鹿児島県出身。女子美術大学デザイン学科卒業。
有村佳奈は、乙女と世界と生と死と日常を描き続ける作家です。夢も、ファンタジーも、狂気も、毒も、頭に浮かび上がったものは全て彼女にとってリアルなものとして昇華されます。そこには、「夢と現実」「嘘と真実」「好きと嫌い」など様々な感情の狭間が映し出され、鮮やかな乙女の世界にちりばめられた少しの毒々しさが、癖になるような作品力を放っているのです。
有村佳奈 Kana Arimura |
ーウサギの仮面を被った女性のイメージは何をきっかけにして生まれましたか。
今の作風になったきっかけの話ですね。
ちょっと今の過程に辿り付くまでに流れがあったので、長くなりますがお話いたします。
まず制作活動を本格的に始めた大学生の頃は、「アートは社会的な問題を捉えたものでなくてはいけない」という思い込みがありました。当時、ヨーゼフ・ボイスの社会彫刻や、アンドレアス・グルスキーやトーマス・デマンド等のドイツ現代写真を好んでいたこともあって、その影響を受けていたからです。「コンセプト」を一番大事にして映像や写真の表現を中心に行なっていました。ただ当時は「社会的な問題」というものに対して、自分が本当に訴えたいことがあるから、というよりも無理やりコンセプトにした部分が多かったように今になっては感じます。無理やりこじつけるように制作していたので、だんだんと制作の手は止まっていきました。「何か伝えたい」という想いがそこまで強くなかったことと、「現実」にばかり目を向けようとするで作ることが単純に楽しめなくなっていったんだと思います。
「現実」を作品にしようとしたことで、手が止まったので、今度は「夢」のようなファンタジーな世界を絵で表現しよう、と方向性を変えました。
そう思い立ったのは、ちょうど社会人になった頃です。社会人になると大学の頃とは違う「社会のしんどさ」を肌で感じるようになりました。それは何か社会問題を捉えたというような立派なものでなく、単純に「満員電車がしんどい・毎日仕事がだるい」と誰でも感じるような繰り返す日常の小さな不満のことです。ならばその不満からコンセプトに、、、とはなりませんでした。しんどい想いを絵にまで延長して考えたくない。真面目なことなど考えたくない、、、と正直当時は思って、現実逃避の意味を込めて「夢」の世界を描くことにしました。ファンタジーな世界を描くことは楽しいは楽しかったのですが、これもまた、制作の手は止まっていきました。楽しさだけでは物足らなくなったのだと思います。
「現実」を捉えようとして、手がとまり、「夢」を描こうとして、手が止まり、、、結果1年くらいほとんど制作を全くしない期間が生まれました。2015年〜2016年頃ですね。特に意図して止めたわけではありません。「無理やり絵を描く必要はないや」って思ったんです。変わりにものすごい集中力でヲタ活をしました。仕事意外の時間を、好きなアイドルグループの絵を描いたり、紹介ブログを解説したり、動画作ったり、自分の創作力の全てをヲタ活に費やしました。これがものすごく楽しかった(笑)。好きなことに打ち込むって本当に楽しいんですよね。それでふと思ったんです。「テーマ云々よりも何よりも、“好きなもの”を描き続けたら、ずっと描いていられるかもしれない。”」と。
私は元々「生涯作り続ける人でありたい。」という願望がありました。願望はあるけれど、この描き続けたいものがなくて、路頭に迷っているような感覚があったんです。だから、もっと「好き」に出会えたら良いではないかと気付き、この「好き」を追求することにしました。
ではどんな絵が好きなのか。自分が好きな作風や絵を調べていくと、目が描かれていない絵・人物が誰なのかわからないミステリアスな作品に惹かれる傾向にありました。「好み」と言えばそれだけですが、わからないからこそ、どこかで自己投影できる部分があるんですよね。自分も目が描かれていない絵にしようと決めました。ただ描かれていないだけだと不気味な印象がする。もっと可愛さが絵にほしいと思いました。そこで「ウサギ」です。
