岡村一輝 Kazuki Okamura |
アーティストを目指そうと思ったのはいつ頃ですか?きっかけは何でしたか?
高校生の頃は普通科の進学校に通い、水泳部に所属していました。朝から晩まで部活漬けの毎日で美術とは縁遠い生活でした。またこの水泳部は、文化祭の出し物で男子シンクロを伝統的にやっていたのですが、在学中に受けたニュース番組の取材がきっかけで「ウォーターボーイズ」という映画やドラマにまでなりました。
とにかく水泳に明け暮れる高校時代でしたが、そんな時に山田かまちの画集を見た事がきっかけで美術というものを意識し始めました。当時の自分と同世代の17歳で亡くなってしまった彼の作品や言葉に、等身大の親近感を感じました。それと同時に作品は存在するのに、作者がすでにいないことへの恐怖を感じました。
しかしよく考えると有名な美術作品もほとんど作者が亡くなっている事に改めて気づき、芸術の不思議さを感じました。そこから芸術という分野は、何か連綿と続く昔からの尊い繋がりのようなものがあると感じ、自分も出来ればそこに加わりたいと考えるようになりました。
高校生時代 水泳部の男子シンクロ
作品を発表し始めたのはいつ頃ですか?発表するまでにどういった経緯がありましたか?
大学在学中から作品は発表していました。2009年に大学院を修了し、その後はそれなりに活動をしていましたが2011年に東日本大震災が起き、自分の中でも様々な変化がありました。福島に住んでいる親戚が被災したり、東北の被災地でボランティアをしたりする機会もありました。それは今でも忘れられない体験でしたが、その付近からうまく作品を作ることができなくなってしまいました。
またその時期に女子美術大学付属中学校高等学校の教員になったこともあり、10年くらい美術教育に専念し作品を発表しない時期がありました。ただその間も家ではたまに油彩やドローイングなどは描いていました。
そのような中で自分でも気に入った作品が少し溜まった2022年にIndependent tokyoに出品しました。そこでタグボート特別賞と小山登美夫審査員特別賞をいただき、それがきっかけで発表する機会が増えることになりました。
Independent Tokyo 2022 展示風景
作風や技法はどのように変わってきたのでしょうか?
東京藝術大学の油画科に在籍していた頃は、絵画よりも映像やインスタレーションの方に興味がありました。プラスチックなどの軽くて明るい素材を使ったりしながら、インスタレーションを展開していました。
学生時代のインスタレーション
Independent Tokyo 2022で展示した絵画作品「hollow」は、以前のインスタレーション作品を平面化してみたらどうなるか、というアイディアを起点に描いています。背景はなく、輪郭の形とその中の色彩と質感に焦点を絞っています。
「hollow」キャンバスに油彩とアクリル
最近の作品では、背景を入れたり油絵具がもつ擦れや滲みなどの絵画的な要素を取り込むようになりました。
また作品ごとに支持体を変化させ毎回絵を描く感触を変えています。油絵具が持つ特性に対峙し、模索しながら描いています。
「Spring」キャンバスに油彩
「particle」キャンバスに油彩
どこかの風景のようにも見える作品もありますが、何かモチーフがあるのでしょうか。また旅行をよくすると伺いましたが、それが岡村さんのアートにどのような役割を果たしていますか?
風景のようなものを描くときも、どこか特定のものを再現しているというわけではありません。
日常や旅先で見た景色やドローイングを複合的に合わせながら描いています。旅は好きで年に1回くらいですが遠いところに出かけます。旅先ではいつも小さなスケッチブックを持ち歩きドローイングをします。そして帰って来た後、それを元に作品を制作します。
スケッチブック
例えば、2023年1月にタグボートで開催されたグループ展「Independent Tokyo Selection」に展示した「encounter」は、南フランスのエズという小さな村で描いたドローイングを基にしたものです。今年のタグボートアートフェアに展示する作品の「autumn」と「sunset」なども、去年の夏に行ったタイの小さな島々で見た景色をきっかけに描いたものです。
しかし別に旅先のみでインスピレーションを得るわけではなくて、日常的に見る風景からも多くのきっかけがあります。近所の公園や道端でも十分魅力的なきっかけは転がっています。海外でも近所でも作品になる要素は存在します。とはいえいつでもどこでもそれを見つけることができるわけではないので、感度のつまみを上げるために出かけるという感じです。
「autumn」キャンバスに油彩
「sunset」キャンバスに油彩
アーティストステートメントについて語ってください。
自分の選んだ色彩や質感を組み合わせていくと、どこか遠くの向こう側で重さもなく浮遊し漂っているような雰囲気を感じることがあります。実在している感じではなく、現実感のないある種の軽さを描きたいと思っています。それらが浮かび上がった瞬間を逃さないように心がけながら制作しています。
影響を受けたアーティストや作品について教えてください。
絞るのは難しいですが、絵画を学ぶようになってからずっと気になっている人は坂本繁二郎(さかもと・はんじろう 1882―1969)です。
美術館の常設展などでたまに彼の作品を見かけると、その度になぜか足を止めて見入ってしまいます。私より100年近く前に生まれている画家ですが彼の絵は全く古く感じません。どの時代にも属さず、まるで時間の中を漂っているような普遍的な雰囲気すら感じます。
なんの変哲もない牧歌的な風景を多く描いているのですが、彼が描くと此の世ならざる景色に見えてしまうところに魅力を感じます。
最近の制作ルーティンについて教えてください。
特に決まったルーティンはありませんが、とりあえず日々絵を描いています。
約10年間美術教育の世界にいましたが最近退職し、作品制作に多くの時間が取れるようなりました。10年間の社会人生活は毎日分単位で仕事をしていました。その中での制作活動は余った時間で効率良く描く作業的なスタイルでしたが、今は試行錯誤を繰り返し右往左往しながら効率悪く作っています。でもその試行錯誤がとても大切なことだと感じています。
4月のtagboat Art Fair2024に出展される新作について教えてください。
「Juvenile」というタイトルの作品が新作です。幼体という意味です。何かの形になる前の、なにものでもない存在をイメージしました。花のようでもあり、何かの生き物のようでもありますが、自由に想像しながら見ていただけると嬉しいです。
「Juvenile」キャンバスに油彩
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