「時間のささくれ」をテーマとして制作するアーティスト、VIKI。主にレシートを使用して制作する。ライブパフォーマンスでは、感熱紙やレシートに、熱を与えると変色するという特性を利用しアイロンで描く。
2020年12月に開催されたタグボート主催の公募展「Independent Tokyo 2021」と同時開催された、タグボート取扱い作家によるグループ展「TAGBOAT ART SHOW」、そして2021年1月に馬喰町のTAKU SOMETANI GALLERYで開催された個展では、漫画やLGBTQなど、これまでと大きく題材を変えた作品を展示した。
東京藝術大学入学時の2016年からアーティストとしての活動を開始し、精力的に展示やパフォーマンスを開催してきたVIKIのこれまでのキャリアを振り返り、3月に開催される「tagboat art fair」での展示構想を伺った。
取材・文・撮影 = 寺内奈乃
VIKI
感熱アーティスト。東京藝術大学 美術学部先端藝術表現科 在学中
馬喰町・TAKU SOMETANI GALLERYにて1月9日~24日に開催された個展「#君って、、」は、新作「ハッシュ シリーズ」を展示。展覧会タイトルで使用されている「#」は、SNSで使用されるハッシュタグのこと。個人が他者に、安易かつ短絡的にラベルを張るようなこの行為をキーワードに、作家自身のアイデンティティを紐解くような展示になっていた。
新作で描かれている作品のテーマは「ショタ」。可愛い外見の男の子を指す俗語であり、日本のオタクカルチャー内で少年に愛着を示す嗜好として「ショタコン」という言葉が用いられる。「鉄人28号」の登場人物である金田正太郎に由来するという。
展示作品には、性別や年齢などの属性によるステレオタイプな特徴を想起させるため、各モチーフが記号としてちりばめられていた。
キャンバスにポップに描かれた少年のようにあどけない表情の全裸の人物。床には脱いだ後のようにハイヒールが置かれている
―作品からいい匂いがしますね。
ハイヒールの中に、赤く色づけられたヒノキのチップが入っていて、ザクロの香りが付いています。
ザクロはエストロゲン(女性ホルモン)作用があるとされているんですよ。
ー作品にヴェールのようなものがかけられていますね。
オーガンジー素材を使っています。作品は自分の皮膚、細胞のようなものだと感じていて、オーガンジーは自分の分身、皮、老廃物、細胞のイメージを表しています。
キャンバスのサイズは4コマ漫画の比率で作られている。コマ割りのように4分割された人物が二人並ぶように展示されている
ーこの作品では、なぜ制服を描いているのですか?
この作品でも自動的に女、もしくは男と思わせる機能として「制服らしい」イメージを描いています。作品内に描かれた人物の実際の性別は、本当のところは一見しただけで理解しようもないですよね。
ーVIKIさんご自身は学生時代、制服についてどのように思っていましたか。
中学校のとき、制服を着るのがすごく嫌だなと感じたんです。成長するにつれ、制服って本当に必要な物なのか? とますます思うようになって。制服を着るのが当たり前の社会に慣れすぎている自分に気づいたときには衝撃を受けました。
運動会で全員が強制される行進も、意味が分からないと思ってました。これが普通なのかな?と最初は思ってましたけど、いや、やっぱり違う 、って。まるで軍事教育思想のようですよね。日本という社会が学生を操作しやすいように洗脳しているかのように感じます。
着せ替え遊びができるラベリングシール「ご入学おめでとう!編」
僕は学校社会における制服の着用をイニシエーションと捉えています。
ショタというのが商業的な文脈に乗って売買されていく、つまり社会の中で「若さが売れる」というのはどういうことかについて見せることも個展のテーマに含んでいます。
漫画のように吹き出しや、スクリーントーンの効果が描かれる
ドローイングのシリーズ。最近では白い紙ではなく紙ナプキンや紙袋など、人が使ったものに描くことが多いという
ー今回の作品は、LGBTQや日本のカルチャーである漫画など様々な要素が入っていますが、どのように構想されたのでしょうか?
文献で調べつつ、経験や自分の思想が世間からはどう捉えられているのかと比べ、すり合わせながら咀嚼していました。
ー展示会場にもありましたが、制作のときには、マインドマップを用いていますか?
