2023年8月に開催された「Independent Tokyo 2023」でタグボート特別賞を受賞したアーティスト、松山蒼。作家は東海大学教養学部芸術学科美術学課程を卒業後、約10年のブランクを経て再び筆を取りました。
スタイリッシュな画面と綿密に構成された舞台背景の交錯が魅力の作品を生み出す松山さんに、今回初めてお話を伺いました。
松山蒼 Sou Matsuyama |
_松山さんが制作を始めたのはいつ頃でしたか?何かきっかけはありましたか?
大学3年生の頃、すでに同じ学部の先輩方が盛んに作家活動をしていました。彼らが大学や外部のイベントで発表しているのを見て、触発されて自分も絵を描くようになりました。その先輩方は今でも制作活動を続けて絵を生業とし、模範を示してくださっているのでとても尊敬しています。
_アーティストを目指そうと思った経緯を教えてください。
大学を卒業して実家の製造業に入ったのですが、仕事が忙しく、作家活動はあまり思うようにいきませんでした。効率的な時間の使い方も方向性も分からず、10~11年もモチベーションゼロの空白期間を過ごしてしまいました。それでもいつか個展をやりたいとぼんやり思っていたのですが、ある時一念発起して、最初で最後になってもいいから思い切りやろうとまた筆を持ったのが2020年のことでした。その時は、アーティストになろうというよりは、後先考えずにひとまず目の前のモヤを振り払うような感覚だったと思います。
_現在の作風が確立するまでの流れを教えてください。
長いブランクを経験していたので、それまでの作風で描くことが難しくなっていました。2020年の再始動の頃は、色々と試しては廃棄するということを繰り返していたので、「今の自分が主体的に取り組む事の傍らにあるものが、どういうものであったら安心するか・次の行動ができるか」などを文字に書いたりしてみました。すると浮世絵や少し古い漫画が好き、はっきりとした輪郭線のある絵に憧れていた、というのが段々と分かってきました。それで描き続けていくうちに、徐々に今の作風になったという経緯があります。
_具体的に影響を受けた作品などはありますか?
絵画作品に関しては、葛飾北斎、月岡芳年、ハーナン・バス(Hernan Bas)、ネオ・ラオホ(Neo Rauch)などの人物が主題のものが好きです。漫画では、鳥山明氏の『ドラゴンボール』を「週刊少年ジャンプ」で読む世代でした。他にも、手塚治虫の『ブラックジャック』や『アドルフに告ぐ』などの社会派作品は背骨を掴まれるような深い問いかけがありますし、横山光輝の『三国志』や『史記』も壮大なスケール感があり大好きでした。映画は、戦争映画やドキュメンタリー作品、ラース・フォン・トリアー監督作品などを繰り返し観ていました。マイケル・チミノ監督の『ディア・ハンター』は、結婚式の情景からつらい戦場へと場面が急展開し、親友の人格が変わっていく様子がリアルに描かれていて、非常に強い印象を受けました。
絵を描かない期間に多くの芸術作品を知ることができたのは、今となっては良かったのかもしれません。
_制作をしない時期は松山さんにとって貴重なインプットの期間になっていたんですね。活動を再開された後、どういったタイミングで作品の発表を始められましたか?
