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岡村一輝 Kazuki Okamura |
ー作品を作り始めたのはいつ頃ですか?きっかけはありましたか?
作品と呼べるものを作り始めたのは大学に入ってからです。東京藝術大学の油画科に在籍していましたが、学生の頃はあまり絵を描かず、映像やインスタレーションばかり制作していました。
プラスチックなどの軽くて明るい素材を集めて組み合わせるという作品を作っていました。
学生時代のインスタレーション
ーアーティストを目指そうと思ったのはいつ頃ですか?きっかけはなんですか?
高校生の頃は普通科の進学校に通い、水泳部に所属していました。朝から晩まで部活漬けの毎日で美術とは縁遠い生活でした。この水泳部は文化祭の出し物で男子シンクロを伝統的にやっていたのですが、在学中に受けたニュース番組の取材がきっかけで「ウォーターボーイズ」という映画やドラマにまでなりました。
とにかく水泳に明け暮れる高校時代でしたが、そんな時に山田かまちの画集を見た事がきっかけで美術というものを意識し始めました。自分と同世代の17歳で亡くなってしまった彼の作品や言葉に、等身大の親近感を感じました。それと同時に作品は存在するのに、作者がすでにいないことへの恐怖を感じました。
しかしよく考えると有名な美術作品もほとんど作者が亡くなっている事に改めて気づき、芸術の不思議さを感じました。そこから芸術という分野は、何か連綿と続く昔からの尊い繋がりのようなものがあると感じ、自分も出来ればそこに加わりたいと考えるようになりました。
高校生時代 水泳部の男子シンクロ
ー作風が確立するまでの経緯を教えてください。
作風のようなものはいくつかありますが、まだ変わる可能性もあるし、変わっていきたいと思っているので確立と言われるとよく分かりません。
油絵具、アクリル絵具、透明水彩絵具などを使い、タブローやドローイング、コラージュを行き来したりして制作しています。
《hollow》
油彩とアクリル絵具
《City》
油彩
《flower》
油彩とアクリル絵具
《Sprout》
コラージュ
ー作品を発表し始めたのは何時頃ですか?発表するまでにどういった経緯がありましたか?
2009年に大学院を修了し、その後はそれなりに活動をしていましたが2011年に東日本大震災が起き、自分の中でも様々な変化がありました。
福島に住んでいる親戚が被災したり、東北の被災地でボランティアをしたりする機会もありました。それは今でも忘れられない体験でしたが、その付近からうまく作品を作ることができなくなってしまいました。
またその時期に中高の美術教員になったこともあり10年くらい作品の発表をしない時期がありました。ただその間も家ではたまに油彩やドローイングなどを描いていました。
そういった作品の中でも去年あたりから自分でも気に入った作品ができ、いくつかの作品を2022年のIndependent tokyoに出品しました。そこでタグボート特別賞と小山登美夫審査員特別賞をいただき、それがきっかけで最近発表する機会が増えることになりました。
Independent Tokyo 2022 展示風景
ーアーティストステートメントについて語ってください。
明るくて軽い色彩や質感に不思議と昔から惹かれます。自分の選んだ色彩や質感を組み合わせていくと、どこか遠くで普遍的な存在として漂っているような景色を感じることがあります。それらが浮かび上がった瞬間を逃さずに捕らえようと制作しています。
ー作品はどうやって作っていますか?技法について教えてください。
主にキャンバスに油彩とアクリル絵の具を使用して描いています。旅先で簡単なドローイングを描くことがあるのですが、そこを起点にタブローへ展開することが多いです。
またそのドローイングと旅の記憶が、制作中に重要な要素として不意に現れ自分の作品を導いてくれます。旅という行為が表層的にも潜在的にも作品の要素になることが多いので、旅から作品制作が始まっているようにすら感じています。
旅先のドローイング
ー作品制作で困難な点や苦労する点を教えてください。
制作時間を捻出することです。一つの作品にかかる時間はそんなに長くないので、時間さえあればもっと試行錯誤し作品がたくさん作れるのに…ということばかり最近は考えています。
ー今後の制作において挑戦したいことや意識していきたいことを教えてください。
次はこういう作品を作りたいというアイディアは複数ありますが、言語化することは難しいのでなんとも言えないですが、強いて言えば大きなサイズの作品を作りたいです。
少し前までは小さな作品が心地よかったのですが、今は大きな作品がしっくりきます。
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岡村一輝 Kazuki Okamura |