はい、作品や展示コンセプトについてリサーチするときはマインドマップで構想します。単語や短いセンテンスを思考から抽出し、要素を拡張・分解しながら、統合していきますね。
常に多読(一度に多くの本を読むこと)していて、電子書籍ではなく紙の本に、印をつけながら読みます。膨大な情報量から気になったキーワード を拾い上げています。
個展「#君って、、」のコンセプトがマッピングされている
ー日頃から絶えず精力的に情報収集をされているのですね。
そうですね。僕は頭の中ではとめどなく色々考えています。
小さいころから大人しいとよく言われていましたが、脳内はずっと考え事で溢れていて小宇宙みたいでした。
嗅覚や聴覚など、感覚もすごく敏感なんです。普通に生きていてるだけで、一般的な人より多くの情報が入ってきてしまいます。
それらは溜め込んでしまったら排出しないと生きていけない ので、作品が自分とっての一番心地よい、なくてはならない吐き出し口 になっています。
ーレシートの作品を作り始めたのはなぜですか?
幼いころから言いようのない、湧き出る感情というか、青い熱がありました。
小さいころからずっとレシートを触ってたんです。 おばあちゃんと一緒によくスーパーに行っていて、たまたまレシートを触ったら黒くなったんです。 それが気持ちよくて、爪の摩擦熱をレシートに与えていました。 紙とペンではなく、いつの間にか、自分の生活の一部になっていたのがレシート。歯磨きをすることや、空気を吸うのと同じですね。
でも、レシートがまさかアートになると当初は思っていなかったんです。 大学受験前は、パフォーマンスの時に白い感熱紙を使っていました。
レシートに改めて着目したのは受験生のとき。 ある日、ふとレシートを触っていて、レシートには個人情報や買い物をした時間を含まれていて、まるで僕の細胞の剥がれ落ちたものみたいだ、と急に気が付いたんです。今まで 当たり前すぎて気づいていませんでしたが、これで作品を作るべきだと思いました。
ー今では全国からVIKIさんのもとにレシートが送られてきます。 最初からすぐに集めることができましたか?
人って一日に何回も買い物をしますから。最初は予備校の友達から、すぐ集まりましたね。
自分より他者のレシートのほうが、読んでも面白いし、状態、しわにも人それぞれの個性を感じて面白い と感じます。
以前こんなことがありました。僕のことを好きでいてくれた子がいて、レシートを郵送で送ってくれたんです。
その人は、毎日同じことの繰り返し。ランチにはコンビニでお弁当を買う。なんてつまらない毎日の繰り返しなんだ、と思っていたそうです。
でもそのレシートが僕の手によって作品化し、発表されると、「私の生きていた時間は必要で、意味のあるものなんだ」と感じて、そうツイートしてくれたんです。
その経験から、僕のやりたかったことはこれだ、と気づきました。
ー 印象深い経験ですね。それから確信を得て作品の発表を続けてこられたのですね。
そうですね。
レシートの作品も、今の個展のテーマもそうですが、ふと日常の中で思い出したときに見えるものを制作したいんです。 その人にとって当たり前すぎること、それが全ての制作のテーマである「時間のささくれ」の根幹にあります。
ー 近年ではタグボート主催のアート解放区、タグボートアワードなどをはじめ、多数の展示に出展されていますね。
全体の展示構成を考えて、作品を公に発表するようになったのは3年前くらいです。
それまではアートコンペとかそういう概念が自分の中になくて。
(徳光)タグボートではアーティストの皆さんが横のつながりを意識してもらうよう心掛けているんです。 多くのアーティストは1人で制作しますが、他者の存在を意識するから刺激を受けるし、頑張れると思います。
それはすごく実感します。タグボートには多くの所属作家さんがいるので、一つ参加すると横のつながりが生まれやすいです。
他のイベントでもタグボートのアーティストが出展されていることがあり、コミュニケーションが増えましたね。年代やバックグラウンドも様々ですが、だからこそ話しやすいです。
ー VIKIさんは現在、東京藝術大学の美術学部先端藝術表現科に在籍されています。アーティストを目指す中で、これまでどのように活動されてきましたか?
始めは藝大に行こうとは思っていませんでした。 美術をやりたいけど、モチベーションを持続させるためには仲間、戦友がほしい。そのためにまずは予備校にいくことにしました。
それから、「目標をたてないと作品を作らないだろう、では藝大にいこう 」とモチベーションを保つために目標設定をしました。
いざ、受かった!でも卒業したらその後どうなるかは分からない。それまでに作家にならないといけないと思って、在学中から作家活動をスタートさせました。
ー 以前は芸能活動をされていたとお伺いしています。
アーティストとして活動を初めてからは度々メディアに取り上げられており、テレビにも出演されていますね。
はい、でもアイドルとして食っていくつもりはありませんでした。それより、自分はアート作品を作りたい、ディレクションをしたい という気持ちの方が強いということが分かったんです。 俳優やモデルはお題があって、指示されて動くプレイヤー と言えます。 でも作家は、作品そのものがプレイヤー。 作る、プレゼンする、演出する側が自分には合っています。
自分自身がアート作品として生きていきたいと思っています。
アーティストとして発表するようになってからは、120%の力で、そのときの最高の自分自身を表現しています。 常に全力投球で「まだできる、もっとできる」と思って臨んでいるからです。 手を抜くことができないのは、僕の課題でもあります。
ー コロナ禍の前後で、発信の仕方など何か大きく変わったところはありますか?