現在の作風を最初に発表したのは、2022年11月のgallery Q(銀座)での個展でした。
2020年に一念発起した後、とにかく目標を定めて仕事をしながらでも制作することにしました。10年以上も何も描かないブランクがあったのですが、大変ありがたいことに、過去作品のファイルを見てくださったgallery Qのオーナーさんが快く展示の予約を入れてくださいました。結果、その個展は自分にとってかけがえのない経験となり、本当に心から感謝しています。
gallery Q での個展の様子
_アーティストステートメントについてお聞かせください。
私の作品には人物や犬がよく出てきます。彼らの多くはバックグラウンドを持ち、作品の内容も映画の一場面のような状況を描いています。映画の重要なシーンでは、登場人物がフラグ的なセリフを言い放ったり、一人にフォーカスしてカメラがゆっくりと寄っていくというようなものがあると思います。私たちも日々社会や家庭の中で生活していれば、思うようにいかないフラストレーションを抱えた状況を打開するときに言動・行動で表現したりします。そうしたことから、私の作品のほとんどでは登場人物のセリフが題名となり、描かれているのが何者でどんな場面なのかを示唆する要素となっています。もともと、漫画大国の日本で生まれて幼少期はよく漫画やアニメを見ていましたので、独自のキャラクターを作って個別のシーンを考えるということは自然な流れなのかもしれません。
また、私は背景などにエンブレムやマークを描きますが、これは登場人物の「所属先」を示します。何らかのチーム、団体、企業、または国家など、各々の所属先のマークを共有して集合体に属すると、人々は組織の一員として連帯感や責任感が芽生えて個々のパーソナリティが強化されることがあると思っています。その「とある集合体」の中でキャラクターたちが能力を発揮したり、困難に直面している場面などを描くことが私の作品の一つの特徴でもありますので、今後も続けていきたいと思います。
_背景のエンブレムはデザインも特徴的でバッチリきまっていますよね。こういった装飾部分のインスピレーション源などはありますか?どのようにデザインされているのでしょうか。
かなり昔ですが、工業高校のデザイン科時代に課題でロゴマークや広告を手描きしていました。現在はCADソフトを使って何も見ずに作図し、納得するまで形にこだわります。
絵を観た瞬間にその人物の背後に何らかの「組織や集合体の影」があるのだと連想できるように、比較的簡素でちょっと怖そうな形状をイメージして作っています。
CADで背景のエンブレムをデザインし、敷き詰めていく
_作品はどうやって作られていますか?技法について教えてください。
絵の制作を再開した頃、どうしても自分の筆致が拙く見えてしまい、マスキングとアクリルスプレーを使用するようになりました。もちろん今でも筆は使いますが、現在は制作のほとんどがスプレー作業になります。夜ふけにラジオを聴きながら、マスキングテープで養生した後にカッターでカリカリと線を描いています。スプレーで異なる色の噴霧を重ねることで微妙な色彩の濃淡を出しており、かつ噴霧跡をそのまま残すことが現在の表現の特徴です。
制作風景と愛用のスプレーたち
_作品制作で困難な点や苦労する点はありますか?
登場人物の背景や性格を考えること、物語の妄想を膨らますことは、苦労もありつつとても楽しい作業です。ただ、これは行き過ぎていないかとか、何度も振り返って考え直す事は重要だと思っています。その他の苦労は作業時の構図を決めるときに悩むなどの細かいものですから、全体の楽しさに吸収されてしまうイメージです。
_今後の制作において挑戦したいことや意識していきたいことを教えてください。
今後取り組むことの多くが「自分の型に則した試み」になると思います。製造業で「金型」を作って製品試作をしている背景もありまして、自分の「型」の中で何千通りもの試みができるよう小さなトライアンドエラーを怖がらずに繰り返すことが重要になるのではないかと感じています。
今後作りたい作品としては、もっと不可解でゾクっとするようなものや地球外・SFの要素を含むものなど、すでに色々な空想が進んでいます。基本的には今と変わらず、映画のワンシーンのような絵画、短い物語に沿って人物が登場するような絵画などを描き続けていきたいです。
最新作《このままでは、修復できなくなる!》アクリル・キャンバス、45.5x 53 x3.2cm、2024年
_松山さんは現在 tagboat ギャラリーにて「Independent Tokyo 2023 Selection」展に出展中のほか、4月開催の「tagboat Art Fair 2024」にも出展予定です。是非ご注目ください。
松山蒼 Sou Matsuyama |
1982年 神奈川県生まれ
2001年 小田原城北工業高校デザイン科 卒業
2005年 東海大学教養学部芸術学科美術学課程 卒業
【個展】
2022年 gallery Q (東京)
【受賞歴】
Independent Tokyo 2023(タグボート特別賞)
【アーティスト・ステートメント】
主に人物や犬などを描いている。昨今のオタク・アニメ・東京的カルチャーに対する造詣は多くはないが、幼い頃に観たアニメなどの影響で、自然と二次元的な画風になる。ストーリー性のある情景やセリフの場面など、重要な分岐点になる映画の一場面 (導入場面・フラグ・口論など)に、強い関心を持つことが多い。そのような場面では、登場人物にカメラがゆっくり近付き、クローズアップされる。マークやエンブレムには、人々の連帯感や集合意識、一部の社会、組織、といった概念が傍らにあるので、モチーフとして大切にしている。何者かの人生の一瞬をのぞき込むような絵画になればいいと思う。