廣瀬祥子は東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻卒業、 Independent TOKYO2018にて審査員特別賞を受賞。
「ひろせ」名義でイラストレーターとして活躍しながらも現代アートの領域で作品を発表してきました。デジタルの描画技術 を駆使しながらもアナログな表現をミックスするスタイルで制作し、近年では古来より絵画表現に用いられてきた重層構造をテーマとして、下絵の段階~数十層ものレイヤーからなる、デジタル上で作成したデータを出力したものの上に、描画材を用いての物質を伴う「レイヤー」を新たに追加しています。
イラストレーター「ひろせ」と、現代アーティスト「廣瀬祥子」両方の顔を持つ廣瀬さんに、二つの領域で絵を描くこと、過去から現在への変遷、そしてアーティストとしての目標について伺いました。
インタビュー・テキスト = 寺内奈乃 撮影 = 丸岡幸枝
廣瀬祥子 Shoko Hirose 作品ページはこちら |
ー廣瀬さんの作品はやはりデジタルで制作されていることと、漫画やアニメのような描き方が特徴的ですね。
そうですね、まずは私がこのようなタッチで制作するようになったきっかけからお話しします。
私は予備校のころから油絵科に入り、ずっと油絵を描いていました。でもある時、絵が描けなくなったんです。すごく辛いことがあって、生きているだけで精いっぱいの時期がありました。
そんな時、ゲーム会社の方からインターンに誘われました。スマートフォンゲームのキャラクターなどを描く仕事です。そこで仕事をしているうちに、小さいころからアニメやゲームの真似をしてイラストを描くことが好きだったことを思い出したんです。アニメタッチの絵を描くことで、また絵が描けるようになりました。それ以来、この描き方です。
絵画の歴史は、古代の壁画に始まり、宗教画や肖像画に派生していき、描き方もどんどん変わっていきました。時代の移り変わりの中で、世の中の流れや時代背景の変化、テクノロジーの進化により人々が描く絵も変わっていきます。
私は主な手法としてデジタルで描いています。藝大の油絵科で学びましたが、今は色んな手段を選ぶことが出来る時代です。慣れ親しんだデジタルな手法を使うことが、現代における絵画への私なりのアプローチだと考えています。
ーいつ頃から今のようなアニメタッチの絵を描いていたのですか?
幼稚園のころからです。私が生まれた頃は、子どもが見るような夕方の時間帯にアニメがよく放映されていました。今では深夜に放映するような萌え系のアニメや、「エヴァンゲリオン」など大人が楽しめるものも普通に夕方放映していましたね。絵を模写する道具としてトレース台がありますが、トレース台の存在を知らない子供のころだったので、録画したアニメを一時停止して、その上に紙を置いてそのまま模写していました。
当時は雑誌もまだ買えませんでしたし、そうやってアニメの絵を真似してどんどん描いてました。
ーいつ頃まで描いていましたか?
イラストは中学生の頃まで描いていました。子どもの頃からイラストをネットに投稿していたのですが、デッサンが酷いとか酷評されたことがありました。
「新世紀エヴァンゲリオン」の貞本義行先生、「デスノート」の小畑健先生、「天上天下」の大暮維人先生が大好きでした。そういう比較的リアルタッチな絵をお描きになる先生方に憧れて、とにかく画力が欲しいと思って、ネットで「画力」とか検索して絵の描き方を調べたりしていました。
昔はセル画的にはっきりとした色、線で描かれる絵が主流だったのですが、大好きな貞本先生が、当時世に出ていたイラストとしては珍しく油絵みたいな厚塗りの描き方を取り入れていて、憧れました。貞本先生が美大に通われていた事を知り、私も美大に行けば貞本先生みたいな絵が描けるようになるのかなと思って、美大を目指すようになりました。
ー漫画ではなく、イラストを描いていたんですね。
漫画も描きたかったのですが、私には向いていないと思いました。漫画を描ける人はすごいですよ。単純に描く量も多いですし、ストーリーを考える力もないといけません。演出の能力やコマ割りもあると考えると、漫画家の持つ総合力を痛感させられます。
ー高校からは、受験絵画に切り替えられたのでしょうか。
美大予備校に行くまでは、イラストや漫画を真剣に描こうとしていたんです。でもやっぱりなかなか上手くならなくて。
結局、その時は受験も大変だったし、絵がうまくなるまでは止めようと思って、一切描かなくなりました。
その後藝大に入学したのですが、学校の外のコミュニティですごく辛いことが起こったんです。