「ウサギ」は、不思議の国のアリスでの兎がアリスを夢の世界に誘うイメージを持っています。また自分の好きな映画のワンシーンで、デイビィッド・リンチ監督の「インランド・エンパイア」に顔だけ兎の顔をつけた人が登場するシーンが印象的で、インスパイアされました。“可愛いけど不気味な印象もする”これが自分の作りたい世界観とマッチすると思ったんです。
そうして試行錯誤していった結果、「ウサギの仮面の女性」というイメージが仕上がりました。このイメージを初めて描いた時、自分の中で「ビビビ」と感じる衝撃がありました。「私、この子に出会いたかったんだわ!」っていう衝撃です。理屈ではなく、確信的な何かでした。この「何か」をもっと言葉で言い表せると良いですし、言い換えることはできますが、私的には直感に近いものだったんですよね。
彼女がいることで、絵は背景や見せ方次第で「現実な印象」と「夢の印象」のどちらの雰囲気を作りだすことができます。こうして現在制作する上で大きな軸となった「夢と現」の入れ交じる世界を作り出すことができたんです。
大学生の頃追求していた「現実」を作品にどう落とし込むか、社会人となってから「夢」を描いたこと、これらがミックスされた状態こそが、私にとっての「生涯作り続けたい絵の世界」になりました。
ー作品に描くモチーフの組み合わせはどのように決めていきますか。
絵のテーマによって組み合わせを変えています。
明確に伝えたいメッセージがある場合は、メッセージの要になりそうなアイテムを探します。例えば「銃」を持っている女の子の絵がありますが、これは武装している女の子を描きたかったので銃を持たせています。そもそも、可愛いお洋服をして、メイクして、スマホで自撮りしたり写真撮ったり…これはオシャレという名の、現代を生き抜くための「武装」のひとつだと私は考えています。これを具現化したイメージで銃を選びました。
他には、先ほど「生涯作り続ける人でありたい。」と言いましたが、絵をずっと描き続けると思った時に、深いテーマばかりを描こうとすると自分自身しんどくなる時があるので、単純に「可愛いものを描こう」「休憩中のイメージを描こう。」と身体・精神の調子に合わせて描くこともあります。そういう時は、ファッションに凝ったり、コーヒーやワインのモチーフを取り入れたりします。実際に自身が休む時に愛用しているものを取り入れることでリラックスさせています。
そして彼女は魔女になる。
キャンバスにアクリル, 116.7H x 91W x 2.5D cm, 2022年
そして私は魔女になる
キャンバスにアクリル, 162H x 130.3W x 2.5D cm, 2022年
ー「夢と現」が入り交じる世界を大きな軸として、「憧れ」や「悩み」など、女性が持つ内面の葛藤を描かれることが多いです。今最も関心を向けているテーマは何ですか。
基本的には自分自身が抱えている心のモヤモヤを描くことによって、それが自然と女性が持つ葛藤となって表れることが多いですね。「モヤモヤ」している段階では、私自身何でこんなに心がざわついているかわからないことが多いんですよ。絵にしていくことで、悩んでいることが明確になっていって心のざわつきが落ち着いてくることも多いです。まるでセルフカウンセリングのようですね。
今って、140文字以内でおさまる言葉・映える写真や動画が重視されていて、言葉にできないような謎の感情や写真には映らない景色が蔑ろにされている気がします。でも見えない部分も生きていく上では必要な要素で、「人間」らしさにつながる部分だと思うんですよね。その「見えない部分」を絵に表すことで向き合っていきたい。
例えば、「希死念慮」という感情です。金原ひとみさんの小説「ミーツ・ザ・ワールド(集英社)」に登場するキャバ嬢が、この“消えたい”という衝動を抱えている話なんですが、この本に向けてのインタビュー記事で「希死念慮」の言葉を知りました。正直私自身は、完全には理解ができないその感情を、コロナ禍で自殺率が上がっている今、目にする現象の背景が無視できないというか、自分が持っていない他者の衝動に対して、どういう想いで捉えるべきか考えています。
ー作品に添えられている詩や言葉は、作品より先に生まれることが多いでしょうか。またどのようなときに頭に浮かんできますか。
