鮮やかな線を組み合わせた作品が魅力的な東菜々美。the 16th tagboat awardでグランプリを受賞してから約1年を迎え、さらに勢いを増す彼女に、今までの道のりや印象的な抽象画が生まれるまでの制作秘話について話をうかがった。
インタビュー・テキスト:髙橋佳寿美 撮影:寺内奈乃
東菜々美 | Nanami Azuma
1997年千葉県出身。多摩美術大学院に在学中。
2021年のthe 16th tagboat awardにてグランプリを受賞。ほぼ同時期にACTアート大賞展2021でも最優秀賞を受賞。2022年3月のtagboat art fairでも全作品の完売を誇る若手注目作家。
―絵を描き始めたのは何歳頃でしたか?なにかきっかけはあったのでしょうか?
詳しく覚えていませんが、幼稚園くらいの頃には結構描いていました。
―周りに絵を描く人がいらっしゃるんですか?
母と兄がデザイナーをしています。母が子供服のデザイナー、兄がWEBデザイナーです。小さい頃は母が家で作業しているときもあったのでその様子を見ていました。仕事場に連れて行ってもらったこともありましたね。
―絵を描き始めた頃はお母様のデザイン画とかを真似ていらっしゃったのでしょうか?
そういう感じでもなく好きなものを描いていました。小さい頃はハム太郎とか。小学生くらいから漫画も読みだしたので、漫画を模写したりもしていました。
ー美大に進む決意したのはいつ頃でしたか?
高校1年生のときに進路の話をした際、絵しか好きなことがないなと思って、予備校(船橋美術学院)に通い始めました。そうしたら予備校がとても楽しかったんです。予備校には学校が終わった放課後に行くのですが、予備校が楽しみで1日を過ごしていました。描くのが楽しかったです。
―油画に行くのは決まっていましたか?
予備校に通い始めたときは家族がデザイナーなので、自分もデザイナーになるのかなと思っていました。ですが、デザイン系をやってみると全然違くて。モチーフを描くときに、デザイン系はモチーフだけを描くんです。日本画とかもそうですね。でも油画はモチーフ以外も全部描きます。私は背景とかもびっしり描くのが好きで。背景を描くのが好きというよりは「全部描く」のが好きです。予備校の先生に油画出身者が多かったことも影響して、油画に進みました。
「配する」東菜々美, 2021
ー多摩美術大学に入学してからの制作はいかがでしたか?
受験から解放されて凄く楽しかったです。「これでなんでも描ける」と思っていました。
―大学ではどんな絵を描いていましたか?
抽象画が多かったです。今の作風は大学2年生くらいからですが、予備校のころから抽象が好きでした。予備校時代は受験でモチーフを描かないといけなかったので完全に抽象でなく、点描で描いたりしていました。ラインみたいな絵も描いていたので、予備校時代から今の画風に繋がっている気はします。
―なぜ抽象画がお好きなのでしょうか?
モノを描くときはそれ自体に興味がないと描けないからです。観る人もモチーフに対する興味の大きさによって絵の見方が変わってしまうかなと思います。犬好きな人は犬の絵を好きになりがちだろうな、と。そういうのが無くフラットに観てもらえるので抽象の方が好きです。
―その時点では、もう将来アーティストになろうと思っていましたか?
そうなりたいな、とは思っていました。美大に行くからにはそうなりたいというのと、将来も毎日絵を描いていたいと思っていたので。
―東さんは描くときに1つのルールやテーマを決めて描かれていますよね。それはどうやって決めているのでしょうか?
描くときの「きっかけ」として設定しているものなので、できるだけ単純で、こうしたら面白いかな?と考えて決めています。最初にやったのは「キャンバスの端から描いていく」という「既にあるもの」を使って描いてくもの。他には「木目にそって描く」。パネルには最初から木目があるのでそれを追っていくというものです。最近では既にあるものを使うのではなく自分で作ろうと思って、先日のアートフェアは「刷毛に沿って描いていく」というルールにしました。
―作品の色彩も魅力のひとつですが、色はどうやって決めていますか?