当時友達だった人に、私がやってもいない、間違ってもやる訳が無いような酷いことを私が「やった」という噂を流されたんです。何の脈絡もなく。全体の人数は分かりませんが、私の知らない人まで、結構な人数に言いふらされてしまいました。同じコミュニティ内の私の友達にも信じてしまった人がいて、追い詰められた私は一時期人間不信に陥ってしまいまました。未だに誤解が解けずそれをを信じてしまっている人もいると思います。
それが藝大の1~2年生の頃のことでしたが、ノイローゼになってしまい、もう毎日生きているだけで精一杯でした。
ショックが大きすぎて、絵を描こうとしても、まるで子どもが描いたかのようにデッサンもとれなくなり、小学生の頃よりも描けなくなってしまったんです。
それまで積み上げてきた油絵の描き方、技術や経験が頭から全部吹き飛んでしまったようでした。
ーそれは辛いですね…。
自分がぐちゃぐちゃになって、消えてなくなってしまったような気持ちで、悪夢のような日々でした。信じてもらいたくても、「私はやっていない」と主張することも憚られて…。
でもそんな中、当時の藝大の友人たちが支えてくれて。一緒に過ごすことでだんだんと癒されて、精神的に立ち直っていきました。その友達は今も付き合いがありますし、ずっと仲良くしたいなと思っています。
ゲーム会社の方からインターンに誘われたのもそのころでした。そこで、絵を描き始めるきっかけになったアニメや漫画のことを思い出したんですよね。そして、もう一度イラストを描いてみようと思うようになりました。
一度何も描けなくなってしまったので、最初はひどいものでしたけど、ゲームの会社で仕事を教えてもらいながら、また絵を描き始められました。
リハビリがてら、まずは線画を練習し始めて、デッサンを通っていた予備校の先生に見てもらったり、有志のクロッキー会に行ったりして、壊れてしまったものを直していきました。
ー一度失くしたものを取り戻すのは時間がかかりますよね。
そうですね、3年生の終わりくらいまで精神的に追い詰められてしまって絵が描けなくなってしまっていて。でも一度全部技術が無くなったんだから、最初から始めればいいじゃないか、と思ってやり直しました。
そして、無事に卒業制作も提出することができました。そこから、今のお仕事につながる方に声をかけていただいて。
ー廣瀬さんの卒業制作の作品はシンプルで潔さを感じました。
「If I (can) see the “Light”」, 119 x 74.5 cm, インクジェットプリント、アクリル板/CD- ROM
以前は、パソコンでは絵を描くときの最低限の機能しか使えなかったのですが、ゲーム会社でのインターンや社員としての仕事を通して、ゲーム業界で第一線で活躍されている方から2D、3Dの技術を直々に教えていただきました。3DCGのプロジェクトでキャラクターモデリングもできましたし、本当にためになりました。 おかげで卒業制作の時は、学校でMacBookとでペンタブで制作出来るようになりましたし、必要に応じて3D CGを用いた2Dの作品も作っています。
ー最新作でも背景に3DCGの技術が使われていますね。
ゲーム会社では直接背景制作の業務に携わったわけではないのですが、モデリングの基本的なところは教わったので、見よう見まねで作りました。
こちらの作品では3Dソフトで建物を作り、エッジの部分が線画として描画される処理を行って背景として使っています。
3DCGなら自分で3Dモデルさえ作っておけば角度を変えたりして好きなように使えますし、パースももちろん完璧です。例えば描くと大変時間がかかってしまいそうな連続する形なんて一瞬でできてしまって、作業効率もとても上がるのでこちらの技術も今後研究を続けて行きたいです。
ーゲーム制作の知識が盛り込まれているんですね。
最近のアニメ制作会社も3Dで背景を制作することが多くなっています。全部手で 描いていると大変ですよね。一度データを作ってしまえば何度でもどんな角度でも使えますから。
これまで、イラストを発表するときはできるだけ速く作品を発表することばかり考
えていました。SNSなどインターネット上で作品を発表して自分の作品をクライア ントさんに気に入っていただかないと、仕事をいただけないのが今のイラスト業界 の現状なのでひたすらに頑張りました。大学を卒業してからは会社員として働きな がらだったので、かなりハードでしたし、早く作品を出すことに注力しすぎて、あ まり構図は気にしていないこともしばしばでした。でも、最近ではイラストの仕事 をいただけるようになり、時間をかけたクオリティの高いものを求められる機会が増えてきてきました。
