2021年8月に開催された新進気鋭なアーティストの登竜門「Independent Tokyo 2021」で見事グランプリを受賞したフルフォード素馨(ジャスミン)。多くのギャラリストから支持を集めた作家のこれまでの道のりや、制作過程を探った。
インタビュー・テキスト:髙橋佳寿美 撮影:寺内奈乃
フルフォード素馨 | Jasmine Fulford
1988年神奈川県逗子生まれ。
武蔵野美術大学油絵学科(油絵専攻)入学。3年時に版画専攻に転専攻し、2年在籍ののち卒業。その後すぐイギリスに渡り、UALセントラルセントマーチンMA Fine Artを修了。現在は日本を拠点に、主に平面、ときどき立体の制作を行う。Independent Tokyo 2021にてグランプリを受賞。
―絵を描き始めたきっかけはなんでしたか?
物心ついた頃から物を作ることが好きでした。
絵だけじゃなく、編み物や料理なども好きで「作ること」自体が好きでした。母方の祖母が趣味で鎌倉彫や襖絵をやっていたので、その影響が大きかったと思います。それ以外だと本を読んでるくらいで、内向的な子供でした。
―幼い頃から画家を目指されていたのですか?
小学校6年生の時の夢はデザイナーでした。その頃からクリエイティブに進むことは私の中で決まっていましたが、まさか絵を描くことを仕事にするとは思っていませんでした。
中学校、高校では環境にあまり馴染めなかったのですが、美大受験のために予備校に入った時「出会ったことのないタイプの面白い人たち」がいて、とても居心地が良かったんです。予備校の人たちは「自分が自由にしたいから相手にも自由を与える」みたいに良い意味で個人主義の人が多かったですね。
クリエイティブに進むうえで、自分としてはツールは何でも良かったので、それなら人で選んでみようと、基礎科から受験科に進むときに先生に「一番面白い人が多い学科はどこですか」と聞いてみたら「油絵」だと言われたので、結果的に武蔵野美術大学の油絵学科に進むことになりました。
ー大学に進学後はどのような学生生活を送っていましたか?
油絵学科に入りましたが、何でもやってみたいタイプなので版画にも興味が沸き、版画に転専攻しました。ですが版画科に進んだところで体調を崩してしまったんです。大学院でどうしても海外に行きたかったので、体調を崩したままイギリスのロンドン芸術大学(University of Art London 通称:UAL)のセントラル・セント・マーチンズのファインアート学科に進みました。結局さらに体調を崩してしまい、2年間のコースでしたが、1年通って、2年休学して、また1年通って卒業しました。
―留学の前後でなにか変化はありましたか?
大学院に進む準備コースとして、ロンドンで1カ月集中コースのサマースクールに通ったのですが、そこでの学びがとても為になりました。
ちょっとでも気になったものは拾ったり写真を撮ったりしてストックして、世の中の全てがインプットの材料になるという考え方を学び、今までは凄く世界が狭かったなと感じました。
視野が広がったことで、凝り固まった考え方から解放された気がします。自分としては自由に思考できている「つもり」でも、実は自分のルールに囚われていたことに気づけ「自分を疑うことと信じること」のバランスの取り方が少しわかった気がします。
―日本の学校と海外の学校を比較するとどんな違いがありましたか?
武蔵野美術大学もとても良い学校だと思っています。ですが、予備校で覚えるべきことは覚えただろうし後は自分で進んでね、という雰囲気があり、サマースクールで学んだような教育はあまりありませんでした。
海外はハングリーさが全然違いました。サマースクールでの教えもそうですが「作り続ける方法」を学んだと思います。またイギリスは褒める文化なので、良いところを見つけて伸ばそうとします。日本の予備校はあくまで大学に入る目的をもって良いところを伸ばそうとしますが、イギリスは大学に入る目的とは関係ないところで教えてました。科目の枠組みに囚われずにその人独自の持ち味を伸ばそうとするところがありましたね。
―2年間の休学中はどんな風に過ごしていましたか?
休学中は日本に戻ってきていました。学生の頃は広告プランナーを目指していたのでインターンに行ったりしていました。広告プランナーを目指したのも「面白い人がいそうだったから」です。
実は大学院の準備コースに通っていたとき、ご縁で昔描いたドローイングが本の装丁に採用されたことがあったんです。それをきっかけにして、イラストを描くことに力を入れ出していたこともあり、改めて自分のペースで進められる仕事を考えた時に、自然と絵を描くことに落ち着きました。
―作家活動をもっとやっていこうと思ったのはいつ頃ですか?
「これ」というきっかけがあるわけではなく、描くこと自体は継続していたので、せっかく描いたので発表もしてみるか、と友人と展示したりしていました。大学院を卒業した2017年からは年に1回は展示しています。イラストや水彩ドローイングを台北や上海でも展示して刺激がありました。友人の紹介でたまたま展示が決まったり、それをきっかけにして、また新たな人間関係ができたり、そういう人たちからのアドバイスもあったりして、結局ご縁から刺激を受けることが多かったです。
―夢で見た景色や日常の風景を描かれていますが作品群に共通するコンセプトはありますか?