ざっくり決めてあとは描きながらですね。なるべく「この色」と決め切らずに、いろんな色が入っていくように意識しています。そうすると見たときに目で混じって、実際にある色より多くの色が見えたり、遠くと近くで見たときにギャップが生まれるので、そういうのを狙いたいです。
―制作の大変なところはどこでしょうか?
時間がかかることですね。単純に細かい線が多いので。スッと書くと線がカスカスになってしまうので絵具を「のせていく」ように描いていきます。一度描き始めたら途中でご飯などを食べたくないので、続けて5時間くらい描いて、終わりという感じです。S20号で完成までだいたい2~3週間くらいかかりますね。
―並行して複数の作品を描かれるのでしょうか?
だいたい1点ずつです。気持ちの問題ですが、まず「終わらせたい」と思うタイプです。毎日「ここまではやりたい」と目標を決めていますが、毎日それに追われていて、ずっと「やばい」と思いながら描いています。それに同時並行だと一緒の色味になりやすいのででそれも良くないなと思っています。
―いままでに影響を受けた作品や作家を教えてください
絵の作り方を参考にしているのはロバート・ライマンとか。ロバート・ライマンは絵の具の質そのものを見せるというか「塗ってみてどういう質が出来るんだろう」という1つ1つが実験的なところですね。
―東さんの作品も実験的なところがありますよね。完成だと思うのはどのタイミングですか?
完成するまで分からないところが似ているかもしれません。完成するのは「全部が埋まったとき」です。そのあとに描き足すことは無いですね。色味とかはアウトサイダーアートのアドルフ・ヴェルフリとかを参考にしています。
―東さんの作品も制作される上でルールを決めたり「こだわりを法則にしている」ところがありますね。点描や感覚的に色を混ぜているところからもアボリジニアートと共通点があるように感じます。そういう絵のどこに惹かれていると思いますか?
点描を始めた影響は「イカ」でした。イカの体表って丸で出来てて、色素胞(黄色、赤色、黒褐色の色素が含まれている細胞)が層になっていて色を瞬時に変えられるんです。それを画面でやろうと思って点描を始めました。
―ご自身でバッグを作られるほどイカがお好きなんですよね、いつ頃からお好きだったのでしょうか?
高校1年生くらいです。ダイオウイカが漂着したニュースを見てこんなに大きなイカがいるんだと興味を持って調べました。生物が結構好きで、小さいころから何かしら夢中になった生き物がいました。幼稚園から小学生は蜂が好きでグッズとかを集めていました。中学生は狼が好きで、北海道の動物園に観に行ったり。それでダイオウイカに出会って、そこからはイカですね。
―最近はそういった生物など抽象画以外のものを描こうとは思わないですか?
そんなに思わないですね。イカは描かなくてもこの世にいるので(笑)
―作品を初めて発表されたのはいつ頃でしたか?
21年4月のタグボートアワードに出すまではほとんど発表したことはなくて、大学内の講評を受けるくらいでした。それまでも「作品を外に見せたい」と思ってはいましたが、コロナで学祭が無くなったり展示の機会がなかったんです。でも展示したいと思っていたので応募しました。
―見事グランプリを受賞されましたが、周囲の反応はいかがでしたか?
親がとても喜んでくれて、それが一番良かったです。父が審査前に展示を観てくれたのですが「まさか獲るとは」って言いながら凄く喜んでくれました。
―ほぼ同じ時期に「ACTアート大賞展」でもグランプリを受賞されていましたよね
そうです、ほぼ同じ時期でした。2つもグランプリを獲れるとは思っていなかったのでびっくりしました。
グランプリを受賞したことで両親もアーティストになる道を認めてくれたというか、受け入れてもらいやすくなりました。
―先日のタグボートアートフェアでも完売されて、ブースは終始賑わっていましたね
皆さん質問もしてくれて、アートに関心のある人が沢山いるのが凄いと思いました。
―6月に控えている個展でやってみたいことはありますか?
思いついた順に描くので色々な作品が並ぶことになると思います。展示自体も「意図しない」感じにしたいですね。
東菜々美 Nanami Azuma |