ースピードを求められるイラストレーターとしては、無くてはならないものですね。
そうですね。有難いことに、最近いただけるお仕事も増えてきたのでもっと速くなりたいです。このライトノベルは、表紙と挿絵、キャラクターデザインを担当させていただきました。
「転生令嬢が国王陛下に溺愛されるたった一つのワケ」 著:アルト
ー一見してアート作品として発表される作品とは絵柄がかなり違いますね。
商業イラストを描くときはそっちにチャンネルを切り替えています。もともとはアニメ・イラストから絵の世界に入ってそれから普通の絵画も学んだので、双方の違いというか、どういう特徴が絵を漫画っぽく見せるのかは分かる気がします。
ー美大受験も経験してこられましたから、そこは大きな強みですね。
そうかもしれません。でも、すごく絵が上手な方って、意図的にセオリーからハズすことがあるんです。勢いや臨場感を強調するために、わざとパースを強調するとか。
それに、デッサンとか受験絵画を通ってきた結果、以前はリアルタッチなものこそ「上手な絵」だと思っていたのですがデフォルメがきつくかかった絵をあらためて見るとその上手さに感動することもあります。
ゲーム会社に入ってから思ったことですが、世間の人はアカデミックなデッサンができている絵こそが「上手い」と思っていることが多いです。でも実際それは受験までのことで、美大の中ではそういったものは重視していないんです。入学してからはいきなり作家性が求められます。デッサンがしっかりした絵、というのはあくまで絵柄のひとつでしかなくて、描く人の分だけいろんな「上手さ」があるんです。
ー「上手な絵」の捉え方が、美術を学んだ人とそうでない人の間で違いがありますね。
個人的な解釈ですが、どんな絵柄であれどデッサンの上手下手の決め手があるとすれば「形として成立している」ことが重要だと思っています。私の場合も絵を描くときには「形として成立している立体物」を描くつもりで描いています。その考え方で言うと、藤子・F・不二雄先生や手塚治虫先生のようなタッチの絵は本当にすごいなと思います。アニメーションとして動かしても成立しますし、ほぼそのまま3Dモデルにもできると思います。
最近になって90年代初めくらいの古い漫画を読む事が結構あったんですが、どんなに小さいコマの絵を見てもすごい綺麗に描かれていて、どう表現していいの か分からないのですが近年の作品とは違った感覚を感じました。私たちの世代は既存の漫画家の先生が描いた絵を見ながら育ちますが、もっと前の世代の先生たちは 多分今の人よりも更に実際に実際の物を観察して描いていたんじゃないかなと思い ます。しかも当時はインターネットも無かったので便利な知識を得るのもとても大変で、自分で実際に観察するのが一番だったんじゃないかなと。
今のイラスト界では、身体を出来る限りリアルに描いて、顔をフラットめに描くのが流行っていると思います。水着の女の子なんて肋骨や腹筋までリアルに描いたりします。
昔は鼻の穴とか顔の凹凸をリアルに描くのも流行っていたと思うんですけど、今は顔はとにかくフラットです。鼻はハイライトや点を描くだけだったり。その分瞳の映り込みや涙だまり等を詳細に描くことでフラットさの中にもリアルさを表現させているような感じなんじゃないかなと思います。色調は以前のぱっきりした鮮やかな感じではなくよりくすんで繊細でアナログに近いような色調のものが多い感じがします。
昔のRGBのドット打ちの頃なんて使える色自体とても少なかったと聞いたのです が、技術が進歩しパソコンのスペックも格段に上がったので、ほぼ制約無く色が表現でき、解像度も上がったからこういう表現ができるようになったんじゃないかなと思います。
ー廣瀬さんは制作過程ではほとんどデジタルで描いているんですか?
私はラフの段階ではボールペンで描いて、ある程度形が決まってきてからスキャナーでデータとして取り込んで、iPadなどで描き進めます。
最初のスケッチ
下絵
線画
ーなぜ最初はボールペンなのですか?
なぜかは自分でもはっきりと理由がわからないのですが…最初は全てデジタルでやってみたこともありますが、デジタルの操作だとやり直しがきいてグダグダと描いてしまいます。ボールペンで実際に描くと、緊張感が生まれて一発で描けることが多いです。
それから私は筆圧が強くて、紙にペンが沈み込むような感覚があり、それも緊張感を生むので感覚的に好きなところかもしれません。使っているのは本当に普通の、字を書く用のボールペンです。
ー他のイラストレーターを参考にされることはありますか?
