柳早苗は約10年間、大理石や御影石での石彫制作を経て、現在は木を素材とした作品を制作しています。
木と紐で「時の繋がり、世代を越えて受け継がれること」
幼少期から現在にいたるまで、制作への思いについて詳しくお伺いしました。
柳早苗 Sanae Yanagi |
ー絵を描き始めたのはいつ頃ですか?きっかけはありましたか?
幼少期の頃から絵を描く事は大好きでした。幼稚園の教室でお友達に囲まれて即興で絵描き歌を歌いながら絵を描いていたのを覚えています。まるで水森亜土さんのようですよね(笑) 続けているうちに周囲の人が凄く褒めてくれる様になりました。嬉しくなり、自分自身でも密かに特技だと思っていました。
小中学校で学年最後に作っていた文集の将来の夢の欄には、毎回、画家と書いてありますね。
幼少期の柳早苗
幼稚園時代の作品
ーアーティストを目指そうと思ったのはいつ頃ですか?きっかけはなんですか?
最も古い記憶は小学生低学年の頃です。テレビで画家の山下清のドラマを見て、私も彼の様になりたいと思い始めました。おむすびを持って絵を描きながら旅をする、そんな画家になりたいと。
その後、ポールセザンヌの絵に出会い感動し、こんな絵を描きたいと思う様になり油絵を描き始め、美大の付属高校へ入学し、美大に進みました。つまり、大きなきっかけはなく、小さい頃からずっと揺るぎなく思い続けてきた結果です。
ー作風が確立するまでの経緯を教えてください。
実は、以前は石彫を制作していたんです。約10年フォルムにこだわり、主にセキセイインコの頭部を約2mから等身大サイズまで制作していました。
石があれば何にも要らないと思うほど石が大好きでした。2012年に渡仏した際に、誰も知り合いがなく不安になっていた時にアトリエで素材の石を見て急に幸せを感じたことをよく覚えています。初めての個展も御影石や大理石で制作した椅子とセキセイインコが融合した作品を展示しました。
渡仏後は、パリのアトリエABAで制作を開始しました。そこで女流木彫家に出会いました。彼女のテクニックに拘らない、マケットやエスキースを作らないという制作手法にチャレンジしていくうちに木という素材に魅了されてしまいました。私にとっては木は石よりも扱いが難しく、どうやって付き合っていくか、かなり試行錯誤しました。それも楽しかったのかもしれません。
その後は、2016年、2011年の震災の際に起きた液状化現象の記憶から、バランスをテーマに紐や縄などで吊ったり、張ったりした作品シリーズに取り組み、2017年時を超える理想の女性像、そこから派生して、現在のシリーズ「Au fil du temps/ ときを縫う」になりました。
セキセイインコ 御影石
インコ家具シリーズ
「オカメインコの庭/ Cockatiel garden」
白御影石/Granite, 220x100x160cm, 美原公園
「やわらかい腐敗」
フランスの肉屋にかかっている骨付き肉をモチーフにした
バランスをテーマにした作品。紐の張りで壁に設置している
「In the air」
バランスを表現
「Sympathy」
オーク/Oak, 210x110x80cm
デンマークでのシンポジウムでの作品
個展風景。縫うきっかけになった展示
ー作品を発表し始めたのは何時頃ですか?発表するまでにどういった経緯がありましたか?
