』の撮影の中で徳永さんの作品にエロスを感じるっていうコメントがあったのね。「Focus」という作品の形が、女性の子宮だとか性器に見えて、お母さんのような母性を感じるんだって。
「Focus 4」83×53cm, 徳永博子
徳永:そんな意図はなかったんですけど、あの作品についてはそうやってよく言われますね。宇宙をテーマに創った作品なんですけど。
藤川:台中の展示で「Focus」のシリーズを初めて見たときは、まさに俺も徳光さんと同じような印象を受けたんですね。それで徳永さんに「どういったことをコンセプトにして作っているんですか」と聞いたら「ハッブル望遠鏡から見た銀河」って言われて。あ、本人はそういうつもりで作ってるんじゃないんだって知りました。でも「生命の起源」ということをテーマにすると、女性のそれが生命の起源でもあるし、宇宙の起源でもあるわけで。コンセプトとしては両方のイメージがマッチして、つながってきた。点と点が線になってつながってきたのかなって思っています。
ー「人類の始まり」や「銀河」など、徳永さんの作品は文明の土台となる自然界と向き合うものが多いですね。普段はどのようなものにインスピレーションを受けているんでしょうか?
徳永:森に行ったり、山に行ったりということが一番大きいんですけど。もともと私の実家がすごく田舎だったんです。長崎なんですけど、家の後ろが山、前が海、隣が川っていう全部が自然に囲まれたところで育って。星も見えるし、夕日も海に落ちるような場所です。子ども時代は海の縁に防空壕の跡があってそこで遊んだり、海岸に打ち上げられたクラゲを「生きてるのかな?死んでるのかな?」「海に帰りなさい」なんてつついて遊んだり。子どもの頃って生き死にをとらえる感覚がそこまで重くないから、平気でそんなことしてましたね、罪深いですよね(笑)そういうところで育ったので、今でも1年に何回かは山とか森に行かないと気持ちがすさんでしまう気がします。色々とモヤモヤ考えすぎちゃうタイプなんですけど、自然がある場所に行くとほっとするというか、落ち着きますね。
藤川:自然の風景を鏡に映り込ませる<場に置く>シリーズの作品もあるよね。
「場に置く -In the forest 2_1-」徳永博子, 38.1 x 25.4 cm
徳永:「In the forest」は、実際に森の中に作品を持って行って撮影したんです。私の作品にはどれも共通して鏡を使っているんですが、周りの風景が作品に映り込むように作っているんですね。ギャラリーで展示すると他の作品が映ったり、白い壁が映ったりするんですけど、これは森の中の木々や空が映り込んで、私の描いたものと混ざりあうようなイメージなんです。
ー藤川さんも自然はお好きなんですか?
藤川:徳永さんより僕の方が都会に耐えられなくて、しょっちゅう海に行ってますね。実は徳永さんは海に飽きてる節があって、海より山とか森によく行くんですよ。僕は山が苦手なんで、海ばっかり欲していて、好みが真逆ですね(笑)
徳永:そういえば二人とも映画はSFが好きなんだけど、私はスタートレック派で、藤川さんはスターウォーズ派っていうところも、相容れないよね。私は日常的な宇宙の生活が好きなんだけど、スターウォーズっていろいろ大きな展開が起こるじゃない。それに比べてスタートレックっていわばロードムービーだから、淡々とストーリーが展開していくのがいいんだよね。
藤川:何が面白いんだろ、なんて不思議に思ったりするよね(笑)
徳永:二人とも宇宙が好きっていうところは共通してるんですけどね(笑)
ー今回初めての共同制作をしてみて、お互いについて発見することはありましたか?
藤川:俺はデザイナーの目線でいうと、徳永さんの作品は最終的な仕上がりが美しいし、作業が細かくてきれいに仕上げてくるなと思いましたね。
ー制作は同じ部屋で行ってるんですか?
藤川:徳永さんのアトリエは家と離れた場所にあるので、実はちゃんと制作しているところは見たことないんだけど。アトリエから帰ってくると顔が黒くなってることがあるよね、パンダみたいに(笑)俺は家で黙々と映像を作ってるんで、手も汚れないんですけど。
徳永:そう!藤川さんの手ってすごいフワフワしてるんですよ。私の手なんかガサガサして、金属削った後とか手がボロボロになったりするんですけど。
藤川:あとは俺は考え込んで設計してから作るんで、作り直しがないタイプなんだけど、そこは徳永さんとは完全に逆という感じがする。
徳永:藤川さんはすごくロジカルだよね。私はロジカルに物事を考えるというより、作り始めも感覚的に見切り発車でやるんですね、じゃないと動けなくなっちゃって。でも、何も考えていない状態で作り始めると心の底で思ってたり感じてたりすることが途中で湧き出てくるので、「あれ?私こんなこと考えてたんだ」っていうことに自分自身が気付くんです。そこからアイデアを拾っていったり、イメージを広げていくんです。
ーお二人の制作の進め方は正反対なんですね。
徳永:私たちは考え方が全く逆なところがあって。でも、だからこそ一緒に仕事したり生活する上で、上手くバランスをとれてるんだと思います。
ーtagboat art fair はどのような展示にしたいですか?
徳永:今回はコの字型のブースに出展するんですが、中央の約4mの壁一面にプロジェクションマッピングを投影するので、ぜひこの新しいチャレンジを見に来ていただきたいです。両サイドは星空をイメージして、小さいライトで一つ一つの作品がぼんやり光るような展示を計画しています。プロジェクションマッピングの映像は4部構成で、ローテーションして常に上映している予定です。開催に向けて現在も制作進行中なんですが、新しくできた映像も死ぬほどかっこいいので、ぜひ楽しみにしていてください!!
タグボート人形町ギャラリーにて
会期:2021年3月6日〜2021年3月7日
会場:東京ポートシティ竹芝 3F
住所:東京都港区海岸1-7-1
開会時間:11:00〜19:00(最終日は18:00まで)