もちろん大好きな日本のイラストレーターの方はたくさんいるのですが、最近は、中国などの海外の方のイラストがとても好きです。イラストとしての上手さだけでなく、アカデミックな面でも驚くほど上手な方ばかりです。デザインも洗練されていて、色感も本当に好きです。あちらの美大の入試ではとんでもなく写実的に描ける力を求められると聞いた事があったので、そういった環境的なものもあるのかも…と思うことがあります。
ーイラストレーターは環境から受ける影響が大きいですね。廣瀬さん自身は、美大生を経て、アーティスト、イラストレーターと複数のチャンネルを持っているので、様々な角度から分析して作品に取り入れられていますね。特に美大では作品を分析して言葉で説明することからは逃げられません。
確かにそうかもしれません。講評の時は質問攻めに合うことも少なくありませんでした。
ゲーム会社の先輩から、「何故そのデザインや色にしたのか説明できるようにすること。『なんとなく』というのは通用しないからね」と入社時に言われました。その言葉がとても印象的で、今も肝に銘じながら制作しています。
ー今回の新作は、SFのような雰囲気に加え、今の人のファッションを取り入れていますね。
ファッション面では、あったらいいなと思う服を描いています。想像なので、実際に着られるデザインとしては奇抜なんじゃないかと思うんですけど。
イラストの分野では特に、近年かなり顧客が大衆化しています。昔は有り得なかったのですが、今の若い世代はいわゆるオタクじゃなくてもアニメを見ていますし、イラストでもキャラクターに実際の流行を取り入れたお洒落な服を着せているものが多くなりました。イラストレーターは絵描きであると同時にデザイナーでもあると思っているので、こういう時代になったからこそ世間の流行などもチェックしておかないとなぁと思っています。
描き方にも流行があるので、いつ頃に描かれたイラストかは見ただけですぐに分かってしまいます。例えば最近は後ろ髪の表現、睫毛の描き方などに特徴的な流行があると思います。
ー時代に合わせた研究が欠かせないですね。
そうですね。例えば私がイラストを担当させていただいたライトノベルというジャンルは、学校に通う年齢の子が、漫画・アニメは学校に持ってきてはいけないの で、その抜け道として内容を小説に替えたことから生まれたと聞いた事がありま す。大人も読みますが、ライトノベルの本来の対象はそういった年代なんだそうです。ですから私も、街中で歩いている中学生や高校生をよく見て研究するようにしています。
ー廣瀬さん自身は、自分自身をイラストレーター、アーティスト、デザイナーのうちどれだと思いますか?
やっぱり、全部できるようになりたいと思っています。
絵を描く人たちの間で、よく「流行りに合わせないといけなくて辛い」という言葉を耳にします。でも、私の場合は、流行っているものを好きになっちゃうんです…。無理をしてではなくて、良いと思って取り入れています。
ーアンテナが立っているということですね。それは素晴らしいことだと思います。
軸がぶれるようで、姿勢としてどうなの?と言われてしまうかもしれないんですけど。でも、自然に好きになるんですよね…そういう性格なんです。
でも、どっちみちどう描いても自分らしさは出てしまうので、時代に合った自分の絵になればいいなと思います。
ーこの最新作では宇宙が表現されているように見えますが、そのテーマはどこから来ていますか?
最近、コロナ禍の影響で皆マスクをしていますよね。家に帰ってからマスクを取ると、解放感があるな、と思って。その時の感覚が、宇宙でヘルメットを被っているみたいに感じたんです。これは私がマスクを取った時の、ごく個人的な、その瞬間の気持ちです。
あまり直接的にマスクとして表現すると誤解を生みそうなので、一見わからないようにヘルメットに例えて表現しました。
何か作品を通して絶対伝えたいメッセージがあったとしても、100%伝えることは なかなか難しいですよね。ネットに作品を投稿すると、意図しなかった受け取り方や予想外の意見をいただくことがあります。でも色んな人がいるので、どう受け取ったっていいんじゃないかと思います。
ですから、この作品も解釈の幅を持たせたくて、私の個人的な思いをから生まれたアイデアを宇宙のイメージに発展させています。
「あなたがそれを外したら」廣瀬祥子, 91 x 72.7 cm, 木製パネル、布にインクジェットプリント、アクリル、ラッカースプレー
ー作品のタイトルも印象的です。例えばこちらの作品「誰にも捕まえられない」は物語を感じさせるタイトルですが、どんな作品なのでしょうか?