以前はツイッターでは最低限の情報発信でしたが、今は関係ないことやちょっとしたつぶやきを発信するようにはなりましたね。
コロナ禍の影響があることといえば、ライブパフォーマンスができなくなってしまって。そこで、ファンの方とつながりを持つ場として週1回ツイキャスをやるようになりました。
ー多くの人にVIKIさんを知っていただく機会を持てるのは素晴らしいことですね。
見せたい部分を見ていただくことも大事ですが、素を見られてしまう、ということも配信の魅力だと思ってます。
たとえば変顔をしてるとか、バラエティ番組に出演してもみくちゃにされてるとか、そういう要素が大事だし、そういう素の瞬間のほうが美しいのではないか と思います。
ーたしかに、そういった瞬間に作品だけでは見えなかったアーティストの素顔を知ることもありますね。
それから、自分のやっていることは「時間芸術」だと思っています。
作品のレシート自体も過去という時間を含んでいるし、何より描いている過程の時間が一番面白い。
でも、オンラインやSNSで作品の画像だけを見せると、時間の経過は見せることはできないので、もっと動画や配信でそこを見ていただきたいと思ってます。
ライブパフォーマンスでは、レシートで作った巨大な画面にアイロンで熱を加えてダイナミックに描く。
ー3月にはタグボートが単独で主催するアートフェア「tagboat art fair」に出展していただきます。どんな展示になる予定ですか?
今後もTAKU SOMETANI GALLERYで展示したような作品もアップデートしてまた発表するつもりですが、tagboat art fair ではこれまでメインに制作してきたレシート の作品を展示します。
ーtagboat art fairでは「接触する」とうテーマで展示予定ですね。これはコロナ禍を意識されたテーマでしょうか?
コロナ禍だからというよりは、次の制作のテーマとして自然と「接触する」という考え方が出てきました。
「接触する」という言葉には、「手と手が触れ合う」などの物理的なもの以外にも、ほかにもっと広い意味があると考えています。
例えば、言葉を発して相手から返答が返ってくるとか、インターネットに載せた言葉を誰かが見る、というのも「接触」。
人と人、物と場、時間とのつながりも、すべてひっくるめて「接触する」というテーマとして発表していきたい と思います。
展示会場ではパフォーマンスもやるつもりです。
ー 楽しみです。何を描く予定ですか?
何を描くかは当日決めることが多いんですよ。
パフォーマンスの時が来るまで、テーマの「接触する」とは何かをずっと考え続けて、 そのとき出した答えが導き出すモチーフを描きます。 僕自身もそのときになるまで何が「降りて」くるかはわかりません。
ー VIKIさんのアーティストネームである、Viablekidという名前の意味について教えてください。
また、ここまでのキャリアを経て、いま新たに何かその名前に対して思うところや、気持ちの変化はありますか?
「Viablekid」とは、「Viable」=「存立可能な」「生存可能な」、「kid」=「こども」、という意味です。
最近意味が付された、アップデートした考え方としてはこうです。
「僕には、少年期が無かったのではないか?」と思うんです。
もちろん身体的な少年期はあったし、いまも精神的に未熟という意味では僕の中に少年的要素はあると言えますが… 少年特有の無邪気さや、心を許す、何かを信頼する、という感覚を持ったことが、一般と比較してあまり無かったほうだと思います。
いわゆるキラキラした少年の心への憧れを抱いていて。だから、「こども」らしさを持つ「こども」でいたいと思います。
でも、時間が経って大人になっていくことには抗えない。いくらこどものままでいたくても、大人になりなさい、と言われてこの社会では育てられますよね。 誰しも、だんだん成長して、性別、国籍とか自分の属性に抗えなくなっていきます。
そいうあらゆる縛りを取っ払ってでも「こども」でいたい、そういう感覚があります。
(VIKIマネージャー)つまり「こどもの心を持ち続けたい」?
そうですね、身体的にも精神的にも。
会期:2021年3月6日〜2021年3月7日
会場:東京ポートシティ竹芝 3F
住所:東京都港区海岸1-7-1
開会時間:11:00〜19:00(最終日は18:00まで)