作品が完成した後に、「仕上げ」のような感覚で詩をつけることが多いです。自分で絵を描いている段階では、「描くこと」に夢中になっていて言葉にすることができない部分が、描きあげた絵と対話することで生まれるという感じですね。「私はこの絵で何を感じ取りたかったのか、この女の子は何を訴えているのだろうか。」と最後の対話をします。
ですが、どんな絵にしたいか息詰まった時だけ、逆にタイトルや言葉を決めることで、スッと絵に集中できる時もあります。
ー作品はどのような人に向けて描いているという気持ちが大きいですか。
自分と同じような「モヤモヤ」を抱えている人に向けてですかね。私は絵にすることでこの「モヤモヤ」と向き合って、心のしこりを減らしています。人が抱える「モヤモヤ」の中身は人によって違うとは思いますが、同じような爆発しそうな感情を頑張って抑えている人はたくさんいると思うんですよね。そういう人たちに向けて「君もなの?大変だよねー」とフランクに語りかけられるような絵になったら良いなって思います。
tagboat Art Fair 2021 展示風景
tagboat Art Fair 2022 展示風景
ー2018年に出産を経験し、その後は子育てをされています。どのような変化がありましたか。
子供が生まれた当初は、出産したことで、描くことに影響があるとはそこまで感じていませんでした。今でも描いている世界観自体は出産前と後では変わっていないと思います。ただテーマやコンセプトに少しずつ影響があるように感じています。社会や政治に対しての憤りの感情が圧倒的に増えたんですよね。コロナ禍の影響もあるとは思いますが、コンセプトアートに集中していた大学生の頃は、どんな「社会問題をピックアップするべきか」悩んでいましたが、いまなら次々降ってくる感じですね。まぁ年齢による感じ方の違いも大きいですが。「未来に対する不安」が出産前までは、自分が死ぬまでの時間だったのが、子供が出来たことで、先を見据える時間が延びたからだと思います。また見えていなかった問題が「見える化」しているからですね、良くも悪くも。我々大人がどんな土壌を子供たちに用意してあげられるのかをとても考えるようになりました。
有村佳奈「I’m ready.」
2022年7月1日(金) ~7月21日(木)
営業時間:11:00-20:00
*最終日は17時close、他、館の営業時間に準ずる
*7/1、2、8、9は11:00-21:00営業 他、館の営業時間に準ずる
入場無料
会場:阪急MEN’S TOKYO タグボート
〒100-8488 東京都千代田区有楽町2-5-1 阪急MEN’S TOKYO 7F
銀座、阪急MEN’S TOKYO 7F、タグボートのギャラリースペースにて、現代アーティスト・有村佳奈による個展「I’m ready.」を開催致します。
有村佳奈は、女子美術大学デザイン学科を卒業後、乙女と世界と生と死と日常をテーマに描き続けています。夢も、ファンタジーも、狂気も、毒も、頭に浮かび上がったものは全て彼女にとってリアルなものとして昇華されます。そこには、「夢と現実」「嘘と真実」「好きと嫌い」など様々に揺れ動く感情の狭間が映し出され、鮮やかな乙女の世界にちりばめられた少しの毒々しさが、癖になるような作品力を放っています。
少ない筆数で表現される立体感のある仮面の少女たちは、彼女の分身でもあり私たち自身でもあります。爽やかで、ロマンティックで、毒気がミックスされた希望と絶望の狭間を、作品と同時に発表される「詩」と共にリアルに訴えかけます。
タグボートでは初の個展となる本展では、有村佳奈が装画を担当したBiSHのモモコグミカンパニーさんの初小説『御伽の国のみくる』 (河出書房新社)の原画を含めた新作を展示販売致します。ファンタジックで色っぽく、少々狂気的な有村佳奈渾身の作品をどうぞご高覧ください。
CONCEPT
「変わっていくこと」を知っていたのに、
「変わらないでいてほしい」と望んでいた自分。
変化を恐れて、見ないフリをしていたのだ。
覚悟を決めよう。
何の心構えなんてできていない。
それでも見栄をはろうではないか。
I’m ready.