「「誰にも」捕まえられない」, 89.1 x 59.4 cm, 木製パネル、布にインクジェットプリント、アクリル
大学が上野にあったので、アメ横によく行っていたんです。ビルの隙間や奥まった路地のようなところがいっぱいあるんですが、未知の雰囲気というか、この先に何があるかわからない感じがします。このまま他の世界に行ってしまったり、戻ってこられなくなったりするんじゃないかって。そういう場所に入り込んで、日常から抜け出して「誰にも捕まえられない」状態になってしまった人をイメージして描きました。
ー身近なものから持つ感覚が手がかりになっていることが多いのですね。
そうですね。日常の中でふと思った感情や感覚を作品にしています。
ー元は同じ絵でも、トリミングして複数の作品を作られるのは何故でしょうか?
一部だけ切り取ってみると面白いと感じることがあるので。色彩も変えてみると違った見え方がしますし、同じ絵でも違った表情が見られて面白いからです。
作品の一部を切り取られるのを好まないアーティストの方もいますが、私の場合、絵をスマホやパソコンで見る機会が多かったからか「画像」として捉えているの で、トリミングに対する抵抗感が無いのかもしれません。
「If You “Remove” xxx #01」廣瀬祥子, 36.4 x 51.5 cm, 木製パネル、布にインクジェットプリント、アクリル、ラッカースプレー
ープリントした作品の上に、絵具で描く表現を加えているのは何故でしょうか?
デジタルで描いている分、実際には全く質感の無いものなので、物質感があった方がいいと思ったんです。グロスメディウムなどを使っているのですが、上にのせる絵具と素材の違いを出したいんです。実際に見た時にしか分からない要素を足すことで面白くなると感じています。
以前、画像でしか見たことの無い好きな作品があって、ほぼ質感はないのかなと思っていたのですが、実物はマチエール表現が多くてリアルさや生々しさを感じとても感動しました。スクリーンでは平坦に見えたものが、実際には質感があって、新たな一面に気がついたようで嬉しかったです。私の絵は、実際に質感は存在しないデジタルの絵ですが、せっかく出力して物質感を与えられるのだから…と思いマチエールを付け加えたいと思いました。
ー廣瀬さんの現代アーティストとしての作家性は、美大入学以前にかなり形成されていたように感じます。
大学入学後にそれまでの数年分のものが一旦リセットされてしまったので、そこしか残っていなかったのかもしれません…。
実は卒業制作を提出するとき、アートの世界に希望を見出せなくて、搬入中も展示するときも、もう今後こういう場で絵を展示できることは無いだろうと諦めていました。
とても苦しい事があって何もできない時期すらあって、これから先どうなるんだろという時期もあったので、社会に出られて、自立して会社員として生きていけるというだけで本当に十分でした。
大学を卒業しないと内定先の会社には入学できないので、卒業のためだけに絵を提出するような学生でした。同級生で精力的に活動し、在学中から既に多くのギャラリーで展示している人もいて、こういう人は自分とは違う世界にいってしまったんだろうなと思っていました。でも、どうせ絵を辞めるんだったら、最後くらいは好きなものを描いてやろうと思って、卒業制作の絵を描きました。
まさか、その作品がきっかけで色んな方に声をかけて頂いたり、タグボートでの取扱いが始まるとは思ってもいませんでした。
ー現在はすっかりイラストタッチの作品がアートの世界では流行していますね。
昔は、アートの世界で漫画っぽい絵を描くと、サブカル文脈のコンセプチュアルアートと捉えられて別の文脈が生まれていたんです。アートの世界はコンセプトが重視されるので、イラストっぽい絵柄であることそのものが重要で、何を描いているかはあまり関係ないといった事もあります。当然ですが漫画やイラストとはやっていることが逆なんですよね。
私は学生時代は、アート作品の方はアニメっぽくならないようには気を付けていました。線画でも、イラストの時とは構図や顔の描き方など意識的にタッチを描き分けていましたね。漫画でもイラストでもなく、普通の絵画との中間みたいな。
ーイラストの仕事をしているからこその感覚ですね。
アートとイラストのそれぞれを知っていないと生まれない感覚かもしれないです。受験期は、例えば入試の人物課題だと人の顔は見ないでも描けるようにしないと時間内に終わらなかったので、かなり練習していました。表情の付け方ひとつとっても、1ミリでも違うと変わってきてしまうのでかなり難しいです。そこはイラストにも活かされていると思います。
ーアートとイラストの描き分けで一番大きなポイントは何でしょうか?