初個展は2003年です。彫刻家の先輩に会場を紹介してもらいました。忘れられない初個展になってしまいました。と言うのは、私は石彫だったのでユニック車をレンタルし自分自身で運転して搬入しようと意気込んでいました。展示前で徹夜続きの追い込みでヘトヘトだったのです。積み込みの際に事故を起こしてしまいました。人生初の個展で人生初めて意識を失い、私は救急車で搬送されてしまいました。幸運な事に大事には至らず、直ぐに帰宅できましたが展示初日の搬入となり、友人やいろんな方のお世話になってしまいました。目の周りに青痣を作り小岩さんの様な顔で個展の初日を迎え、作品の説明をお客様にしていました。個展自体は無事に終わることができましたが、忘れられない初発表となりました。
初個展の際に展示した版画作品
セキセイインコ に扮する柳早苗
ーアーティストステートメントについて語ってください。
現在取り組んでいる作品は「Au fil du temps/ ときを縫う」と言うシリーズです。
「時のつながりや時代を越えて受け継がれること」を木と紐を使って表現しています。
Au fil du tempsはフランス語で時の流れ、時の重なり、時を越えるという意味の熟語です。その言葉の中に、Filは縫糸、縫う、Tempsは時間という単語が含まれています。
田植えをしながら暮らす私は、身近にある木と付き合いながら時の重なりを感じています。伐採された木を主に使うのですが、木にドリルで穴を開ける際は、時代をワープしていく様です。木があった環境を思い返し、木がどんなものを見てきたのかを想像します。
開けた穴に紐を縫っていく際は、木の表面を触れながら都会や人の暮らす空間に、これから彼らが存在していくことを想像して縫っていきます。
私たちはコロナ禍を経験し、人と人とのコミュニケーションの形、環境問題などを見直そうとしている。
母と私の生命としての繋がりから、追求する事になったこのコンセプトの作品は、人々のこれからを探るきっかけや助けになると考え制作しています。
「時を超える」 コロナ禍初期に制作した作品
「嘆き子」 コロナ禍初期に制作した作品
田植え風景
「Universe / Mother」
「Universe / Mother」 部分
ー作品はどうやって作っていますか?技法について教えてください。
木を針、紐、リリアンで縫っています。木から得たインスピレーションだったり、自分のイメージを刺繍の様に縫います。
まず、木をくさびで割ったり、チェーンソー、グラインダーなどで形を整えます。次にドリルで穴を開けます。形やサイズに合わせて2,5mmから6mmくらいの穴を開けています。次にその穴を縫っていきます。これも穴の深さやサイズに合わせ、布団針、ぬいぐるみ針などを使い分けています。布の様に好きな所に針をさせませんし、穴に通せる回数が限界があります。そんな時はペンチやハンマーが必須で、それで引っ張ったり、叩いたりしながら針を通していく時もあります。なので、縫う位置を考えながら進めていきます。
最後に展示した状態で垂れているリリアンの紐をバランスを見ながらカットします。
最近、念願のゼノアのエンジンチェーンソー を入手しました。
ー作品制作で困難な点や苦労する点を教えてください。
今のところ、道具に限界が出てきたところです。ドリルで木に穴を開けています。穴の深さが20cm位が最長です。もっと厚さのある木を縫う事を思案しています。
素材を探す
アトリエ風景
ー今後の制作において挑戦したいことや、意識していきたいことを教えてください。
シンプルに大きいサイズの作品を作ることです。大きい空間に合ったコンポジションのかたちの作品を制作したいです。以前から思い描いているのですが、丸太を縫いたいと考えています。木が森や自然の中に存在している際は、雄大さや有機的な自然造形の美しさがあります。そのスケール感を表現したものを制作したいです。
他に木を頂いてくることもあります。その木と人との関係性を表現したいと思考しています。
素材となる木
素材を縫う
柳早苗 Sanae Yanagi |
2002年よりに個展やグループ展、シンポジウムなどで発表をしている。2012年までの約10年間、御影石、大理石をマチエールにセキセイインコをモチーフにした作品を制作する。
2012年にパリのアトリエABA/Glacièreで制作を始める。そこで 木彫家 Sylvie Lejeune に出会い、木の素材の面白さに引き込まれる。2015年に帰国後も桜、柿、銀杏、オークなどの自宅や近所で伐採された木を利用し制作している。
2015年、2011年3・11の震災によって各地に起きた地盤の液状化現象をきっかけに内面的、物理的なバランスとアンバランスをテーマに” En l’air” (In the air)を制作。台座を使わずに吊ったり、壁や床への接地面の少ない彫刻を制作する。
2017年は私の想う理想の女性像 (母) を平面的な立体(ボリュームの無い立体)によって表現した。そこから派生し2018年からは ”Au fil du temps” (オ フィル ドゥ タン)/ 時空を超える をシリーズで制作している。”Au fil du temps” の fil / 縫い紐、紐を使い、temps /時間 世代を越えていく時のつながりを表現している。