2020年のコロナ禍以降、変わっていく社会情勢に対してどうしても心の中で「前のように戻ってほしい。」という気持ちが捨てきれないまま過ごしてきた。見ないままでいたことを、見ないままでいたかった。「無知であること」を選択していたかった。変化を受け止めきれなかったのだと思う。起こらない夢を見たかったのだ。
けれどもう変わるのだ。事実から目を離してはいけない。
押し寄せる残酷な未来像に対して絶望的な気持ちが強くあるけれど、希望的な観測を辞めてはいけない。心の準備はできた。いや、できていないかもしれないが、そう言い切ることで覚悟を決めよう。ギリギリまで明るくキラキラしていたいし、キラキラを子どもたちにつなげたい。明るく苦しく狭間を行き来することを覚悟した意思表示の個展。
有村佳奈
有村佳奈 Kana Arimura |
有村佳奈 Kana Arimura
1985年生まれ。鹿児島出身。乙女な絵描き。
女子美術大学デザイン学科卒業。
現在、大阪在住。夢と現実、嘘と真実、好きと嫌い。
様々な感情の「狭間」をテーマに描いている。
《個展歴》
2021年 個展「Color Girls」clouds art+coffee/東京
2020年 個展「新宿ミロード×有村佳奈アート展」(新宿ミロード)
2020年 個展「Welcome to Daydream ―ようこそ、白昼夢へー」アートコンプレックスセンター東京/新宿
2018年 個展「Fantasyは眠らない」アートコンプレックスセンター東京/新宿
2017年 個展「きっといつか夢から醒めてしまうね。」アートコンプレックスセンター東京/新宿
2014年 個展「Everyday Wonderland」アートスペース羅針盤/銀座
《主なグループ展歴》
2022年 「tagboat art fair」 東京
2022年 「TAGBOAT ART SHOW」 東京
2021年 「カモフラージュ展」MASATAKA CONTEMPORARY/東京
2021年 「Triangle展」同時代ギャラリー/京都
2021年 「tagboat art fair」 東京
2020年 「tagboat x JR名古屋タカシマヤ グループ展」 ジェイアール名古屋タカシマヤ/愛知
2020年 「The Black!」 芝田町画廊/大阪
2020年 「VIVID展」 アートコンプレックスセンター/新宿
2020年 「アート解放区GINZA」 高木ビル/銀座
2019年 「アート解放区DAIKANYAMA」 TENOHA 代官山/東京
2019年 「花とひと」 アートコンプレックスセンター/新宿
2019年 「FROM WEST VOL.2」 MASATAKA CONTEMPORARY/東京
2018年 「Landscapes展」 ondo/大阪・東京
2017年 「上野の森美術館大賞展」 上野の森美術館/東京
2014年 「POP UP GENTLEMAN」 阪急梅田メンズ館/大阪
2012年 「シブカル祭」 渋谷パルコ PARCO MUSEUM/渋谷
《イラストレーション》
2022年 「かくも甘き果実」著・モニク・トゥルン|訳:吉田恭子(集英社)/ 装画
2022年 「御伽の国のみくる」著・モモコグミカンパニー(河出書房新社)/ 装画
2022年 「絶望キャラメル」著・島田雅彦(河出文庫)/ 装画
2021年 「友達未遂」著・宮西真冬(講談社文庫)/ 装画
2021年 「首の鎖」著・宮西真冬(講談社文庫)/ 装画
2021年 「正しい女たち」著・千早茜(文春文庫)/ 装画
2021年 「踊る彼女のシルエット」著・柚木 麻子(双葉社)/ 装画
2021年 「強制終了、そして再始動」著・吉野万理子 (講談社)/ 装画
2021年 「誰かが見ている」著・宮西真冬(講談社文庫)/ 装画
2020年 「雑誌『anan』|2231号」(マガジンハウス)/イラスト
2020年 「新宿ミロードクリスマス装飾・WEB抽選会」(小田急エージェンシー)/ メインビジュアル
2020年 「五色の殺人者」著・千田理緒(東京創元社)/ 装画
2020年 「pray human」著・崔実(講談社)/ 装画
2020年 「一緒に絶望いたしましょうか」著・狗飼恭子(幻冬舎文庫)/ 装画
2018年 「ミュージカル『マリーゴールド』」(ワタナベエンターテイメント)/宣伝イラスト