体調を崩したことで私自身の価値観や考え方が大きく変化したこともあり、基本的にはその時の興味でモチーフも素材も変化することを自分に許しています。少し前は家族をモチーフに制作していましたが、作品を売ることに抵抗があったこともあり、最近は他者や動物、夢などを描いています。少しずつ外の世界との関わりに興味が移行しており「わかるようで実はよくわからないもの」に対して興味が強まっている気がしています。
―体調を崩す前後でどういう風に価値観が変わりましたか?
「世の中は思い込みでできているんだ」ということに気づきました。自分の外側に出ることはできなくて、外側からの影響で変化することはあっても、気づいていないこともいっぱいある。人は変わって当たり前だし、信じられなくて当たり前、というか。人が「気づくことはミラクルだ」って言っていたのを聞いて、本当にそうだなって思います。
―制作するうえで困難な点や苦労する点はありますか?
意識的なインプットが疎かになりがちで、圧倒的にアウトプットの比重が高いので、ちょっと枯渇気味になっている感じはあります。常に自分を感動させる環境を作りたいなと思っています。感動しないと記憶にも残らないし、アウトプットのときにいい形で出てこない気がするんです。数をこなさないと感動する出会いもないので、とにかく色々なものに対して興味を持つように努めています。それが楽しいですし、しんどくもあります。
―描くときは何かを見ながら描かれますか?
視覚的な情報は必ず必要です。少し前までは自分で作ったソフトスカルプチャーとかを使っていました。学部の時や大学院の時に「ジャスミンは現象学だね」と言われたんです。最初は講評で「現象だね~」って言われて。わりと最近になってからも、エストニアで教えている友人から「現象学だ」って言われました。なんのことか私にはわからないんですけど(笑)
―まさに先ほど仰っていた自分の「思い込み」が物事を成り立たせている、という話に直結しますね。作品にもそれが反映されているのでしょうか?
現象学を理解するにも、作品を理解するにも、自分なりの解釈でしかないので100%理解できることはないと思うんです(これも友達の受け売りですが笑)。「これを理解できているのか」って考えていること自体が現象学的ってことなのかもしれないですけどね。
―いままでに影響を受けた作家がいらっしゃれば教えてください。
自分の作品に影響している作家さんはよく分かりません。好きな作家は、マルセル・ザマ、アントニー・ゴームリー、ルイーズ・ブルジョワ、ゲルハルト・リヒター、マルレーネ・デュマス、エゴン・シーレ、パウル・クレーのマペット。最近はその辺りが私の中でヒットです。ツヴェルナー(David Zwirner Gallery)の系統が好きです。
コンセプチュアルでは、あまり好きな作家はいません。視覚的に分かりやすい人が好きなので、見て感じられない作品にあまり興味が持てなくて。コンセプチュアルでもユーモアがあれば好きですが、心を動かされないと素通りしちゃうんです。考えるのが苦手なのかもしれません。だから自分自身もコンセプチュアルな作家にはなれませんね。
―Independent Tokyoでグランプリを受賞されて、どんな変化がありましたか?
とてもびっくりしました。なので、どちらかというと「噓でしょ、あなたちゃんとみてる?」って感じがしました(笑)
外の世界からきちんと評価をもらうのが初めてだったので、とにかく自信に繋がりました。作品を購入してもらう経験もほぼ無かったので、Independent Tokyoは自分に合っていたんだなと思います。
―作家を続けていける、という感触はありますか?
「続けたい」と思うことが大事だと思っています。私の中のサブテーマで「自分の人生と制作を持続可能にする」というのがあります。作り続けるって実は凄く大変なことだし、やり方も流動的に変化するものだと思うし、それこそ人生自体もどうやって続けていけばいいのか、ということに私の中では繋がっているんです。
何事も続けなければ結果は出てきませんが、しんどい時に次に進むための「原動力」は自分の中で作れることもあれば、Independent Tokyoのように自分の外から得られることもあります。それをどう自分で活かしていけるか、ですね。
―2月の受賞者展ではマッチングアプリの写真をモチーフにしたユニークな作品を発表されていますね。テーマはどうやって決められたのですか?
実際にアプリを使っていたのですが、どう考えても「おかしい写真」があったんです。マッチングしたかしなかったかは別として、基本的に人のモチーフが好きなので、描いてみたら自分が思っていなかった絵が描けたんです。最初は「マッチングした人」を描いていたんですが、そうじゃない人も描き始めたら自分が撮らないし、撮れないような写真を見つけられて、構図自体も新鮮で面白くて。会ったことのない人の方が勝手に描けるので意外と描きやすかったです。ちなみにTinderは写真サイズ比率がF6サイズぴったりでした(笑)
このシリーズはつい最近から描き始めたのですが、肖像権が心配なので本人だってわかるレベルで描いた作品はご本人にちゃんと許可をとっています。
―今後のタグボートを通して実現したいことと挑戦したいことを教えてください
「作ることで食べていくこと」「作ることを通じて考えられるようになること」「それによって自分自身の人生を豊かにし、結果的に誰かの人生も豊かにできたらいいな」と思います。
そして、常に探求心と愛を持って進みたいです。