線だと思います。イラストを描く時は、もっと細い線で描いたり、極端に強弱を付けたりします。
イラストとして描いた作品で気に入った構図をアート作品の方にも使ってみることはありますが、そういうときは線から描きなおします。
ーこれからどんなことに挑戦してみたいですか。
まずはイラストの方の夢ですが、やっぱり、自分に影響を与えてくれた先生方みたいに「この人の仕事といえば、これだよね」という存在になることです。貞本義行先生ならエヴァだよね、みたいな。自分の代表作と言えるような作品を作りたいで す。pixivとかで私の描いたキャラクターを皆が二次創作してくれるような…多くの人に愛され、知っていただける作品を作れたら嬉しいなと思います。
次に、アートの方の夢ですね。
最近では有名なイラストレーターの方も、コンテンポラリーアートのギャラリーで展示をすることが多くなってきました。境目が無くなってきているんだと思います。イラストとアートどちらの世界でも頑張って「この人ってこういうイラストも描くけど、絵も描くんだ」と業界に関係なく色んな人に知ってもらいたいんです。
以前、大学の授業で「絵は時代と時代をつなぐコミュニケーションツールだ」という言葉を聞いたんです。昔の壁画や肖像画はその時代に生きる人々のコミュニケー ションを生みますが、もう作者が死んでしまった後でもその人のことを知ることが できます。今の時代も、SNSが発達して、絵を投稿すると会ったこともない海外の 方から嬉しいメッセージを頂くことがあります。話したことも会った事もない遠く にいる人とでも、昔より密にコミュニケーションが取れますよね。色んな人とコミ ュニケーションが取れるような作品を、時代に合わせて作っていきたいです。
あとは、こういうインタビューの機会を頂いているので、あえて過去の経験を話させていただきました。
色々な事で辛い思いをしていらっしゃる方に少しでも勇気を持っていただきたいというか…かつての私のように追い詰められてらっしゃる方がもしこの記事を読んでくださって、何かを感じていただけるような事があればいいなと思っています。
でも、そんな方に何か自分の意見を押し付ける権利なんて私にはありません。現在進行形で辛い思いをしている人は少なく無いだろうなって思います。今のこのご時世なので、いじめや人間関係以外でも辛いことはたくさん、たくさんあります。「生きていれば絶対いいことがある」とか、「生きているだけで素晴らしい」とか、私も昔辛かった時期によく言われました。でも私は、本気で悩んでいる人に対して軽率にそういう風なことを言うなんて、できません。その人の苦しみなん か、本人にしか分からないのですから。
追い詰められてしまっている人に、今は死にたくても、どん底でも、こういう人もいるんだと言うくらいでいいので何か感じていただけたら嬉しいな、と思いました。
ーある意味、絵の世界は色んな人にとって逃げ場になるのかもしれませんね。
そう思います。実際私もつらい時期にはそうでした。
追い詰められて死ぬことすら選択肢に上がってしまうほど苦しい思いをしていらっしゃる方に、受け入れ難い理不尽な現実を「受け入れろ」って、どれだけ酷なことかと思います。私はとても人には言えません。
でも今は、私の周りには色んな人がいて、例えば友達に元気をもらったり、仕事で会った人に色々教えてもらって勉強したり、ネットに作品を投稿して反応をもらったり…生きるか死ぬかと思っていた数年前からは想像もつかない、色んなことがありました。
まだ生きているのだから、関係が壊れてしまった方にも、いつか誤解が解けて、今の新しい私と作品を見ていただきたいです。
そして、これから先に出会う、または存在を知ってくださる方にも少しでも何かを与えられるような絵描きになれればいいなと思っています。
東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻卒業
受賞
2014 トーキョーワンダーウォール2014入選
2018 Independent TOKYO2018 審査員特別賞
展示
2014 トーキョーワンダーウォール2014 入選作品展 – 東京都現代美術館[東京]
2014 取手アートパス2014 – 東京藝術大学[茨城]
2017 東京藝術大学油画専攻3年生展覧会「無二無二」 – アーツ千代田 3331[東京]
2018 東京藝術大学美術学部卒業制作展- 東京都美術館[東京]
2018 first 展 – 長谷壱番館[神奈川](会期2018/8/11~8/25)